雪の降る朝、海は鉛色に重く沈んでいました。港町の防波堤に立つと、潮の匂いに混じって、遠くから汽笛が一つだけ聞こえてきます。風は頬を刺すように冷たく、それでもその子は、毎朝そこに立つのをやめませんでした。
小学一年のその子は、いつも沖を見ていました。父の船が、いつかひょっこり水平線から帰ってくるような気がして、目を凝らしていたのです。けれど、何隻もの船が戻ってきても、父の船だけは、二度と港に入ってきませんでした。
父はもう帰りません。去年の冬、時化の海で、父の漁船は戻ってこなかったのです。それでもその子は、頭では分かっていても、心のどこかで、まだ父を待ち続けていました。
その子の家は、父と母が二人三脚で営んでいた、小さな漁師の家でした。父を失ってから、母は朝の暗いうちから魚市場に出て、夜遅くまで働くようになりました。家計のすべてが、母の細い肩にのしかかっていたのです。
夜、布団に入ると、母の手はいつも氷のように冷たく、魚の匂いが染みついていました。それでもその子は、その手を握って眠るのが好きでした。冷たい手のひらの奥に、母の優しさと、必死さが詰まっているのを感じていたからです。
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父は生きていた頃、よくその子と約束をしました。「お前が小学校に上がったら、自分の釣り竿を買ってやる」と、何度も言ってくれたのです。子供用の短い竿ではなく、大人と同じ、すらりと長い本物の竿を。
「父ちゃんの隣に立って、二人で釣るんだ。大きいのを釣ったら、母ちゃんに自慢しような」。父はそう言って、節くれだった手で、その子の頭をくしゃりと撫でました。
その子は、その約束を、宝物のように胸の奥にしまっていました。早く一年生になりたい、その一心で、カレンダーの日付を毎晩ひとつずつ数えていたのです。父との約束の日が、近づいてくるのが嬉しくてたまりませんでした。
父は不器用な人で、口数は少なかったけれど、約束だけは必ず守る人でした。だからその子は、釣り竿のことを、これっぽっちも疑っていませんでした。父が「買ってやる」と言ったなら、それは必ず叶うことだったのです。
まだ父が元気だった頃、防波堤で父の膝に座り、子供用の短い竿を握らせてもらった日のことを、その子は今でも鮮やかに覚えています。手のひらに伝わる、糸の小さな震え。あれが、魚の生きている合図でした。
父の手は、いつも潮と油の匂いがしました。ごつごつとして大きく、その手に包まれていると、どんな波が来ても怖くないと思えました。その子にとって、父の手は、世界でいちばん安心できる場所だったのです。
「ほら、ゆっくりだ。慌てるな。海は逃げねえからな」。耳元で聞いた父の低い声を、その子は何度も何度も思い出しました。その声だけは、どれだけ時間が経っても、少しも色褪せませんでした。
初めて小さなアジを釣り上げた日、父は自分のことのように喜んで、その子を高く抱き上げてくれました。「大漁だ、大漁だ」と笑う父の声が、防波堤いっぱいに響いたのを覚えています。
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父がいなくなって、家から笑い声が消えました。母は気丈に振る舞っていましたが、その子は知っていました。夜中にそっと台所に立ち、母が声を殺して泣いていることを。
母は、流しの水を出しっぱなしにして、その水音にまぎれて泣くのです。その子は布団の中で、その小さな嗚咽を聞きながら、自分も声を出さずに泣きました。母に気づかれないように、毛布を強く噛みしめて。
それでもその子は、自分にできることを探しました。母が市場へ出る朝、まだ温かいうちにと、自分で握ったいびつなおにぎりを、母のかばんにそっと入れておくのです。母はそれに気づくと、いつも市場の片隅で、ひとり涙ぐんでいたそうです。
だからその子は、けっして母を困らせまいと、固く心に決めていました。欲しいものがあっても、もう口にはしない。父がいた頃のように甘えることは、二度とすまいと思ったのです。
春になり、その子はとうとう小学校に上がりました。ランドセルを背負って通う、約束の一年生です。けれど、釣り竿を買ってくれるはずの父は、もうどこにもいませんでした。
その子は、誰にも釣り竿のことを言えませんでした。母にねだれば、母を泣かせてしまう。家にそんな余裕がないことは、子供ながらに、痛いほど分かっていたからです。
友達が新しいゲームや自転車の話をしても、その子は黙って聞いているだけでした。自分の欲しいものを口にする資格など、もう自分にはないのだと、小さな胸でそう思い込んでいたのです。
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通学路の途中に、古い釣具店が一軒ありました。その子は毎日、その店のガラス越しに、一本の竿をじっと見つめるのが日課になりました。
それは父が言っていたような、大人用の、すらりと長い竿でした。穂先は細く、しなやかで、店の灯りを受けて鈍く光っていました。値札の数字を、その子はまだうまく読めませんでしたが、それが高いものだということだけは、なんとなく分かりました。
