世界一の良い娘

あの一週間、娘は毎晩、俺の軍手を勝手に広げていた。

洗って干す前の、粉の付いたままの軍手である。

風呂の脱衣所で、床に二枚並べて、指のところを一本ずつ触っていた。

俺はそれを、遊んでいるのだと思った。

小学二年の子が、親の道具をいじりたがるのは当たり前だと思っていた。

だから、何も訊かなかった。

訊かなかったことを、俺はいまでも悔いている。

うちは、宮城の白石で温麺を作っている。

うーめん、と読む。

油を使わない、短い素麺のような麺だ。

長さは九寸ではなく、四寸ほどしかない。

胃の悪かった父親に食べさせるため、昔この土地の息子が作ったのが始まりだと言われている。

本当かどうかは知らない。

ただ、その話を、うちの祖父は死ぬまで人に語っていた。

工場と言っても、家の裏に建てた二十坪ほどの建屋である。

機械延べの小さな設備が三台入っていて、あとは乾燥室と、粉の袋を積む場所だけだ。

従業員は、俺と、女房と、七十を過ぎたパートの佐々木さんの三人だった。

俺は二代目になる。

父から代を継いだのは、二十九のときだった。

温麺の仕事は、待つ時間が長い。

粉に塩水を打って、練って、そこから何度も寝かせる。

延べては寝かせ、細くしては寝かせる。

生地は、休ませた分だけ素直になる。

急かすと、必ず切れる。

先代の父は、それを一言でこう言った。

「ここは、手より、時間のほうが働いとる」

父は口が重い人で、教え方も乱暴だった。

言葉で教える代わりに、朝の三時に叩き起こされた。

乾燥室の温度を、体で覚えろと言われた。

あの部屋は、冬でも入った瞬間に眉のあたりが緩む。

戸を開けて、顔の前に手を上げて、それで湿りを測る。

温度計は壁に掛かっていたが、父はほとんど見なかった。

「数字は、あとから合わせるもんだ」

そのころ俺は、それを頑固なだけだと思っていた。

継いでから十年経って、ようやく意味が分かった。

数字を見ると、手が数字に合わせにいく。

だから最初は、手で決めるのだ。

父は、俺が二十九の春に、通帳と工場の鍵を茶の間に置いた。

「もう、俺のほうが遅い」

それだけ言って、その日から一度も機械に触らなかった。

パートの佐々木さんは、先代の頃から来ている人だった。

七十を過ぎて、朝は俺より早い。

手が速いのに、音を立てない人だった。

箱詰めのとき、麺の束を一度、耳の高さで持ち上げる癖がある。

訊いたら、折れている本数を音で見ているのだという。

「折れとる束は、ちょっと軽い音がするんですよ」

俺には、聞き分けられなかった。

佐々木さんは、俺が焦っている日には、必ず余計なことを喋った。

孫の話、庭の柿の話、駅前の店がまた替わった話。

意味のない話をされると、なぜか手の速さが戻った。

あれは、たぶん、わざとだった。

あの年、平成十五年の秋は、うちの工場がいちばん危なかった時期だ。

納めていた地元の土産物屋が、二軒立て続けにやめた。

高速の道が変わって、客の流れが変わったのだという。

うちの麺は、その二軒で全体の四割を捌いていた。

俺は毎晩、帳面を前にして電卓を叩いていた。

叩いても答えは変わらないのに、叩いていた。

女房は、そのころ学校給食の調理場でパートに出ていた。

朝六時に出て、二時に帰ってきて、それから工場を手伝う。

手が荒れて、指の関節が全部割れていた。

娘の美咲は、小学二年だった。

あの子は、工場の中に入りたがった。

粉が舞うし、機械の刃もあるので、入るなと言ってあった。

だから美咲は、乾燥室の外の、小さい窓から中を見ていた。

夏の朝、俺が振り向くと、窓のところに額だけがくっついていた。

「なにしとるんや」

「見とるだけ」

見とるだけ、というのが、あの子の口癖だった。

叱られない範囲を、いつも正確に測る子だった。

