
高校一年の秋から、私の上履きの向きは、いつも揃っていました。
踵を外に向けて、左右が同じ角度で並んでいる。
自分でそんな置き方をした覚えは、一度もありません。
私は昔から、何事にも無関心で、無愛想でした。
友達は片手で数えるほど。
笑うところで笑えず、相づちの間も外す。
そういう子どもでした。
無愛想は、学校では通用しません。
嘘をついたり、作り笑いをしたり。
慣れないことをしているうちに、いつの間にか浮いていました。
小学校から中学校まで、ずっとそうでした。
机の中の教科書が濡れていたり、体操服が見つからなかったり。
誰がやったのかは、だいたいわかります。
わかっても、どうにもなりません。
家では何も言いませんでした。
言えば、母が学校に行く。
学校に行けば、私の立場は悪くなる。
中学一年の春に一度、それを経験していました。
母は働いていて、帰りが遅い。
夕飯は、たいてい私が先に食べます。
テーブルにラップのかかった皿が二つ並んでいる家でした。
隣の家に、ジュンという幼馴染がいました。
同い年で、生まれた病院も同じだそうです。
体が弱くて、小学校の頃から運動はほとんど見学でした。
マラソン大会の日、彼はいつも校門のところで記録係をしていました。
足の遅い子から順に、彼のところで番号を言わされます。
私はいつも最後尾でした。
私が最後尾で走ってくると、名前だけ呼びます。
「リンカ」
それだけです。
がんばれとも、遅いとも言いませんでした。
帰り道は、いつも同じ角で別れます。
彼の家はうちの隣なのに、なぜか玄関の前までは一緒に来ませんでした。
理由を聞いたことはありません。
夏は彼のほうが先に音を上げて、塀の日陰で座り込みます。
私はそれを待つのが面倒で、先に帰ったこともありました。
翌朝、彼は何も言いませんでした。
かわりに、その日は塀の日陰まで走ってきていました。
先に着いて、座って待っていたのです。
「今日は早いね」
「今日は調子いいんだよ」
息が上がっていました。
そういう子でした。
遠くの高校の噂
中学一年のとき、付き合っていた人がいました。
好きだったかと聞かれると、困ります。
告白されたから、付き合ってみた。
それだけの関係でした。
高校は、少し遠いところを選びました。
中学のいじめっ子がいない学校です。
電車を二本乗り継いで四十分。
朝が早くなるぶん、気は楽でした。
最初の一学期は、本当に平凡でした。
名前を覚えてもらえて、教室で普通に話せる。
それだけのことが、こんなに違うのかと思いました。
昼休みに、隣の席の子と話すようになりました。
話題は、昨日のテレビと、部活の先輩の悪口だけです。
私はどちらにも詳しくありませんでした。
それでも、相づちを打つ練習にはなりました。
五月に一度、四人でファストフード店に行きました。
何を話したのかは覚えていません。
覚えているのは、帰りの電車で窓に映った自分の顔です。
少しだけ、普通の顔をしていました。
けれど噂というのは、不思議なほど届きます。
夏休みが明けた頃から、視線が変わりました。
中学の同級生が、同じ沿線の学校に何人かいたのです。
昔のことが、尾ひれをつけて広まっていました。
二学期の終わりには、もとに戻っていました。
机。
上履き。
教科書。
やり方まで同じでした。
私は下を向いて、時間が過ぎるのを待ちました。
上履きは、二学期の終わりに一度なくなりました。
体育館裏の側溝から出てきました。
先生には言いませんでした。
洗って、乾かして、また履きました。
そのとき、踵の内側に自分の名前をもう一度書き直しました。
油性ペンで、濃く。
その日から、上履きは持ち帰るようにしました。
袋に入れて、毎日往復させる。
金曜だけでいいはずのものを、五日ぶん運びました。
重いものではありません。
それでも、鞄の中で場所を取ります。
三学期のあいだ、ずっとそうしていました。
四月になって、私はそれをやめました。
やめた理由は、いま考えると情けないものです。
持ち帰るのをやめても、上履きがなくならなくなっていたからです。
ところが、ある日を境に空気が変わりはじめました。
ほんの少しずつです。
まず、廊下で肩をぶつけてくる子がいなくなりました。
次に、私の机の周りに物が置かれなくなりました。
半年後には、同じ子たちが普通に笑いかけてくるようになっていました。
理由はわかりませんでした。
聞く相手もいませんでした。
私はただ、戻ってきた平穏にほっとしていました。
その頃から、靴箱の中の上履きの向きが、毎朝揃っていたのです。
気づいてはいました。
けれど、自分が無意識に揃えているのだろうと思っていました。
病室の吊り装具
それから三日ほど経った夕方。
母から電話がありました。
ジュンが学校の階段から落ちて、病院に運ばれたというのです。
同じ高校に通っていました。
学年は同じでも、クラスは違いました。
病院に駆けつけると、彼は足を吊られていました。
天井から下りた装具に、右足が固定されています。
顔には、殴られたような痣がありました。
