猫のたま
病弱な母がとても猫好きで、母が寝ているベッドの足元にはいつも猫が丸まっていた。
小さな頃は、母の側で寝られる猫が羨ましくて、私も猫を押し退けては母の足元で丸まっていた。
『たま』という名前の猫で、誰にも懐かず、母にだけ懐いていた。
※
そんな母が、自宅療養では治らないということで入院することになった。
入院してからすぐにたまは家出してしまい、母に
「たまどうしてる?」
と聞かれると、
「ちょっと寂しそうだけど元気だよ」
と言って誤魔化していた。
※
暫くして母は、入院の甲斐もなく病院で息を引き取った。
母に本当のことを言った方が良かったのかな…。
そう思っていたのだが、母が亡くなって数日後の夜、そのたまがひょこりと帰って来た。
見る影もなくやつれ果てたたまは、母のベッドによろよろと辿り着いた。
しかし、いつもなら飛び上がって昇れるベッドに昇ることが出来ない。
私が抱き上げてベッドに乗せてやると、いつもの母の足元の指定席で、丸まって眠ってしまった。
「何だか疲れ果ててるみたいだねぇ?」
と、そのままにして私達も眠った。
※
次の日の朝、見に行ってみると、たまはその場所で冷たくなっていた。
私と父で裏庭に埋めてやったのだが、その時に父が
「きっと、かーさんが寂しくてたまを呼んだんだろうな」
と、ぽつりと言った。
そんな父も既に亡くなり、私は今でも猫を飼っている。
この猫は私が呼んだら、来てくれるのだろうか。
膝の上で大きなあくびをしている、私の『たま』や。