それは、たぶん、いい癖ではなかったのだと思う。

あの秋、女房の手はひどく荒れていた。

給食の調理場は、一日に何度も手を洗う。

洗って、消毒して、また洗う。

指の関節が割れて、洗剤が入ると声が出るほど痛むらしかった。

美咲は、風呂上がりに、母親の指に絆創膏を貼るのを自分の役目にしていた。

「何枚いる?」

「三枚」

「昨日は四枚やったよ」

女房が、そこで笑った。

「へってきたわ」

減っていなかった。

あの子に見せるために、女房は貼る場所を減らしていた。

痛いところは、増えていた。

貼る枚数だけが、減っていた。

美咲は、それに気づいていたのだろうか。

いま思えば、たぶん気づいていた。

気づいて、黙って三枚だけ貼っていた。

あの子は、ずっとそういう子だった。

俺は台所からそれを見ていて、何も言わなかった。

あの家では、大人が二人とも、子供に見せない努力ばかりしていた。

子供のほうは、それを全部、数えていた。

喧嘩の切っ掛けは、本当に小さなことだった。

美咲が、バイオリンを習いたいと言い出したのだ。

公民館で、月に三回だけ教えている先生がいるという話を、学校で聞いてきたらしい。

晩飯のとき、女房が言った。

「あの子が自分からやりたいなんて言うの、はじめてやよ」

「習わせてやりたい」

俺は、箸を置いた。

「どうせ思いつきだ。ほっといたら三日で忘れる」

言ったあとで、自分の声が思っていたより低いことに気づいた。

その日、うちは段ボールの納入先から値上げの話を受けていた。

それだけのことで、俺は一日いらいらしていた。

「三日で忘れるかどうか、やらせてみんと分からんでしょう」

「金の話をしてるんだ」

「金の話にしとるのは、あんたやわ」

最後に俺は、こう言った。

「仕事で疲れてるんだから、黙っててくれ」

それで終わった。

茶碗を片づける音だけが、しばらく台所で鳴っていた。

あのとき、隣の部屋の襖が細く開いていたことに、俺は気づかなかった。

美咲は、風呂に入っていると思っていた。

実際には、廊下に座っていたらしい。

それを知ったのは、次の日の晩である。

次の朝も、俺たちは口をきかなかった。

女房は五時半に起きて、弁当を三つ作って、六時に出て行った。

俺は六時半に工場に入って、粉を計った。

台所の卓に、弁当が一つ残っていた。

女房は三つ作って、二つ持って出た。

残った一つが、俺のものだった。

喧嘩をしていても、女房は俺の弁当を作らないということをしない人である。

俺は、それを見て余計に居心地が悪くなった。

蓋を開けずに、工場の棚に置いた。

昼になっても、開ける気になれなかった。

温麺は、粉と塩水と、それだけでできる。

だから、少しの狂いがそのまま出る。

その朝、俺は塩水の濃度を二度間違えた。

佐々木さんが黙って計り直してくれた。

何も言わずに計り直されるのは、言われるより効く。

昼に麺を切る機械の前に立ったら、右の軍手の親指のところが抜けていた。

いつからか、覚えていなかった。

仕事から上がって家に入ると、女房が台所に立っていた。

目が赤かった。

俺は、まだ怒っているのかと思って、黙って靴を脱いだ。

バツが悪くて、顔を上げられなかった。

「ちがうの」

女房が、俺に紙を渡してきた。

新聞の折り込みの、切り抜きだった。

封筒に紙を入れる仕事の、パートの募集である。

『座ってできる簡単なお仕事です』と大きく書いてあった。

「これがどうしたの」

「今日ね、この会社から、うちに電話があったの」

意味が分からなかった。

「美咲がね」

女房は、そこで一度、息を吸った。

「美咲が、この会社に、働きたいって電話したんやって」

先方の人が、おかしいと思ったのだそうだ。

声が幼い。

それで、名前と家の電話番号を聞いて、こちらに掛けてくれた。

