秘密で手話を

公開日: 心温まる話 | 恋愛

カップル(フリー写真)

待ち合わせた彼女を待っていて見かけたのは、大学生風のカップルだった。

男の子が女の子の正面に立って、何かしきりに手を動かしていた。手話だ。

彼はやっと手話を覚えたこと、覚えるのは結構大変だったこと、女の子を驚かせようとして、その日まで秘密にしていたことを伝えていた。

女の子の方は、彼が勉強していることを知らなかったこと、本当に驚いたこと、嬉しいと思っていることを伝えた。

その内もどかしくなったのか、彼の手を握って二度三度、嬉しそうにその場でほんの少し飛び跳ねてみたりしていた。

悪趣味な盗み聞きだとは分かっていたけど、その時ようやく手話を使いこなせるようになったばかりの俺には、それは例えば外国の街で突然耳に入って来た日本語が気になるように、申し訳ないけどどうしても気になる光景だった。

多分、俺はにやけていたと思う。怪しい奴に見えたかもしれない。

でもそれは微笑ましく、こちらまで心が温かくなる光景だった。

服の裾が引っ張られる感覚に振り返ると、そこに俺の彼女が来ていた。

何を見ていたのかとか、顔が嬉しそうだとか、もっと早く私に気付けとか、微妙に頬を膨らませて、物凄い勢いで手話を繰り出す彼女。

俺は手話でごめんなさいと伝え、ちょっと昔を思い出していたことを伝えた。

それでも彼女は少し首を傾げ、その『昔』を知りたそうな表情だったけど、俺は笑って誤魔化した。

『今、目の前に居る女の子を驚かそうと、秘密で手話を勉強していた頃の事だ』

……とは、恥ずかしくて言えなかった。

エプロン(フリーイラスト)

母のエプロン

社会人になって初めて迎えた母さんの誕生日。 「いつもありがとう」という言葉を添えて、プレゼントを渡したかった。 でも照れ臭いし、もし選んだプレゼントが気に入ってもらえなかっ…

浜辺で手を繋ぐカップル(フリー写真)

彼女の面影

彼女が痴呆になりました。 以前から物忘れが激しかったが、ある日の夜中に突然、昼ご飯と言って料理を始めた。 更に、私は貴方の妹なのと言ったりするので、これは変だと思い病院へ行…

ネックレス(フリー写真)

大好きなあなた

大好きなあなたは、今も笑っているのでしょうか。 小さい頃に何故かおじいちゃんに引き取られた私(当時7歳)は、そこで三人の男の子に出会いました。 9歳の凄く元気なLと、12歳…

教室(フリー写真)

先生がくれた宝物

私がその先生に出会ったのは中学一年生の夏でした。 先生は塾の英語の担当教師でした。 とても元気で、毎回楽しい授業をしてくれました。 そんな先生の事が私はとても大好き…

父と子(フリー写真)

父が遺したもの

三年前に親父が亡くなったんだけど、殆ど遺産を整理し終えた後に、親父が大事にしていた金庫が出てきたんだよ。 うちは三人兄弟なんだけど、お袋も亡くなっていて、誰もその金庫の中身を知ら…

浜辺で子供を抱き上げる父親(フリー写真)

不器用な親父

俺の親父は仕事一筋で、俺が小さな頃に一緒にどこかへ行ったなんて思い出は全く無い。 何て言うのかな…俺にあまり関わりたがらないような人って感じ。 俺は次男だったんだけど、兄貴…

オフィス(フリー写真)

苦手だった部長

その時の部長は凄く冷たくて、いつもインテリ独特のオーラを張り巡らせている人だった。 飲みに誘っても来ることは無いし、忘年会などでも一人で淡々と飲むようなタイプ。 俺はよく怒…

レトロなサイダー瓶(フリー写真)

子供時代の夏

大昔は、8月上旬は30℃を超えるのが夏だった。朝晩は涼しかった。 8月の下旬には、もう夕方の風が寂しくて秋の気配がした。 泥だらけになって遊びから帰って来ると、まず玄関に入…

目玉焼き(フリー写真)

彼女とフライパン

一人暮らしを始める時、意気込んでフライパンを買った。 ブランドには疎いが、とにかく28センチの物を一本。 それまで料理なんて全くしなかったのだが、一人暮らしだから自分で作る…

ピンクのチューリップ(フリー写真)

親指姫

6年程前の今頃は花屋に勤めていて、毎日エプロンを着け店先に立っていた。 ある日、小学校1年生ぐらいの女の子が、一人で花を買いに来た。 淡いベージュのセーターに、ピンクのチェ…