何をしても続かない女だった。
大学に入って三つのサークルに名前を書き、どれも半年と保たなかった。テニスは日に灼けるのが嫌になり、軽音は人前が怖くなり、写真は現像液の匂いに飽きた。そのどれもが、最初の一週間はあんなに楽しかったのに。
最初に勤めた会社は三月で辞めた。朝礼で上司が放つ声の大きさが、毎朝みぞおちを締めつけた。次の会社は半年。思っていた仕事と違う、とだけ書いて辞表を出した。三つ目はもっと早かった。
理由はいつも、同じ顔をしていた。思っていたのと違う。たったその一言で、私はどんな場所からも、するりと降りてしまえた。降りるときだけは、いつも身軽だった。
履歴書の職歴欄は、別れの記録みたいに伸びていった。短く勤めて去った会社の名前が、上から下まで几帳面に並んでいる。面接でそれを見られるたび、相手の目がすっと冷めていくのが分かった。この人は根を張れない種だ。そう値踏みされている気がした。
正社員ではもう、どこも雇ってくれなくなった。私は派遣会社に登録した。けれど派遣先でも、やっぱり続かなかった。倉庫も、コールセンターも、二週間と保たない。職歴欄の余白が、年々狭くなっていった。
二十六になっても、私は自分のことを、何ひとつ最後までやり遂げたことのない人間だと思っていた。
思えば、続けられない理由を探すことだけは、誰よりも得意だった。少しでも嫌なことがあると、私の頭はすぐに、辞めるための理屈を百でも用意してくれた。そうして私は、いつも自分を、傷つく前に逃がしてやっていた。
※
流れ着いたのは、下町の古い銭湯だった。
暖簾の藍はすっかり褪せて、ところどころ白く粉を吹いている。煙突は夕方になると、沈む日を吸って橙色に灼けた。引き戸を開けると、檜と、石鹸と、湯気の匂いが渾然となって、いっぺんに鼻を満たした。どこか懐かしい匂いだった。
脱衣場との境にある番台は、思っていたよりずっと高かった。座ると、下足箱も、牛乳の冷蔵庫も、古ぼけた体重計も、町ぜんぶを見下ろしているような心持ちになる。壁の向こうの浴室からは、桶を置く乾いた音と、誰かの鼻歌が、湯気に溶けて漏れてきた。
「ここに座って、お金をもらって、桶を渡して、鍵を預かる。それだけのことだから」
そう言って仕事を教えてくれたのは、八十を越えた女主人だった。背中は弓のように曲がっているのに、声だけは湯気を裂くように張りがある。長年そうしてきたのだろう、釣り銭を数える指は、見ているこちらが惚れ惚れするほど速かった。
「難しいことは何もないよ。ただね、ここに座ってると、町の人みんなの顔が、毎日通り過ぎていくんだ。それだけは覚えておおき」
そのときの私は、その言葉の意味を、まるで分かっていなかった。
※
私はケロリンの黄色い桶を積み直し、下足札の番号を揃え、ぬるくなった番茶を捨てて新しく淹れた。富士山のペンキ絵が剥げかけた壁を、固く絞った布で拭いた。単純な仕事だった。一週間もすると、体の方が先に手順を覚えてしまった。
覚えてしまうと、私はまた、飽きはじめていた。
釣り銭を渡す手が、自分でも嫌になるほど機械的になっていく。お客さんの顔も、もう風景の一部だった。来ては去る、湯気の向こうの影。誰が来ても、私の一日は何ひとつ変わらない。
こんな所で、私は何をしているのだろう。
番台の高さが、急に滑稽に思えてきた。私はこんな場所に座って一生を終えるために、生まれてきたのではない。胸の奥でそう呟くと、辞表の文句が、頭の中で勝手に組み上がっていった。一身上の都合により。便利な言葉だ。何ひとつ説明しなくていい。
※
その晩、田舎の母から電話があった。
「無理しなくていいんだよ。しんどかったら、いつでも帰っておいで」