美咲は正直に全部話したという。

女房が、その話をしながら泣き出した。

「お父さんとお母さんが喧嘩してるのは、自分のせいだって分かった、って」

「だから、嫌だった、って」

「わたしも働いてお父さんの仕事の大変さを知りたい」

「お金も稼げるし、そしたらバイオリンも習えるし、二人が喧嘩しなくてすむから、いちばんいいと思った」

そう言ったのだという。

俺は、紙を持ったまま立っていた。

膝から下の感じが、なくなっていた。

ここに、俺があとから知ったことがある。

電話を受けた人は、名を聞いてすぐ、うちの工場を思い出したのだそうだ。

あの募集を出していた会社は、うちに段ボールを納めている問屋の、関連の会社だった。

白石は狭い町である。

「白石の麺屋さんの、お嬢さんですね」

そう言ってから、電話をくれた。

知らない誰かに掛かった電話が、たまたま知っている誰かのところで止まった。

あの町でよかったと、俺はいまでも思っている。

もう一つ、女房が言わなかったことがある。

あの日、連絡帳の先生の欄に、一行だけ書いてあった。

『おうちで、何かありましたか』

喧嘩の翌日である。

美咲は、学校で一日、口をきかなかったらしい。

顔を上げたら、廊下のドアの隙間から、美咲がこっちを見ていた。

見つかると、引っ込もうとした。

俺は名前を呼んで、部屋に入れた。

それから、盛大に説教をした。

「お前は働かなくていい」

「働くのは、俺と母さんの仕事だ」

「その代わり、父さんと母さんは、できるだけ喧嘩をしない」

「バイオリンは、習っていい」

「ただし、途中でやめるとは言うな。分かったか」

美咲は、うん、と言った。

言いながら、俺の顔を、心配そうに見ていた。

俺が泣いていたからである。

説教しながら泣く父親というのは、たぶん相当みっともない。

美咲が部屋を出たあと、女房が畳に座り込んだ。

それから、思いがけないことを言った。

「わたし、あの子の歳のとき、同じこと考えとったわ」

実家が畳屋で、やはり客が減っていた時期だったという。

夜、両親が帳面の前で言い合うのを聞きながら、

自分が何かを欲しがったのが悪いのだと思っていた。

「せやから、あの子がバイオリン言うたとき、うれしかったの」

「あんたに、欲しいって言えたんやなって」

俺は、そこでようやく、自分が何を潰そうとしていたのかを知った。

あの子は、金の話をしていたのではない。

この家では欲しいと言っていいのか、それを確かめていた。

俺は「どうせ思いつきだ」と言って、その確認に答えたのだ。

いちばん悪い答え方をした。

それでも止まらなかった。

美咲が寝てから、女房が電話の続きを話した。

先方の人が、最後にこう言ったのだという。

「お嬢さん、こう言ってましたよ」

「わたし、指はぜんぶ動きます、って」

俺は、意味が分からなかった。

分からないまま、その言葉が引っかかって、その晩は眠れなかった。

夜中に起きて、脱衣所の籠を見に行った。

軍手が二枚、床に並べて置いてあった。

俺が脱いだままの形ではなかった。

指を全部伸ばして、左右をそろえて、平らに広げてあった。

右の親指と、左の人差し指と、左の小指。

抜けているのは、その三か所だった。

娘は、俺の軍手の穴の数を、ぜんぶ覚えていた。

あの子は、毎晩それを数えていたのだ。

父親の指が、まだ何本残っているかを、確かめていた。

仕事というのは、指がすり減っていくことだと思っていたのだろう。

そして、自分の指はまだ十本ある。

だから、自分は働けると思った。

電話でそれを言ったのだ。

わたし、指はぜんぶ動きます。

俺は、脱衣所の床に座り込んだ。

夜中の一時過ぎである。

洗濯機の横で、軍手を握って、しばらく動けなかった。

その週の日曜、俺は美咲を工場に連れて行った。

