先生の涙

公開日: ちょっと切ない話

教室(フリー背景素材)

私がその先生に出会ったのは、中学一年生の時だった。

先生は私のクラスの担任だった。

明るくて元気いっぱい。

けれど怒る時は物凄い勢いで怒る。

そんなパワフルな先生が、私はとっても好きだった。

この先生が担任で本当に良かったと思った。

一年生の後半頃、私はいじめを受けた。

どんなものだったかは敢えて言わない。

とても辛かったのを覚えている。

だけど、先生を初めとしたどの人物にも言えなかった。

私は小学校の頃にもいじめを受けていて、それを解決するのがどれだけ面倒なのか知っていたからだ。

いじめっ子と何度も話し合いをさせられる。

だけど、そんなことをしたって彼らの性格が直る訳でもない。

時間の無駄だと思った。

誰かに言ったら話し合いをしなければならない。

とにかくそれが嫌だったから、私はひたすら我慢した。

そんなある時、私は先生に呼び出された。

何だろうと思って行ってみると、いじめのことがばれていた。

誰かが先生に言ったらしい。

仕方がないから白状した。

すると先生は私の話を頷きながら聞いてくれて、途中で顔をしかめたりもしていた。

話が終わると、

「大体解ったよ。彼らにはがっつり言っておかなきゃな…」

険しい顔で先生が言った。

どうやら、彼らとの話し合いをさせるつもりはないらしい。

私は内心喜んだ。

だがその気持ちは、先生の言葉に掻き消されることになる。

「何で黙っていたの?」

追求という形ではなく、純粋な疑問形だった。

私は上手く答えられなかった。

「めんどくさい」

では済まされない。

私が黙っていると、

「気付いてあげられなくて、ごめんな…」

しんみりとした、先生の声が聞こえた。

あのパワフルな先生から出たものとは思えないほど。

何も言えなかった。

申し訳ない気持ちで、胸が張り裂けそうになった。

恐る恐る顔色を窺ってみると、目に少し涙が浮かんでいるように思えた。

私が先生の涙を見たのは、これが最初で最後だ。

いじめの問題は見事解決した。

いじめっ子たちは言葉通りがっつり叱られたらしく、以後は本当に大人しくしていた。

私の気持ちを尊重し、先生は親にいじめのことを言わなかった。

最後まで良い人だと思った。

私が中学二年生に進級して以来、その先生と関わることはなかった。

ただ、廊下でその先生と擦れ違う度、いつも胸が痛んだ。

先生の涙は、中学校はとっくに卒業した今も忘れられない。

多分、これからも。

関連記事

カップル(フリー写真)

書けなかった婚姻届

彼女とはバイト先で知り合った。 彼女の方が年上で、入った時から気にはなっていた。 「付き合ってる人は居ないの?」 「居ないよ…彼氏は欲しいんだけど」 「じゃあ俺…

女の子の後ろ姿(フリー写真)

温かい家庭

兄家族が俺達の家にやって来て、長女を押し付け引っ越して行った。 兄も兄嫁も甥っ子だけが生き甲斐みたいなところがあったんだよね。 甥っ子は本当に頭が良かったんだ。 勉強…

景色

忘れないでね

嫁が激しい闘病生活の末、若くして亡くなった。その5年後、こんな手紙が届いた。どうやら死期が迫った頃、未来の俺に向けて書いたものみたいだ。 ※ Dear 未来の○○、元気で…

夫婦の重ねる手(フリー写真)

妻からの初メール

不倫していた。 4年間も妻を裏切り続けていた。 ネットで出会った彼女。 最初は軽い気持ちで逢い、次第にお互いの身体に溺れて行った。 ずる賢く立ち回ったこともあり…

女性(フリー写真)

見守ってる

昨日、恋人が死んだ。 病気で苦しんだ末、死んだ。 通夜が終わり、病院に置いて来た荷物を改めて取りに行ったら、その荷物の中に俺宛の手紙が入っていた。 そこには、 …

猫(フリー写真)

愛猫との別れ

私がまだ高校生の冬、家で飼っている猫が赤ちゃんを産みました。しかも電気毛布を敷いた私の布団で。 五匹も産んだのですが、次々と飼い主が決まり、とうとう一匹だけになりました。 …

カップル

君への罪滅ぼし

高校二年の終わり、図書館で偶然隣に座った君に、僕は一目惚れをした。 僕はそれから学校が終わると駆け足で図書館に通い、いつも君を事を探していた。 勇気を出して話し掛けてみた…

玩具にじゃれる白猫(フリー写真)

待っていてくれた猫

小学生の頃、親戚の家に遊びに行ったら痩せてガリガリの子猫が庭に居た。 両親にせがんで家に連れて帰り、思い切り可愛がった。 猫は太って元気になり、小学生の私を途中まで迎えに来…

浜辺を走る親子(フリー写真)

両親は大切に

人前では殆ど泣いたことのない俺が、生涯で一番泣いたのはお袋が死んだ時だった。 お袋は元々ちょっと頭が弱くて、よく家族を困らせていた。 思春期の俺は、普通とは違う母親がむかつ…

夕日(フリー写真)

生きることの大切さ

ガンダム芸人の若井おさむさん。 彼は幼い頃から日常的に、兄と母親から相当な虐待を受けていました。 それは彼が20代前半の頃までずっと続きました。 それに耐えかねた若…