母の願い

公開日: 家族 | 心温まる話 |

手紙

毎日の小さな痛みや苦しみがあっても、子供たちが元気でいることが、私にとっての最大の喜びです。子供たちの笑顔や元気な声を聞くと、心から幸せを感じます。子供たちがありがとうと言ってくれることは必要ないの。ただ、自分の力で立ち、自分の人生を歩んでいる姿を見ることが、私にとって何よりの幸せなのです。

子供たちが悩んでいる姿や、行き詰まっている様子を見るのは、本当に辛い。何とか助けたい、何とかしてあげたいと思うけれども、私にはどうすることもできないのです。時には余計な口出しをして、後悔することもあります。子供たちにはそれぞれの考えがあるのに、私はただ見守るだけで、どうすることもできません。苦しむ姿を見るたびに、私の心は痛むばかりです。親であるにも関わらず、力になれない自分に落胆することもあります。

今、幸せな時間を過ごしている子供たちへ。あなたたちが笑顔でいることが、私の生きがいです。

今、辛い時を過ごしている子供たちへ。何もしてあげられなくてごめんなさい。頼りなくて本当に申し訳ない。でも、どうか強く生きてください。自分を卑下したり、自暴自棄になったりしないで。生きる場所は必ずあります。生きる道は必ず見つかります。あなたがもがき苦しみながらも、その道を見つけ出すことを、私は毎日願っています。私に何かできることがあれば、どうか教えてください。大げさではなく、あなたが強く生きることが、私にとっては何よりも大切なのです。

関連記事

終電の車内(フリー写真)

親切の輪

終電の発車間際に切符なしで飛び乗り、車掌さんが回って来た時に切符を買おうと財布を出そうとしたが、財布がなかった。小銭入れもない。 どこかで落としたのだろうか。 途方に暮れた…

駅のホーム(フリー写真)

母を守る子

昔は JR大久保駅(兵庫県)から通勤していたのですが、週2日は午前10時までに舞子に着けば良い時期がありました。 朝はゆっくりできるし、電車は空いていて快適でした。 ホー…

倉庫(フリー写真)

おじさんとの約束

数年前の話です。 僕が大学生の頃、日雇いのアルバイトをしていました。 事務所に電話で翌日のアルバイトの予約をして、現場に行って働いていました。 主にやっていた仕事は…

赤ちゃんの手を握る母(フリー写真)

素朴なお弁当

私の母は、常に体調を崩しやすい人だった。 そのせいなのかは分からないが、彼女が作ってくれる弁当は決して美しくはなく、素朴だった。 私は毎日、その弁当を持って学校に行くのが…

夕日が見える町並み(フリー写真)

幸せだった日常

嫁と娘が一ヶ月前に死んだ。 交通事故で大破。 単独でした。 知らせを受けた時、出張先でしかも場所が根室だったから、帰るのに一苦労だった。 でもどうやって帰ったの…

東京ドーム(フリー写真)

野球、ごめんね

幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。 学も無く技術も無かった母は、個人商店の手伝いのような仕事で生計を立てていた。 それでも当時住んでいた土地にはまだ人…

カップル(フリー写真)

秘密で手話を

待ち合わせた彼女を待っていて見かけたのは、大学生風のカップルだった。 男の子が女の子の正面に立って、何かしきりに手を動かしていた。手話だ。 彼はやっと手話を覚えたこと、覚え…

ローカル電車(フリー写真)

特別な千円札

学生時代、貧乏旅行をした。 帰途、寝台列車の切符を買ったら残金が80円! もう丸一日、何も食べていない。 家に着くのは約36時間後…。 空腹をどうやり過ごすか考…

マラソン

継承されるタスキ

小さな頃、親父と一緒に街中をよく走ったものだ。田舎の我が町は交通量も少なく、自然豊かで、晴れた日の空気は格別だった。 親父は若い頃、箱根駅伝に出場した経験がある。走るのが好きで…

炊き込みご飯

愛のレシピ

私が子供の頃、母が作る炊き込みご飯は私の心を温める特別な料理でした。 明言することはなかったが、母は私の好みを熟知しており、誕生日や記念日には必ずその料理を作ってくれました。 …