店の前で立ち止まるその子に、店主の老人が一度だけ声をかけました。「坊主、釣りが好きか」と、ぶっきらぼうに。その子はこくりと頷いて、それから「父ちゃんと、約束したんだ」と、消え入りそうな声で言いました。
老人は、それ以上は何も聞きませんでした。ただ、その子の小さな背中を、しばらく黙って見送っていました。その子はそのことに気づかず、また明日も来ようと、店を後にしました。
雨の日も、風の日も、その子はガラスの前に立ちました。竿を眺めながら、頭の中では、父と並んで糸を垂れる自分の姿を思い描いていたのです。それは、もう叶わないと知りながらも、手放せない夢でした。
家に帰ると、その子は仏壇の前に正座して、父の写真に向かって話しかけました。「父ちゃん、約束、覚えてる。ぼく、もう一年生になったよ」と。写真の父は、いつもの不器用な顔で、ただ笑っているだけでした。
その笑顔を見るたびに、その子は淋しさと、ほんの少しの安心を同時に感じました。父はもういない。けれど、写真の中で、父はいつでも自分を見てくれている気がしたのです。
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ある日、その子はふと思いつきました。父はもう天国にいる。だったら、天国に手紙を書けばいいのではないか、と。父は約束を破らない人だ。きっと天国からでも、約束を守ってくれるに違いない。
その子は、本気でそう信じました。子供の信じる力というものは、ときに大人よりもまっすぐで、強いものです。その子は迷わず、机に向かいました。
習いたてのひらがなで、その子は一生懸命に手紙を書きました。鉛筆を握る手に力がこもり、何度も消しゴムで書き直しながら、それでも諦めずに、一文字ずつ綴っていきました。
『てんごくの おとうさんへ。ぼくは ことし いちねんせいに なりました。やくそくの としです』
『おとうさんは つりざおを かってくれると いいました。ぼくは いまでも ちゃんと おぼえています』
『かあさんは まいにち いちばで はたらいています。こまらせたく ないので、ぼくは ねだりません』
『だから てんごくの おとうさんに おねがいします。ぼくに つりざおを ください。おおきくなったら、かあさんに さかなを たべさせます』
手紙を書き終えると、その子は封筒の宛名に、ていねいに『天国のお父さんへ』と書きました。住所の代わりに、空に浮かぶ白い雲の絵を、クレヨンで描き添えて。
そして次の朝、いつもより少し早く家を出て、防波堤のそばにある赤いポストの前に立ちました。背伸びをして、両手で押し込むようにして、その手紙をそっと投函したのです。
「父ちゃん、届きますように」。その子は小さな手を合わせて、しばらくポストの前から動けませんでした。冷たい風の中で、その子の頬だけが、ほんのり赤く染まっていました。
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その手紙を見つけたのは、年配の配達員でした。仮に、省吾さんと呼びましょう。長年この港町で郵便を配り続けてきた、無口で実直な人でした。
宛名は『天国のお父さんへ』。差出人の住所もなく、ただ雲の絵が描かれた、一通の手紙です。本来なら、配達できずに『宛先不明』として送り返すしかありません。
けれど省吾さんは、その手紙を手に取ったまま、しばらく動けませんでした。封筒の幼い字が気になって、つい中の文面に、目を通してしまったのです。読み終えたとき、省吾さんの目頭は、熱くなっていました。
省吾さんもまた、数年前に妻を病で亡くし、ひとりで暮らしていました。誰かの帰りを待つことの淋しさ、もう叶わない約束の重さを、彼は誰よりも知っていたのです。
郵便局に戻った省吾さんは、若い同僚たちにその手紙を見せて、静かに相談しました。「この手紙を、送り返すのは、あんまりだと思うんだ」。省吾さんの声は、わずかに震えていました。
「省吾さん、それじゃあ、どうするんですか」と、若い局員が尋ねました。省吾さんはしばらく考えてから、ひとつ、深く息を吸って言いました。
「俺たちが、この子の天国の父ちゃんに、なってやらないか」。局の中が、しんと静まりました。
それは、ほんの数日間の、ささやかな出来事でした。誰かに頼まれたわけでも、表彰されるわけでもありません。ただ、一人の子供の手紙を前にして、大人たちが、自分にできる精一杯のことをしようとしただけでした。
局のみんなは、顔を見合わせました。そして、誰からともなく、ゆっくりと頷いていきました。少しずつお金を出し合おう、そう決まるのに、長い時間はかかりませんでした。
省吾さんは次の休みの日に、あの古い釣具店を訪ねました。事情を聞いた店主の老人は、何も言わずに奥から、すらりと長い竿を一本、持ってきました。
「その坊主なら、知ってる。毎日うちのガラスを覗いてた子だ」。老人はそう言って、竿の値段を、半分でいいと言いました。「残りは、俺からの餞別だ」と、ぶっきらぼうに付け加えて。
