お母さん。あなたがこの世を去ってから、もう七度目の春が巡ってきました。白衣のポケットに、いつもあなたの写真を一枚、忍ばせています。今日は、どうしても伝えたいことがあって、こうして手紙を書いています。
※
あなたは、私を産むまで、長いあいだ父の暴力に耐えていたそうですね。私はその父のことを、ほとんど覚えていません。私が一歳になった年の冬、父は多くの借金だけを遺して、病であっけなく逝ってしまいました。
残されたのは、若いあなたと、何も知らない赤ん坊の私と、見上げるほどの借金でした。それでもあなたは、一度も「産まなければよかった」とは言いませんでしたね。
のちに伯母から聞きました。私が生まれたとき、あなたは病院のベッドで、声を上げて泣きながら喜んだのだと。
「この子がいれば、何があっても生きていける」
あなたは、産婆さんにそう言ったそうですね。その言葉が、その後のあなたの人生を、まるごと縛りつけてしまったことを、私は長いあいだ知りませんでした。
※
借金を返すために、あなたは昼と夜、二つの仕事をかけもちしていましたね。朝は缶詰工場のラインに立ち、夜は駅前の小料理屋で、遅くまで働いていました。
私が眠りにつくころ、あなたはまだ帰ってこず、私が目を覚ますころには、もう家を出ていました。それでも、枕元にはいつも、握り飯が二つ、ラップにくるんで置いてありましたね。
夜中にふと目を覚ますと、台所であなたが、内職の造花を、黙々と組み立てていることがありました。あかぎれだらけの指で、針金に小さな布の花びらを巻きつけていく、その背中。
「お母さん、まだ寝ないの」
私が声をかけると、あなたはいつも振り返って、疲れた顔に精いっぱいの笑みを浮かべて言いました。
「もう少しだけね。早くお眠り」
あの夜の、造花のかすかな糊の匂いを、私は今でも、ふとした拍子に思い出します。
お正月には、あなたは、あかぎれだらけの手で、ぽち袋を渡してくれましたね。中には、きれいに折りたたまれた、新しいお札が一枚。
「ほしいもの、買いなさい」
でも私は、そのお金を使えませんでした。あなたがどれだけの時間、立ちっぱなしで働いて、それを貯めたかを、知っていたから。
そのお札は、今も、私の財布の奥に、お守りのように、しまってあります。
私が高熱を出した夜のことも、忘れられません。あなたは仕事を休めず、それでも休憩のたびに家へ走って帰り、私の額の濡れタオルを取り替えてくれましたね。
うとうとと目を開けるたびに、薄暗い枕元に、あなたのやつれた顔がありました。
「大丈夫、お母さんがついてるからね」
その声を聞くと、不思議と、熱の苦しさが、すっと引いていくのでした。
朝になると、あなたの目の下には、濃い隈ができていました。それでもあなたは、いつもと同じ時間に、工場へ出かけていきましたね。
※
暮らしは、いつもぎりぎりでした。保育園の遠足のおやつは、あなたが前の晩に作ってくれた、雑穀のおはぎでしたね。
小学校の給食費を、月末まで待ってもらう月もありました。担任の先生に名前を呼ばれて立たされたとき、私は教室で、消えてしまいたいほど恥ずかしかった。
修学旅行のおみやげは、いちばん安い、ご当地のキーホルダー一つだけ。中学校の制服は、親戚のお下がりで、裾の折り目が二重についていましたね。
高校のお弁当は、来る日も来る日も、白いご飯に梅干しと、海苔が一枚。けれど、私はそのお弁当が、決して嫌いではありませんでした。
高校生になって、私はこっそりアルバイトを始めようとしたことがありました。少しでも、あなたを楽にしたかったのです。
けれど、それを知ったあなたは、めずらしく、強い口調で言いましたね。
「あなたの仕事は、勉強することよ。お金のことは、お母さんに任せなさい」
その背中が、あまりに小さく見えて、私は何も言えませんでした。あなたは、自分がどれだけ無理をしているか、決して私に悟らせまいとしていたのです。
だって、その梅干しは、あなたが知り合いの農家から、わざわざ分けてもらってきた、とびきり大きなものだったから。
一度だけ、同級生に「貧乏くさい」と笑われたことがありました。家に帰って、つい、あなたに当たってしまいましたね。
あなたは、しばらく黙ってから、静かに言いました。
「ごめんね。でも、その梅干しはね、お母さんの精いっぱいの愛情なの」
私は、その言葉に、何も言い返せませんでした。次の日から、お弁当を隠して食べるのを、やめました。
貧しくても、笑い声の絶えない家でした。あなたは、皿洗いをしながら、よく古い歌を口ずさんでいましたね。
音程は、いつも少しだけ外れていました。私がそれを笑うと、あなたは「下手でけっこう」と、わざと胸を張ってみせました。
あの、少し調子っぱずれの鼻歌を、私はもう一度、聞きたくてたまりません。世界じゅうの、どんな名曲よりも。