やさしい声だった。けれどそのやさしさは、私にとっては逃げ道の鍵に、ちょうどよく合ってしまう種類のものだった。私は受話器を握りしめたまま、もう帰ろう、と決めていた。
電話を切って、アパートの荷物をまとめはじめた。押入れの奥から、小学生のころの絵日記が出てきた。表紙のクレヨンは、ほとんど剥げてしまっている。
埃を払って捲ると、たどたどしい丸い字で、こう書いてあった。
「わたしは、人のはなしをきく人になりたい」
その一行を見た瞬間、忘れていた景色が、いっぺんに胸へ流れ込んできた。
私は祖母の長い昔語りを、縁側で何時間でも聞いていられる子どもだった。戦争の話も、嫁いできた日の話も、もう何十遍も聞いた話を、私は飽きずにせがんだ。聞いてあげると、祖母はいつも、別人のように嬉しそうな顔をした。
あの顔が、好きだった。誰かの話に耳を傾けて、その人の顔がふっとほどけていく、あの瞬間が。私は将来、そういう人になるのだと、本気で信じていた。
希望に燃えていたあの子が、今の私を見たら、何と言うだろう。情けない。そして私は、またしても逃げようとしている。同じことの、何度目かの繰り返し。
私は荷物をほどいた。畳んだ服を、一枚ずつ元の場所に戻した。そして母に、もう一度電話をかけた。
「お母さん。私、もう少しだけ、ここで頑張ってみる」
声が震えた。震えたまま、書きかけの辞表を、半分に破いて捨てた。破る音が、思いのほか小さかったことを、今でも覚えている。
※
翌朝、番台に座り直して、私はふと思いついた。
祖母の話を聞くのが好きだったなら。人の顔を覚えて、その人の話に耳を澄ますことなら。私にも、できるのかもしれない。
私は桶や下足札の向こうにいる人を、その日から、初めてちゃんと見るようになった。
夕方いちばんに来るのは、印刷工場の油の匂いをさせた若い男だった。決まって長湯をするのは、杖をついた足の悪いお婆さん。閉店間際にそっと現れるのは、昼間は人に会いたくないらしい、寡黙な中年の男の人。みんな、それぞれの時間に、それぞれの理由を抱えてやって来る。
「今日は、いつもよりずいぶん早いんですね」
思いきってそう声を掛けると、油の匂いの男は、虚を突かれた顔をした。それから、ばつが悪そうに笑った。
「ああ……今日は、早く上がれたもんで」
たったそれだけの会話が、不思議と、その日いちばんの出来事のように胸に残った。
私は人の名前を覚えた。湯上がりに何を飲むのか、その好みを覚えた。腰を痛めている人には番台からそっと座布団を回し、底冷えのする晩には、番茶をいつもより濃いめに淹れて出した。
「姉ちゃんが居ると、なんだか、家に帰ってきたみたいだなあ」
※
夕方、若い母親に手を引かれた、四つか五つの男の子がやって来た。
深い湯がよほど怖いらしく、脱衣場の隅で、頑として服を脱ごうとしない。母親が困り果てているのを見て、私は番台から声を掛けた。
「あのね。お風呂の底にはね、お日さまが沈んでるんだよ」
男の子が、きょとんとした顔で、私を見上げた。
「昼間のお日さまが、夜になると、ここのお湯の中で休んでるの。そっと入ってあげたら、お日さま、よろこぶよ」
でたらめだった。けれど男の子は、おそるおそる、湯に足を浸けた。それからにっこり笑って、あったかい、と言った。母親が、ありがとうございます、と何度も頭を下げた。
帰り際、男の子は番台を見上げて、また来るね、と手を振った。私はその小さな手に、いつまでも手を振り返していた。誰かの怖さを、ほんの少しでもやわらげられたことが、たまらなく嬉しかった。
油の匂いの男が、鼻の頭を掻きながら、独り言のようにそう言った。私はその言葉を、その夜、布団の中で何度も繰り返した。家に帰ってきたみたい。私の居る場所が、誰かにとって、そういう場所になっている。
