
日曜の夜、ビールを飲みながら書いている。
読みにくかったらすまない。
そして、どのスレに書けばいいのか分からなかった。
ただ、この気持ちをどこかに置いておきたかったんだ。
※
俺は26歳。
嫁は32歳だった。
子どもは5歳の息子がひとり。
俺にも嫁にも、頼れる親類はいない。
三人だけで、静かにだけど温かい家庭だった。
※
一ヶ月前、嫁が死んだ。
本当に突然だった。
いまでも信じられない。
※
その日は珍しく、俺のほうが先に起きた。
嫁はいつになくぐっすり眠っていて、
子どもの保育園の時間になっても起きてこない。
「いい加減、起きないと遅れるぞー」
最初はそんな軽い気持ちだった。
けれど、何度声をかけても動かない。
胸騒ぎがして、肩に触れた。
……冷たかった。
※
救急車を呼んだ。
警察も来た。
そのへんの記憶は曖昧で、今もあまり思い出せない。
気がついた時には、嫁は解剖されていて、
死因は脳卒中だと告げられた。
32歳だぞ。
若いのに。
まだまだ一緒にいたかったのに。
※
仕事どころじゃなくて、有給をまとめて取った。
上司は何も聞かずに「しばらく休め」と言ってくれた。
忌引きも使わせてくれた。
本当に、ありがたかった。
※
嫁を見送って一週間が経ち、
そろそろ日常に戻らなきゃと思った。
息子にも、新しい現実に慣れてもらわないといけない。
そう思って、今日は久しぶりに息子と買い物に出た。
コンビニで弁当を買って、二人で食べた。
俺は料理ができないから、仕方なく。
※
弁当を食べていた息子が、泣き顔で言った。
「ママのごはん、たべたい……」
俺だって食べたいよ。
あの温かい味が恋しくてたまらないよ。
息子を抱きしめて、俺も一緒に泣いた。
「男だから泣かない」なんて言えなくて、
二人でぐちゃぐちゃに泣いた。
三十分くらいは泣いていたと思う。
※
泣き疲れた息子が、急に「……あ!」と声を上げた。
小さな足で冷蔵庫まで走っていき、扉を開けて叫んだ。
「パパ! ママのごはんあったよ!」
「そんなわけ――」
そう言いかけて、俺は言葉を失った。
冷凍庫いっぱいに、タッパーが並んでいた。
嫁が週末にまとめて作っていた料理たち。
俺の好きな豚の角煮。
息子の大好物のホワイトシチュー。
他にも、色とりどりの料理がぎっしりと詰まっていた。
白いご飯まで冷凍されていた。
……全部、嫁の味だ。
※
また涙が出た。
息子はタッパーを抱えて笑っていた。
「チンするんだよね?」
レンジにかけて、二人で食べた。
嫁の味がした。
それだけで胸が締め付けられた。
息子は安心した顔で笑って、やがて眠った。
※
今、俺はひとりで嫁の角煮をつまみにビールを飲んでいる。
うまいんだ。
本当にうまいんだよ。
ビールに合うって言って、嫁もよく笑ってた。
なんで、その嫁がいないんだよ。
なんでだよ。
なんで約束破っていなくなるんだよ。
「ずっと一緒にいる」って……誓ったじゃないか。
俺はまだ、横にいない理由を受け入れられそうにない。
※
嫁がいなくなってから、二ヶ月が経った。
季節が少し変わり、息子の背も、少しだけ伸びた。
けれど、冷凍庫の奥に詰まっていた嫁の料理は、もう残りわずかになってしまった。
※
ある晩、俺は最後のひとつになっていたタッパーを取り出した。
中身は、嫁の得意料理だった「鶏の照り煮」。
甘い匂いがレンジの中に広がるのを、息子と二人で静かに待った。
息子はレンジの前で正座しながら、ぽつりと言った。
「ママ、もうつくらないの?」
胸が痛んだ。
「……ママはね、もうつくれないんだよ。でもな、」
言葉が少し詰まったあと、続けた。
「パパが、ママから教わるんだ」
息子がキョトンとした。
実際、俺は料理なんてまともにしたことがない。
包丁すらぎこちなく握るレベルだ。
でも、嫁の料理を息子が「ママの味だ」と言って笑う姿を見て、
俺は、逃げていちゃいけないと思った。
※
次の日、嫁のレシピノートを探した。
共働きだったからか、嫁は几帳面で、
週末の献立をノートに全部書いていた。
分量、時間、火加減。
そして時々、妙に丁寧なメモ。
『○○(息子)食べられるように、味は少し薄め』
『夫には角煮を多めに。喜ぶから』
『来週は新しいレシピを試す!』
ページをめくるたび、胸が熱くなった。
そこに、最後のページだけ、ちょっと違う書き方があった。
『来年は息子にお弁当を作りたいな』
『その前に、パパにも料理を教えないと』
嫁らしく、丸い字だった。
俺は台所に立ち、ノートを横に置き、
震える手で包丁を握った。
※
最初に作ったシチューは、正直ひどかった。
息子が無言でスプーンを置いたので、
「あ、これダメなやつか?」と聞いたら、
「うん……ママのとはちがう……」
と正直に言われた。
だがその夜、息子はこう言った。
「でもね、パパがつくったの、うれしい」
その言葉で胸がまた熱くなった。
※
そして今日。
嫁の冷凍料理が、とうとう全部なくなった。
最後のタッパーを洗いながら、息子が言った。
「もう、ママのおべんとう、ないの?」
「ない。でも……」
俺は言った。
「パパの弁当が、これから作れるようになるよ」
息子は、不思議そうな顔をした後で笑った。
「じゃあね、パパ」
「ん?」
「パパのごはん、ママに負けないくらい、おいしくしてね」
「……いつか、そうなれるように頑張るよ」
※
寝る前、息子は小さく呟いた。
「ママ、天国でたべてるかなぁ」
俺は答えた。
「食べてるよ。きっと笑ってる」
「じゃあ、パパのもたべれるかな?」
「……食べられるように、がんばるよ」
息子は、それを聞いて安心した顔で眠った。
※
嫁が残したものは、料理だけじゃない。
息子の記憶と、俺の胸の中に、
まだ温かく息をしている。
俺は、ゆっくり、ゆっくりだけど、前に進むつもりだ。
嫁の味に追いつくまで、何年かかっても。