小学校の授業参観に、あなたが来てくれた日のことも、よく覚えています。よそのお母さんたちは、きれいな服を着ていました。
あなただけが、仕事の合間に駆けつけたままの、色あせたエプロン姿でしたね。
私は、ほんの少しだけ、恥ずかしいと思ってしまいました。そして、そう思った自分を、家に帰ってから、ひどく責めました。
あなたは、教室のいちばん後ろで、私が手を挙げて発表するのを、誰よりも嬉しそうな顔で見ていてくれたのに。
※
無理を承知で、私が大学に行きたいと打ち明けた夜のことを、覚えていますか。あなたは、反対するどころか、一言も文句を言いませんでしたね。
参考書を買うお金もありませんでした。あなたは、町の古いごみ処理場まで、捨てられる予定の問題集をもらいに、頭を下げに行ってくれましたね。
少しシミのついたその参考書を、あなたは家でていねいに拭いて、「これで勉強しなさい」と、私に手渡してくれました。
私立は受けさせてあげられないから、と。あなたは申し訳なさそうに、国立一本に絞ることを、何度も詫びましたね。
でも、詫びるのは私のほうでした。あなたにこんなに苦労をかけて、私は何も返せていなかったのですから。
あなたにも、本当は、叶えたい夢があったのだと、ずっとあとになって知りました。
伯母が言っていました。あなたは若いころ、洋裁の学校に行って、自分の店を持つのが夢だったのだと。
あの夜中の内職の造花は、もしかしたら、あなたが手放した夢の、かけらだったのかもしれません。
自分の夢を畳んで、その分を、まるごと私の未来に注ぎ込んでくれていたのですね。
センター試験の前の日、あなたは突然、「今日は特別」と言って、生まれて初めて、お寿司屋さんに連れていってくれましたね。
「いちばんいいやつを食べなさい」
あなたはそう言って、自分は、いちばん安いかっぱ巻きだけを、にこにこしながらつまんでいました。
「お母さんは、これがいちばん好きなのよ」
その嘘に、私は気づかないふりをして、特上の握りを、涙をこらえながら飲み込みました。
※
けれど、その試験で、私は失敗してしまいました。前期の合格発表の日、自分の番号がないと知って、私は一度、すべてを投げ出そうとしました。
夜の踏切の前で、長いあいだ立ちつくしていた私を、あなたは血相を変えて、探しに来てくれましたね。
あなたは、私を叱りませんでした。ただ、私の冷えきった手を両手で包んで、ずっと、ずっと謝り続けていました。
「お母さんが、もっと楽をさせてあげられたら。ごめんね、ごめんね」
違う、謝るのは私のほうだと、私もあなたに、泣きながら謝り続けました。二人で、凍えるような踏切の前で、いつまでも抱き合って泣いていましたね。
踏切の前で抱き合ったあの夜、あなたは、震える声で、こんなことも言いましたね。
「お母さんはね、あなたが生きていてくれるだけで、もう十分なの。大学なんて、どうだっていいの」
それを聞いて、私は、自分がどれだけ愚かなことをしようとしたかを、思い知りました。
あなたにとって、私の命は、あなた自身の命より、ずっと重いものだったのですね。
その夜から、私はもう一度、机に向かいました。後期の試験まで、あなたが作ってくれた夜食を食べながら、必死に勉強しました。
後期試験までの日々、あなたは、夜なべして、私の好きなおかずを作ってくれましたね。
「無理だけは、しないでね」
そう言いながらも、私が机に向かっているあいだ、あなたは、起きて待っていてくれました。
温かいお茶を、そっと机の隅に置いてくれる、その気配だけで、私はもう一問、解く力をもらえたのです。
そして、私は、なんとか後期で、合格をつかむことができたのです。
合格通知を握りしめて、私が家に駆け込んだとき、あなたは、声をあげて泣きながら、「おめでとう、おめでとう」と、何度も何度も繰り返してくれましたね。
※
でも、神様は、どこまでも残酷でした。入学の準備をしていたある朝、あなたは台所で、急に倒れてしまいましたね。
病院で告げられたのは、信じたくない言葉でした。がんが、すでに全身に転移していること。これからの一週間が、峠であること。
あなたは、長いあいだ、自分の体の不調を、私に隠し続けていたのです。私の受験の邪魔をしたくないと、ただ、その一心で。
私が、ベッドのそばで、ただ泣きじゃくっているとき、あなたは、やせ細った手で、私の頭をそっと撫でて言いました。
「泣かないの。あのね、この体じゅうの傷の一つひとつが、あなたを立派に育て上げた、お母さんの勲章なのよ」
そして、少しだけいたずらっぽく笑って、こう続けました。
「だから、お母さんの体は、傷だらけだけど、世界でいちばん、ぴかぴかの勲章だらけなの」
私は、返す言葉が見つからず、ただ、その勲章だらけの手を、両手で握りしめることしかできませんでした。
※
病室の窓から見える桜が、日に日に色づいていくのを、私たちは二人で眺めていました。
「来年の桜は、大学の校庭で見るのよ」
