冷凍庫に残っていた「約束の味」

料理

日曜の夜、ビールを飲みながら書いている。

読みにくかったらすまない。

そして、どのスレに書けばいいのか分からなかった。

ただ、この気持ちをどこかに置いておきたかったんだ。

俺は26歳。

嫁は32歳だった。

子どもは5歳の息子がひとり。

俺にも嫁にも、頼れる親類はいない。

三人だけで、静かにだけど温かい家庭だった。

一ヶ月前、嫁が死んだ。

本当に突然だった。

いまでも信じられない。

その日は珍しく、俺のほうが先に起きた。

嫁はいつになくぐっすり眠っていて、
子どもの保育園の時間になっても起きてこない。

「いい加減、起きないと遅れるぞー」

最初はそんな軽い気持ちだった。

けれど、何度声をかけても動かない。

胸騒ぎがして、肩に触れた。

……冷たかった。

救急車を呼んだ。

警察も来た。

そのへんの記憶は曖昧で、今もあまり思い出せない。

気がついた時には、嫁は解剖されていて、
死因は脳卒中だと告げられた。

32歳だぞ。

若いのに。

まだまだ一緒にいたかったのに。

仕事どころじゃなくて、有給をまとめて取った。

上司は何も聞かずに「しばらく休め」と言ってくれた。

忌引きも使わせてくれた。

本当に、ありがたかった。

嫁を見送って一週間が経ち、
そろそろ日常に戻らなきゃと思った。

息子にも、新しい現実に慣れてもらわないといけない。

そう思って、今日は久しぶりに息子と買い物に出た。

コンビニで弁当を買って、二人で食べた。

俺は料理ができないから、仕方なく。

弁当を食べていた息子が、泣き顔で言った。

「ママのごはん、たべたい……」

俺だって食べたいよ。

あの温かい味が恋しくてたまらないよ。

息子を抱きしめて、俺も一緒に泣いた。

「男だから泣かない」なんて言えなくて、
二人でぐちゃぐちゃに泣いた。

三十分くらいは泣いていたと思う。

泣き疲れた息子が、急に「……あ!」と声を上げた。

小さな足で冷蔵庫まで走っていき、扉を開けて叫んだ。

「パパ! ママのごはんあったよ!」

「そんなわけ――」

そう言いかけて、俺は言葉を失った。

冷凍庫いっぱいに、タッパーが並んでいた。

嫁が週末にまとめて作っていた料理たち。

俺の好きな豚の角煮。

息子の大好物のホワイトシチュー。

他にも、色とりどりの料理がぎっしりと詰まっていた。

白いご飯まで冷凍されていた。

……全部、嫁の味だ。

また涙が出た。

息子はタッパーを抱えて笑っていた。

「チンするんだよね?」

レンジにかけて、二人で食べた。

嫁の味がした。

それだけで胸が締め付けられた。

息子は安心した顔で笑って、やがて眠った。

今、俺はひとりで嫁の角煮をつまみにビールを飲んでいる。

うまいんだ。

本当にうまいんだよ。

ビールに合うって言って、嫁もよく笑ってた。

なんで、その嫁がいないんだよ。

なんでだよ。

なんで約束破っていなくなるんだよ。

「ずっと一緒にいる」って……誓ったじゃないか。

俺はまだ、横にいない理由を受け入れられそうにない。

嫁がいなくなってから、二ヶ月が経った。

季節が少し変わり、息子の背も、少しだけ伸びた。

けれど、冷凍庫の奥に詰まっていた嫁の料理は、もう残りわずかになってしまった。

ある晩、俺は最後のひとつになっていたタッパーを取り出した。

中身は、嫁の得意料理だった「鶏の照り煮」。

甘い匂いがレンジの中に広がるのを、息子と二人で静かに待った。

息子はレンジの前で正座しながら、ぽつりと言った。

「ママ、もうつくらないの?」

胸が痛んだ。

「……ママはね、もうつくれないんだよ。でもな、」

言葉が少し詰まったあと、続けた。

「パパが、ママから教わるんだ」

息子がキョトンとした。

実際、俺は料理なんてまともにしたことがない。
包丁すらぎこちなく握るレベルだ。

でも、嫁の料理を息子が「ママの味だ」と言って笑う姿を見て、
俺は、逃げていちゃいけないと思った。

次の日、嫁のレシピノートを探した。

共働きだったからか、嫁は几帳面で、
週末の献立をノートに全部書いていた。

分量、時間、火加減。
そして時々、妙に丁寧なメモ。

『○○(息子)食べられるように、味は少し薄め』
『夫には角煮を多めに。喜ぶから』
『来週は新しいレシピを試す!』

ページをめくるたび、胸が熱くなった。

そこに、最後のページだけ、ちょっと違う書き方があった。

『来年は息子にお弁当を作りたいな』
『その前に、パパにも料理を教えないと』

嫁らしく、丸い字だった。

俺は台所に立ち、ノートを横に置き、
震える手で包丁を握った。

最初に作ったシチューは、正直ひどかった。

息子が無言でスプーンを置いたので、
「あ、これダメなやつか?」と聞いたら、

「うん……ママのとはちがう……」

と正直に言われた。

だがその夜、息子はこう言った。

「でもね、パパがつくったの、うれしい」

その言葉で胸がまた熱くなった。

そして今日。

嫁の冷凍料理が、とうとう全部なくなった。

最後のタッパーを洗いながら、息子が言った。

「もう、ママのおべんとう、ないの?」

「ない。でも……」

俺は言った。

「パパの弁当が、これから作れるようになるよ」

息子は、不思議そうな顔をした後で笑った。

「じゃあね、パパ」

「ん?」

「パパのごはん、ママに負けないくらい、おいしくしてね」

「……いつか、そうなれるように頑張るよ」

寝る前、息子は小さく呟いた。

「ママ、天国でたべてるかなぁ」

俺は答えた。

「食べてるよ。きっと笑ってる」

「じゃあ、パパのもたべれるかな?」

「……食べられるように、がんばるよ」

息子は、それを聞いて安心した顔で眠った。

嫁が残したものは、料理だけじゃない。

息子の記憶と、俺の胸の中に、
まだ温かく息をしている。

俺は、ゆっくり、ゆっくりだけど、前に進むつもりだ。

嫁の味に追いつくまで、何年かかっても。

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