特別な千円札

公開日: 心温まる話

ローカル電車(フリー写真)

学生時代、貧乏旅行をした。

帰途、寝台列車の切符を買ったら残金が80円!

もう丸一日、何も食べていない。

家に着くのは約36時間後…。

空腹をどうやり過ごすか考えつつ、駅のホームでしょんぼりしていた。

すると、見知らぬお婆さんが心配そうな表情で声を掛けてくれた。

訳を話すと、持っていた茹で卵を二個分けてくれた。

さらに、私のポケットに千円札をねじ込もうとする。

『さすがにそれは』と遠慮しようと思ったが、お婆さん曰く、

「あなたが大人になって、同じ境遇の若者を見たら手を差し伸べてあげなさい。社会ってそういうものよ」

私は、感極まって泣いてしまった。

お婆さんと別れて列車に乗り込むと、同じボックスにはお爺さんが。

最近産まれた初孫のことを詠った自作の和歌集を携えて、遊びに行くという。

ホチキスで留めただけの冊子だったので、あり合わせの糸を撚って紐を作り、和綴じにしてあげた。

ただそれだけなのだが、お爺さんは座席の上に正座してぴったりと手をつき、まだ21歳(当時)の私に深々と頭を下げた。

「あなたの心づくしは生涯忘れない。孫も果報者だ。物でお礼に代えられるとは思わないが、気は心だ。せめて弁当くらいは出させて欲しい。どうか無礼と思わんで下さい」

恐縮したが、こちらの心まで温かくなった。

結局、車中で二度も最上級の弁当をご馳走になり、駅でお婆さんに貰ったお金は使わずじまいだった。

何か有意義なことに使おうと思いつつ、その千円札は14年後の今もまだ手元にある。

腹立たしい老人を見ることも少なくないけれど、こういう人たちと触れ合うことが出来た私は物凄く幸運だ。

関連記事

母と子

母の強さ

母は、バツニです。 1人目の旦那さんで兄と私を産み、2人目の旦那さんで妹を産みました。 1人目の父はギャンブル依存症で、多額な借金を抱え家に帰って来ないほどパチンコをして…

手を繋ぐカップル(フリー写真)

幸せの在り処

もう五年も前になる。 当時無職だった俺に彼女が出来た。 彼女の悩みを聞いてあげたのが切っ掛けだった。 正直、他人事だと思って調子の良いことを言っていただけだったが、彼…

犬(フリー写真)

良い犬の話

良い人じゃなくて、良い犬の話。 知り合いのお爺さんが愛犬と山道を散歩していて、途中のベンチで座って一休みしていたら…。 蛇(名前は忘れたが毒を持っている)がお爺さんに齧り付…

赤い薔薇(フリー写真)

赤い薔薇の花束

数年前にお父さんが還暦を迎えた時、家族4人で食事に出掛けた。 その時はお兄ちゃんが全員分の支払いをしてくれた。 普段着ではなく、全員が少しかしこまっていて照れくさい気もした…

警察官の方(フリー写真)

人と人との出会い

何年か前の、5月の連休中のこと。 あるご夫婦がライトバンのレンタカーを借り、佐賀から大分県の佐伯(さいき)市を目指して出掛けた。 佐伯市からは夜23時に四国行きのフェリーが…

赤ちゃんの手

二人三脚の約束

私たちが夢見た奇跡は、結婚して5年目のある日、現実となった。待ちわびた命が、ついに私たちの世界にやって来た。 しかし、幸せの中で隠されていた試練が、子供が2歳になった頃に明らか…

一番近くにいた優しさ

一番近くにいた優しさ

私は昔から、何事にも無関心で、無愛想な性格でした。 友達は、片手で数えるほどしかいませんでした。 恋愛に至っては、生まれてこのかた、たったの二回。 ※ でも、…

教室

先生の目に浮かぶ涙

私がその先生に出会ったのは、中学一年生の時。 明るくて元気いっぱいの先生だったけれど、怒るときはすごい勢いで怒る。 そんなパワフルな先生が、私はとても好きだった。 …

菜の花

幸せのお守り

「もう死にたい…。もうやだよ…。つらいよ…」 妻は産婦人科の待合室で、人目もはばからず泣いていました。 前回の流産の時、私の妹が妻に言った無神経な言葉が忘れられません。 …

たんぽぽを持つ手(フリー写真)

あした

私の甥っ子は、母親である妹が病気で入院した時に、暫くパパママと離れて実家の父母の家に預けられていました。 「ままがびょうきだから、おとまりさせてね」 と言いながら、小さな体…