※
いつも、いちばん安い石鹸しか買わないお婆さんがいた。
そのお婆さんが、ある日、上等な柚子の湯の素を持って、番台に来た。
「あら。今日は、ずいぶん奮発しましたね」
つい口に出すと、お婆さんは皺だらけの顔を、くしゃりと崩した。
「孫がね。絵のコンクールで、賞を取ったんだよ。金賞だってさ」
「まあ。それは——おめでとうございます」
私まで嬉しくなって、思わず番台から身を乗り出した。
「それでね、お祝いに、今夜は柚子湯にしようと思ってさ。あの子が小さいころ、よく一緒に入った柚子湯がね、忘れられないらしくて」
お婆さんは賞状の話を、孫が初めて絵筆を握った日の話を、湯に浸かるのも忘れて、長々と聞かせてくれた。私は祖母の昔語りを聞いていた、あのころと同じ顔で、ただ頷いていた。話し終えたお婆さんの顔は、湯上がりみたいに、ほんのり上気していた。
気づけば、私はこの仕事が、好きになっていた。いつから飽きていたのかも、もう思い出せなかった。
※
ある晩、客足が途絶えたあと、女主人が湯沸かしの火を落としながら、ぽつりと言った。
「この湯屋もね、もう何度も、やめようと思ったんだよ」
私は番台の帳簿をつける手を止めた。
「燃料は上がる。客は減る。体はあちこち痛む。畳んじまえば楽になるって、何べんも思った。それでもねえ」
おかみは、富士のペンキ絵を見上げた。
「あの油の兄ちゃんが、おかえりって顔をされて、ほっとして帰っていく。あれを見ちまうとね、もう一日だけ、もう一日だけって、火を入れちまうんだ。気づいたら、五十年さ」
五十年。私が逃げ出した数えきれない場所の、その全部を足しても、まるで届かない時間だった。
「あんたも、いい顔をするようになったよ」
おかみは、皺の奥の目を細めて、そう言った。私はうまく返事ができなくて、ただ、はい、とだけ答えた。その夜、私は初めて、続けるということが、怖くなくなっていた。
※
閉店の札を出すころにだけ、そっと暖簾をくぐる人がいた。
五十がらみの、寡黙な男の人だった。いつも俯きがちで、人の少ない時間を狙っているのが、すぐに分かった。釣り銭を渡すときも、ありがとうの一言さえ、めったに口にしない。私は無理に話しかけず、ただ番茶だけを、いつもより熱くして出していた。
ある雪の晩、その人が珍しく、番台の前で足を止めた。
「……ここの湯は、あったかいね」
ぼそりと、それだけ言った。私は驚いて、けれど顔には出さずに、そうですね、と返した。
「去年、女房を亡くしてね。家に帰っても、誰も湯を沸かしてくれる者がいない。冷たい部屋に、独りで座ってるだけだ」
湯気の向こうで、その人の肩が、小さく揺れた気がした。
「だからね。ここの暖簾をくぐると、ああ、まだ世間とつながってるなと思える。それだけで、もう少し生きていけるような気がするんだ」
私は番台から、もう一杯、熱い番茶を注いで差し出した。かける言葉が見つからなかった。ただ、その湯呑みの湯気を、二人でしばらく、黙って眺めていた。
その人が帰っていく背中に、私は初めて、いってらっしゃいではなく、おやすみなさい、と声を掛けた。男の人は振り向かなかったけれど、襟元が、ほんの少しだけ動いた。
※
梅雨が明けた、ひどく混み合う夕方のことだった。
私が下足札をさばくのに追われていると、奥から女主人が、困ったような声で言った。
「あんたの番台ばっかり、人が並んでるよ」
顔を上げて、私は息を呑んだ。
暖簾をくぐった客が、がらんと空いている隣の入口ではなく、わざわざ私の座る番台の前にだけ、長い列を作っている。隣はこんなに空いているのに、誰ひとり、そちらへ行こうとしない。