階段から落ちて、こんな痣ができるのだろうか。
そう思いましたが、口には出しませんでした。
「また、めまいがしてさ」
彼は笑いました。
「階段で足滑らせたんだー」
「めまい、最近多いの」
「うん、まあ」
「病院、ちゃんと行ってる?」
「行ってるよ。今まさに病院じゃん」
「笑いごとじゃないんだけど」
「笑ってないよ」
「笑ってる」
彼は口の端を下げて、真面目な顔を作ろうとしました。
痣のせいで、うまくいきませんでした。
そういう冗談だけは、昔から上手でした。
病室を出るとき、彼の母親が廊下まで送ってくれました。
「リンカちゃん、ごめんね。こんなときに」
「いえ」
「あの子、学校のこと、何か言うてない?」
「いえ、何も」
彼の母親は、そこで少しだけ言葉を探していました。
「そう。ならええわ」
その間の取り方が、あとになって気になりました。
エレベーターを待ちながら、私は掲示板を見ていました。
面会時間の案内と、季節の花の写真が貼ってあります。
彼の病室は四階の、廊下の途中でした。
窓からは駐車場しか見えません。
そのときは、何も思いませんでした。
彼は一週間ほどで退院しました。
松葉杖をついて、普段通りに学校へ来ました。
その頃、母に言われました。
「ジュンくん、体弱いし危ないから、毎朝一緒に登校してあげたら」
私は迷いました。
当時の彼氏と駅まで一緒に行くのが日課だったからです。
少し面倒だと思いながら、放課後に彼のところへ伝えに行きました。
彼は少しだけ黙りました。
それから、寂しそうに笑いました。
「彼氏と行きなよ」
その顔を、私はよく覚えています。
断られたことより、その笑い方のほうが引っかかりました。
靴箱の紙切れ
まもなく、彼氏に振られました。
「お前以外にも付き合ってる奴いるし」
「クールそうだと思ったら、ただの無愛想だし」
「つまんないから別れる」
駅のホームで、そう言われました。
好きではなかったはずなのに、「いいよ」と返した直後から涙が止まりませんでした。
いじめよりも、こたえました。
誰にとってもいらない人間なのだと、そのときは本気で思いました。
ホームのベンチに座って、電車を三本やり過ごしました。
アナウンスが同じ文句を三度繰り返します。
その間、誰も私に話しかけませんでした。
それが当たり前だと思っていました。
改札の外で待っていたのが、ジュンでした。
「泣いてるじゃん」
「泣いてない」
「泣いてるよ」
彼は何も聞きませんでした。
自動販売機であたたかいお茶を買って、私の手に押しつけました。
それから、少しだけ早口で言いました。
「僕はずっと傍にいるよ。離さないよ」
「だから、僕と付き合おう?」
「ずっと好きだった」
私は頷きました。
救われるように、というより、しがみつくように頷いたのだと思います。
彼は、前の人よりずっと私を大切にしてくれました。
かばんを持ちたがるし、雨の日は傘を全部こちらに寄せる。
私が黙ると、黙った理由を探そうとする。
その優しさが、ときどき重かったのです。
待ち合わせは、いつも彼のほうが先にいました。
どれだけ早く行っても、必ず先にいるのです。
「何分前に来てるの」
「ちょうどだよ」
「嘘でしょ」
「ちょうどだって」
そのやりとりを、何十回もしました。
一度だけ、私は三十分早く駅に行ってみたことがあります。
彼は、いませんでした。
やっぱり嘘だったのだと思って、ホームのベンチに座りました。
十分後、改札のほうから彼が歩いてきました。
学校の方向からです。
「どこ行ってたの」
「ちょっと、忘れ物」
そう言って、彼は定期入れをポケットにしまいました。
朝の七時に、学校に忘れ物を取りに行く人はいません。
私はそのことを、二年近く忘れていました。
別れようかな、と思ったこともありました。
いま思い返すと、顔から火が出ます。
ある朝、一緒に登校したときのことです。
靴箱の前で、彼が紙を手にして、深いため息をついていました。
興味本位でした。
彼が顔を上げた隙に、私はその紙を抜き取ってしまいました。
『まだ懲りてないんだね』
『消えろ』
『リンカと付き合ったんだって? キモ(笑)』
『また落とされたいのぉ?(笑)』
私は言葉を失いました。
「これ、何」
詰め寄ると、彼は静かに笑いました。
「だってリンカ、危なっかしいんだもん」
「言ったでしょ、ずっと好きだったって」
「小学校も中学校も、僕は体が弱くて何もできなかった」
「でも、今なら守れると思ったんだ」
「リンカがいじめられてるの、見てるだけなんてもう嫌だったんだよ」
「だから、気にしないで」
私は、そこでやっと気づいたつもりになりました。
一番近くにいた人の大きさに。
声をあげて泣く私の頭を、彼は撫でていました。
その日、私はその紙を家に持って帰りました。
捨てられなかったのです。
机の引き出しの、いちばん下に入れました。
いま思えば、あのとき彼に聞くべきことは別にありました。
どうして、あなたがその紙を持っているの。
私の靴箱に入っていたものなら、どうしてあなたの手にあるの。
