電話越しの陽だまり

公開日: 友情 | 家族 | 心温まる話 |

電話機

結構前、家の固定電話が鳴った。

『固定電話にかけてくるなんて、誰だろう?』と思いつつ、電話に出ると、若い男の声がした。

「もしもし? 俺だけど、母さん?」

すぐにオレオレ詐欺と判断。相手が自分を「俺」と呼んだのが決め手だった。でも、暇だし相手をからかおうと思って、下手な声真似で応じてみた。

「ああ、あんたかい?」

意外にも相手は気付かず、話を続けた。

「やっと就職先が決まったんだ。母さん、仕事探してくれてありがとう」

この言葉に、ちょっと考えさせられた。オレオレ詐欺にしては、話が具体的すぎる。でも、俺は深く考えずに聞き流すことにした。

相手は母との思い出をひたすら語り続けた。途中で俺が聞いているか確認されたので、慌てて声を作って応じた。

「聞いてる?」

「うん、聞いてるよ」

一時間近く経ち、相手はまた明日電話すると言って切った。その日、俺は不思議な気持ちになった。

翌日午前10時、また電話がかかってきた。相手は昨日の男だった。

「これから仕事に行って来るよ」

何故か、俺は自然に

「うん、頑張ってね」

と応じた。

夜、また電話がかかってきた。その日も、相手は昔話に花を咲かせた。ただ、今日は「あの時は…」を繰り返していた。俺はその後、寝てしまった。

翌日(日曜日)、また朝に電話が来た。昨日の謝罪と共に、また話を始めた。その日の話で、彼は思い出話を終えたようだった。

「じゃあまたね」

と言って、電話を切った。その後は電話がかかってこなかった。何だか寂しくなった。

翌日、留守電を聞くと、昨日まで母さんのふりをしたことに感謝する彼の声があった。

「母さんが生き返ったみたいで、楽しかった…。でも昨日、ずっと誰かに頼って生きてることに気づいた。これからは一人で生きていくよ。くだらない会話に付き合ってくれてありがとう」

涙がポロポロと溢れてきた。俺も一人で生きなければならない。

関連記事

豚骨ラーメン(フリー写真)

父の記憶

俺の父は、俺が6歳の時に死んでしまった。 ガンだった。 確か亡くなった当時の年齢は34歳だったと思う。 今思えばかなりの早死にだった。 呆気なく死んでしまった…

母の手を握る赤子(フリー写真)

母の想い

彼は幼い頃に母親を亡くし、父親と祖母と暮らしていました。 17歳の時、急性骨髄性白血病にかかってしまい、本人すら死を覚悟していましたが、骨髄移植のドナーが運良く見つかり死の淵から…

乾杯(フリー写真)

変わらないもの

今まですれ違いが多くて、なかなか時間を取って話す機会のなかった父。 そんな父と時間を取って話す機会を得たのは、恥ずかしながら仕事でミスを連発して会社から叱責を何度も受けていた時…

ラーメン(フリー写真)

母ちゃんとラーメン

今日、俺は珍しく母ちゃんを外食に誘った。 行き先は、昔からよく行く馴染みのラーメン屋だった。 俺は味噌ラーメンの大盛り、母ちゃんは味噌ラーメンの並盛りを頼んだ。 「昔…

虹(フリー写真)

道路に架かった虹

昨日、犬の散歩をしていた時の事。 20代後半くらいの男性が二人、作業着でマンホールを調べていた。 少し立ち止まって見ていたら、前から女子中学生が泣きながら歩いて来た。 …

ビーフシチュー

仲直りのビーフシチュー

昨日の朝、私は妻と言い争いをしてしまった。原因は、夜更かしによる私の寝不足で、朝の機嫌が非常に悪かったことだ。 「また仕事か」とぼやきながら起きる私。妻は私の気難しさを知ってい…

卒業証書(フリー写真)

忘れられない生徒

高校教師です。 私が教えていた生徒に問題児の女の子が居ました。 彼女は成績も悪くなく、資格取得にも一生懸命なのですが、その原動力は強過ぎる学歴コンプレックスらしく精神も病ん…

白猫(フリー写真)

猫の導き

小学生の頃、親戚の家に遊びに行ったら、痩せてガリガリの子猫が庭にいた。 両親にせがんで家に連れて帰り、その猫を飼う事になった。思い切り可愛がった。 猫は太って元気になり、…

朝焼け空(フリー写真)

自衛隊最大の任務

「若者の代表として、一つだけ言いたいことがあります…」 焼け野原に立つ避難所の一角で、その青年は拡声器を握り締め話し始めた。 真っ赤に泣き腫らした瞳から流れる涙を拭いながら…

雲海

空の上の和解

二十歳でヨーロッパを旅していた時の実話です。ルフトハンザの国内線でフランクフルト上空にいた時、隣に座ったアメリカ人の老紳士に話しかけられました。日本の素晴らしさについて談笑していると…