病院の窓辺から
ある病院に、頑固一徹で世を拗ねたような患者のお婆さんが居ました。
家族から疎まれていたためでしょうか。看護師さんが優しくしようとしても、なかなか素直に聞いてくれません。
「どうせ、すぐにあの世に逝くんだから…」
と、可愛げのないことばかり口にします。
困り果てた看護師さんが、機嫌の良い時を見計らって、
「毎朝、病院の窓から見える、通勤中の工員さん達に手を振ってごらんなさい」
と言いました。
どういう風の吹き回しか、お婆さんは朝になると必ずベットの上に身を起こし、言われた通りに手を振りました。
中には、知らぬ顔をして通り過ぎる工員さんも居ました。
けれど、何人かは手を振って笑顔を返してくれました。
その反応が嬉しかったようで、お婆さんは毎朝、出勤中の工員さん達に手を振るのが日課になりました。
工員さん達の中にも、病院の前に差し掛かる時に窓を見上げる方が多くなって来ました。
「ばあちゃん、おはよう」
言葉はお互いに聞き取れなくても、心は十分に通い合います。
これまでがまるで嘘のように、お婆さんの表情には笑顔が戻って来ました。
看護師さんたちとも打ち解け、態度から検がなくなりました。
しかし病気は段々と重くなって行きました。
それでもお婆さんは朝を迎えると、必死で手を振ろうとします。
まるで自分が生きている証でもあるかのように、その日課を続けることをやめようとしませんでした。
ある日、お婆さんは亡くなりました。
訃報を聞いた工員さん達は皆揃って、病院の近くに集まりました。
そして、お婆さんが毎朝手を振ってくれていた窓辺に向かい、深々と黙祷を捧げたそうです。