聞きませんでした。
聞かなかったのは、聞くのが怖かったからです。
答えを聞いたら、自分が何も返せないことがはっきりしてしまう。
私はそのころ、返すという発想そのものを持っていませんでした。
揃っていた上履きの向き
彼を大切にしようと決めた、その矢先でした。
放課後、彼が言いました。
「用事があるから、今日は先に帰ってくれる?」
私は何も疑わずに帰りました。
もし帰らなければ、と何度も考えました。
家でぼんやりしていると、母が青ざめた顔で部屋に入ってきました。
「ジュンくんが、氷水をかけられて倒れたって」
彼は心臓が弱く、走ることさえ医者に止められていました。
それでも、私の登校に付き合ってくれていたのです。
病院に着くと、彼は目を閉じたまま横たわっていました。
私は思わず呟きました。
「……もう、だめなの」
すると彼は、ゆっくり目を開けて笑いました。
「勝手に終わらせないでよ」
彼は助かりました。
けれど、その無理がたたって、心臓の病が悪くなりました。
学校は退学。
長い入院生活が始まりました。
彼がいなくなった週から、私はまたいじめを受けるようになりました。
そして、靴箱の前で立ち止まりました。
最初は、掃除当番が入れ替えたのだと思いました。
次の日も同じでした。
その次の日も。
四日目に、私は自分で揃えてみました。
踵を外に向けて、左右の角度をそろえる。
うまくできませんでした。
左だけが、どうしても内側を向くのです。
上履きが、私が脱いだままの向きで入っていたのです。
踵は内を向き、左右の角度もばらばらでした。
その日から、紙が入るようになりました。
一枚目を見つけたとき、手が震えました。
病院で聞きました。
彼は毎朝、私より二十分早く学校へ来ていました。
私の靴箱を開けて、入れられた紙を先に抜く。
抜いたあと、上履きを揃えて戻す。
それを一年近く続けていたそうです。
階段から落ちた日の痣も、めまいではありませんでした。
「なんで言わなかったの」
ベッドの上で、彼は少し考えてから答えました。
「言ったら、リンカが行かなくなるでしょ」
「学校を?」
「うん」
「行かなくてもいいじゃん」
「よくないよ。リンカ、行きたそうな顔してたもん」
「そんな顔してない」
「してたよ。一学期、毎朝してた」
「見てたの」
「隣の家だもん」
彼はそこで言葉を切って、天井を見ました。
「僕は、学校であんまり動けないからさ」
「うん」
「せめて、朝だけでも」
私はそんな顔をしていた覚えがありません。
でも、していたのだと思います。
そして、もう一つ知りました。
二学期の終わりから半年かけて、彼はクラスの一人ひとりに頭を下げて回っていたのです。
「リンカは本当は優しい子なんだ。ちゃんと見てあげて」
体が弱くて、走ることも止められていた人が、一人ずつ回っていた。
私が取り戻したと思っていた平穏は、彼が半年かけて作ったものでした。
頭を下げられた側の子から、あとで聞いたことがあります。
「昼休みに毎日来るんよ。一人ずつ」
「断ったら?」
「断っても、次の日また来る」
「しつこかった?」
「……途中から、こっちが悪いことしとる気になってきて」
その子は、それ以上は言いませんでした。
上履きの向きを直していたのは、私ではなかったのです。
近くにいた人の大きさに気づくのに、私は一年以上かかりました(君が居なかったら)。
保育園の袋の中身
それから毎日、私は病院に通いました。
朝、昼休み、放課後。
定期券の使い方が、それまでと逆になりました。
彼は怒りませんでした。
一度だけ、私が謝り続けたとき、こう言いました。
「本当に大切なものって、その時には気づけないことがある」
「でも、後から気づいても遅くない」
「心を込めて、ちゃんと埋めればいい」
私は病室の床に膝をついて、長いあいだ泣きました。
退院までに、二年かかりました。
その間に私は高校を卒業して、働き始めました。
面会時間に間に合うよう、定時で帰れる職場を選びました。
無愛想は直っていません。
ただ、黙っている理由を説明するようにはなりました。
それだけでも、ずいぶん違うのだと知りました。
人に優しくするというのは、たぶん、続けることなのだと思います(木のスロープを毎月削る人)。
あれから八年が経ちます。
彼とそっくりな笑い方をする小さな女の子と、三人で暮らしています。
彼の心臓は、いまも強くはありません。
無理をさせないのが、私の仕事です。
階段は一段ずつ。
荷物は私が持つ。
走らせない。
本人は面倒くさそうにしますが、言うことは聞きます。
「重いじゃん、それ」
「重くない」
「絶対重いでしょ」
「じゃあ半分」
半分は、いちばん軽い袋でした。
娘が少し熱を出した日、私は彼に言いました。
「あなたに似たんじゃない?」
「そっちの血でしょ」
二人で笑いました。
娘の上履きは、まだ小さい。
保育園から持ち帰った袋から出すと、いつも向きがばらばらです。
私はそれを、踵を外に向けて揃えます。
揃えてから、気づかれないように玄関の隅へ置きます。