女主人が、列の先頭のお爺さんに声を掛けた。
「混んでるんだから、どうぞそっちの、空いてる方からお入りよ」
するとお爺さんは、むっとした顔で、言い返した。
「ほっといてくれ。わしは湯に入りに来てるんじゃない。この姉ちゃんと喋りに来てるんだ。だからこっちじゃなきゃ、嫌なんだよ」
後ろに並んでいたお婆さんも、うんうんと、深く頷いた。
「安い湯なら、町内に幾らでもあるさ。それでも私らは、ここに来る。この子の顔を見て、二言三言、話をして帰る。それがねえ、一日のいちばんの楽しみなんだよ」
その後ろの、油の匂いの男も、照れたように口を開いた。
「俺もだよ。仕事でくたびれて、それでもここの暖簾をくぐると、姉ちゃんがおかえりって顔をするだろ。あれで、一日の疲れが、すうっと抜けるんだ」
私はその場で、わっと泣き崩れてしまった。
番台の高さも、桶の黄色も、富士のペンキ絵も、みんな滲んで見えなくなった。下足札を握りしめたまま、私はしばらく、手を動かすことができなかった。
人の話を聞く人になりたい。あの絵日記の、たどたどしい願いは、こんな小さな番台の上で、いつの間にか、とっくに叶っていたのだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
何に謝っているのか、自分でも分からなかった。逃げてばかりいた昔の自分にか、それとも、ここまで来させてくれた、目の前のこの人たちにか。
涙を拭いて顔を上げると、列の誰ひとり、急かしもせず、ただ静かに笑って、待っていてくれた。
※
あれから私は、一度も逃げていない。
続かないことが、私のいちばんの引け目だった。何をやっても中途半端で、根なし草で。けれど、続けてみて、やっと分かったことがある。続けた、その先にしか見えない景色というものが、世の中には、確かにあるのだ。
あの番台に座り続けなければ、私は一生、自分が誰かの一日を温めていたことに、気づかないままだっただろう。
今日も私は番台に座って、暖簾の揺れる向こうを見ている。誰かが私の名を呼んで、引き戸を開けて入ってくる。その声を一つも聞き逃さないように、私は背筋を伸ばす。
あの寡黙な人は、今も雪の晩になると、番台の前で足を止める。短い言葉を二つ三つ交わして、おやすみなさい、と頭を下げて帰っていく。私はその背中を見送るたび、人が人を温めるのに、立派な言葉などいらないのだと思う。
番台の上から町を見ていると、季節が静かに移っていくのが分かる。柚子湯の冬が過ぎ、菖蒲を浮かべる端午が来て、また蝉の声が湯気に混じる。同じ顔が、同じ時間に、今日もやって来る。その繰り返しの中にこそ、私の居場所はあった。
続かなかった日々を、もう恥じてはいない。あの遠回りがなければ、私はこの番台の温かさに、きっと気づけなかった。逃げ続けた末に、たった一つだけ逃げ出さなかった場所が、私をようやく、私にしてくれたのだから。
番台に座る私を、町の人はいつしか、名前で呼ぶようになった。下足箱の鍵を渡しながら交わす、たわいもない一言。湯加減はどうだったか、今日の魚は安かったか、孫はもう歩いたか。そんな言葉の一つひとつが、私の一日を、確かに編んでいった。
祖母の縁側で覚えたあの感覚は、間違いではなかった。人は、自分の話に耳を傾けてもらえると、それだけで少し、生き返る。私はその瞬間に立ち会える場所に、ようやくたどり着いたのだ。
番台の木は、長い年月で角が丸く磨かれ、手のひらに馴染む。私はその縁をそっと撫でながら、今日もここに居られることの幸いを、静かに噛みしめている。
逃げ出さずにそこに居る、というただそれだけのことが、こんなにも温かいものだったとは、あのころの私は、まるで知らなかった。