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局でいちばん字の上手い局員が、便箋に、父からの返事を書きました。何度も書き直し、にじんだ字を直しては、ようやく一枚を仕上げました。
『げんきにしているか。手紙、ちゃんと天国にとどいたよ。父ちゃん、とてもうれしかった』
『約束の釣り竿を、おくります。少しおそくなって、ごめんな』
『大きくなったら、母ちゃんを助けてやってくれ。父ちゃんは、いつも空の上から、二人のことを見ているからな』
その手紙と釣り竿を、省吾さんはていねいに包みました。そして、配達のついでではなく、わざわざ自分の足で、その子の家まで届けに行ったのです。
玄関先で小包を渡すと、省吾さんはすぐにその場を立ち去りました。振り返らず、ただ早足で。けれど角を曲がったところで一度だけ立ち止まり、その子の家の灯りを、しばらく見つめていたといいます。自分の胸に空いた穴が、少しだけ温かいもので満たされていくのを、彼は感じていました。
その後も省吾さんは、その港町で郵便を配り続けました。あの子の家の前を通るたびに、玄関先に立てかけられた釣り竿が目に入りました。その竿が、年々海の色に焼けていくのを、彼は遠くから、静かに見守っていたのです。
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小包を受け取ったその子は、震える手で、ゆっくりと包みを開けました。中から出てきたのは、あの、すらりと長い、大人用の釣り竿でした。
そして、父からの手紙。その子は手紙を読むと、声をあげて、家じゅうを飛び回りました。「父ちゃんが、約束守ってくれた! 天国から、ちゃんと送ってくれた!」と。
魚市場から帰ってきた母は、その竿と、父からの手紙を見て、しばらく言葉を失いました。それから、その子をきつく抱きしめて、長いあいだ泣きました。何も言わずに、ただ泣き続けました。
その子には、母がなぜ泣いているのか、よく分かりませんでした。約束が叶って嬉しいはずなのに、どうして泣くのだろう、と。母の涙の意味を本当に理解したのは、その子自身が親になってからのことでした。
母には、すべて分かっていたのかもしれません。誰かが、息子のために、父の代わりをしてくれたのだと。それでも母は、その子に「よかったね」とだけ、優しく言いました。
その夜、母は届けてくれた人のことを、ずっと考えているようでした。けれど、誰がしてくれたのかは、ついに分からずじまいでした。省吾さんは、自分の名を、最後まで名乗らなかったのです。
後になって、その子は何度も思いました。あの手紙を本当に読んでくれたのは、天国の父だったのか、それとも地上の誰かだったのか、と。けれど、どちらでも同じことだと、大人になってから気づきました。父の願いを継いでくれた人がいた、それだけで十分だったのです。
※
それから、長い年月が流れました。
その子は大人になり、父と同じ、漁師になりました。あの港町で、いつしか自分の船を持つまでになったのです。荒れた海に出るたびに、父の「海は逃げねえ」という言葉が、胸によみがえりました。
今でもその人は、あの釣り竿を、宝物として大切に持っています。穂先は少し色が褪せ、握りはすっかり手になじみ、何度も塩を浴びて、飴色に光っています。
凪いだ日の朝、その人は防波堤に立ち、あの竿を海へ振ります。隣には、もう父はいません。それでも、糸の先に伝わる小さな震えに、その人はいつも、父の手のぬくもりを感じるのです。
大物がかかった日には、思わず「父ちゃん、見てるか」と、声に出してしまいます。返事はありません。けれど、頬を撫でる潮風が、まるで父の笑い声のように感じられる瞬間が、確かにあるのです。
人は、誰かの優しさに支えられて、また誰かに優しくできるようになるのかもしれません。あの日もらった温もりを、その人は今、自分の手で、次の世代へ渡そうとしています。それが、名も知らぬあの人たちへの、せめてもの恩返しだと信じて。
天国の父へ宛てた一通の手紙は、空には届かなかったかもしれません。けれど確かに、地上の誰かの心には届きました。その小さな奇跡を思うたび、その人は今でも、胸の奥がじんと熱くなるのです。
あの日、見ず知らずの誰かが、その子の『天国の父ちゃん』になってくれた。その名前も知らないままの優しさを、その人は、生涯忘れることはありませんでした。
父が守れなかった約束を、誰かがそっと、代わりに守ってくれた。世の中には、見返りを求めない、そういう静かな優しさが、確かにあるのです。
その人は今、自分が釣った魚を、年老いた母の食卓に並べています。かつて父が望んだ、まさにそのとおりに。
その人には今、小さな息子がいます。いつか一年生になったら、あの飴色の竿を握らせてやるつもりです。「ゆっくりだ。慌てるな。海は逃げねえ」と、父がそうしてくれたように、隣でそっと教えてやるのです。
いつか天国で父に会えたら、その人はこう言うつもりです。「父ちゃん、約束の釣り竿で、ちゃんと釣れたよ」と。