あなたは、点滴の管につながれた腕で、窓の外を指さして、そう言いました。
私は、うなずくことしかできませんでした。来年、あなたがもうここにいないことを、二人とも、痛いほど分かっていたから。
それでもあなたは、最後まで、未来の話だけをしてくれましたね。
あなたは、最期まで、泣くことも、苦しむそぶりを見せることもありませんでしたね。
桜のつぼみが、ほんの少しふくらみ始めた朝、あなたは、眠るように、静かにこの世を去りました。
最後の言葉は、「大学、楽しんでね」でした。あなたは、最後の最後まで、自分のことではなく、私のことを考えていたのです。
葬儀のあと、あなたの古い手帳を見つけました。そこには、私の成長の記録が、几帳面な字で、びっしりと綴られていました。
「今日、はじめて歩いた」「運動会、二等賞」。そして最後のページには、「この子を、大学まで」と、ただ一行だけ、書かれていました。
あなたは、その願いを、命と引き換えに、果たしてくれたのですね。
あなたの手帳には、もう一つ、書き込みがありました。家計簿のページの隅に、小さな字で。
「今月も、なんとか乗りきった。この子の笑顔のためなら、いくらでも頑張れる」
あなたは、私の笑顔を、いちばんのごほうびにして、あの過酷な日々を、生き抜いてくれていたのですね。
あなたが倒れたあと、家の押し入れから、一冊のノートが出てきました。表紙には、几帳面なあなたの字で、「夢ノート」と書かれていました。
開いてみると、そこにあったのは、あなた自身の夢ではありませんでした。「この子が、白衣を着る日まで」。私の未来のことばかりが、何ページにもわたって綴られていたのです。
いつのまにか、あなたの夢は、まるごと、私の夢にすり替わっていました。それがどれほどの覚悟だったか、母になったこともない私には、まだ本当のところは分かりません。
でも、いつか私も、誰かのためにそうできる人になりたい。あなたがそうしてくれたように。
※
医学部の、白衣授与式の日。新しい白衣に袖を通したとき、私は、会場をぐるりと見回してしまいました。
どこかに、あなたがいるような気がして。あの、後ろのほうで、誰よりも嬉しそうに笑っているあなたが。
もちろん、あなたの姿は、どこにもありませんでした。私は、こみあげてくるものを、ぐっとこらえました。
その代わり、胸の内ポケットに、あなたの写真を、そっと忍ばせました。これからはずっと、一緒に診察に行こうね、と心の中でつぶやいて。
お母さん。今、私は、医者になりました。あなたの命を奪った、あのがんと闘う医師になったのです。
あなたと同じ病に苦しむ人を、一人でも多く救いたい。その人のそばにいる家族が、あなたを失った私のように泣かなくて済むように。それが、私が白衣をまとう理由です。
つらい夜もあります。助けられなかった命の前で、無力さに、うずくまりたくなる夜もあります。
そんなとき、私はポケットの中のあなたの写真にそっと触れて、あの言葉を思い出すのです。傷の一つひとつが勲章なのだ、という、あなたの言葉を。
先日、一人の患者さんを看取りました。あなたと同じ病で、小さな娘さんを残して、逝かれた方でした。
その娘さんが、泣きながら私の手を握って、「先生、ありがとう」と言ってくれたとき。
私は、あの日の自分を見ているようで、診察室を出てから、しばらく動けませんでした。
あなたがくれたものを、こうして少しずつ、次の誰かへ手渡していくことが、私にできる、せめてもの恩返しなのだと思います。
今年の春、私は、あなたのお墓の前で、医師免許証を見せました。風が、桜の花びらを一枚、墓石の上にそっと運んできました。
それは、まるであなたが、「よく頑張ったね」と、私の頭を撫でてくれているようでした。私は墓前にしゃがみこんで、子どものように、声をあげて泣きました。
私が育った場所は、決して恵まれてはいませんでした。それでも、あなたの娘として生まれ、あなたに育ててもらえたことを、私は心の底から、誇りに思っています。
今でも、白衣を着るたびに、私はあなたのことを思います。
この仕事は、決して楽ではありません。けれど、つらいと感じるたびに、あなたが二つの仕事をかけもちしていた日々を思い出すのです。
あなたに比べれば、私の苦労など、まだまだ甘いものだと。そう思うと、不思議と、もう一歩、前に進めるのです。
傷だらけの、けれど世界でいちばんぴかぴかだったあなたの手のひらが、今も私の背中を、まっすぐに押してくれています。
もし生まれ変わっても、私はきっと、もう一度あなたの子どもに生まれたいと願うでしょう。あの梅干しのお弁当を、今度は一度も恥ずかしがらずに、胸を張って食べるために。
ありがとう、お母さん。あなたの娘として生まれてこられて、私は本当に、本当に幸せでした。次に会えるその日まで、あなたに恥じない医師でいることを、ここに誓います。