それまで、危ないから入るなと言っていた場所である。

粉を計るところから見せた。

「これが小麦粉。これが塩」

「これだけ」

美咲は、それだけ、と言って笑った。

「ほかに、なんも入っとらんの」

「入っとらん。だから、ごまかせん」

延べた麺を、切る前に一本引っ張って見せた。

すぐ切れる。

「弱いね」

「弱いから、短くするんだ」

胃の悪い人が食べられるように、短く切る。

そのために弱いままにしてあるのだと言ったら、美咲は少し黙った。

それから、俺の軍手を見た。

「お父さん、これ、あたらしいの買った?」

買った、と俺は言った。

バイオリンは、公民館の教室に通うことになった。

月に三回、土曜の午後である。

貸してもらえる楽器があって、月の会費は思っていたよりずっと安かった。

俺が思い込みで反対していただけだった。

美咲は、途中でやめなかった。

高校まで続けて、大学の時はサークルでも弾いていた。

上手かったのかどうかは、俺には分からない。

ただ、家の中に音がある時間が増えた。

帳面を叩いている俺の後ろで、下手な音が鳴る。

あの音のおかげで、俺はあの数年を渡れたのだと思っている。

はじめの半年は、ほとんど音になっていなかった。

隣は畑なので、文句を言う人はいなかった。

ただ、佐々木さんが箱詰めの手を止めて、時々顔を上げた。

「上手にならんですねえ」

「ならんです」

「ええですよ。うちの孫は三日でやめました」

そう言って、また手を動かした。

その半年のあいだ、佐々木さんは一度も、上手になったと言わなかった。

言わないことで、あの人は続けさせていたのだと思う。

先代の父にも、一度だけ聞いた話がある。

美咲が教室に通いはじめた冬、父が茶の間で言った。

「ようやったな」

俺のことではなく、美咲のことだと思って、そう答えた。

父は首を振った。

「お前のことだ」

「あそこで金の話に負けんかったのは、お前や」

俺は、負けたのだと思っていた。

だから何も言えなかった。

父はそれきり、この話をしなかった。

工場は、その後も苦しかった。

通販を覚えて、贈答の箱を作って、それでどうにか凌いだ。

箱を作ったのは、あの、電話をくれた会社である。

贈答の箱の相談に行ったとき、応対に出たのが、あの電話の人だった。

名刺を出されて、名前を見て、俺はすぐに分かった。

礼を言おうとしたら、先に頭を下げられた。

「あのとき、切らんでよかったです」

忙しい時間で、いたずらだと思って切ろうとしたのだという。

ただ、声のうしろで炊飯器の音がしていた。

それで、家からだと分かったらしい。

「うちにも、同じくらいの子がおりましてね」

それだけ言って、あとは箱の寸法の話に戻った。

あの人がその日、受話器を置くのを一秒だけ遅らせた。

うちの家は、その一秒に助けられている。

美咲は、いま二十九になる。

仙台で働いていて、月に一度は帰ってくる。

帰ると、必ず工場に顔を出す。

先月、乾燥室の前で、あの子がぽつんと言った。

「お父さん、あのとき、怒鳴らんかったね」

「怒鳴ったよ。説教した」

「あれは、怒鳴ったんじゃないでしょ」

そう言われて、俺は返事をしなかった。

あの晩、俺が言うべきだった言葉は、たぶん一つだけだった。

心配させて悪かった。

それを、いまさら言うのは照れる。

だから代わりに、麺を一箱、車に積んでやった。

軍手は、いまでも同じものを使っている。

穴が開くと、女房が繕う。

繕った跡が指の腹に当たるので、俺はそれで自分の手を覚えている。

あのとき娘が数えていた三か所は、もうどこだったか分からない。

分からないほうがいい、と思う。

あんな小さな子に、あんな心配をさせるほど、俺は張りつめていた。

そのことは、忘れないでいたい。

忘れないでいて、それでも思うのだ。

うちの娘は、世界一いい娘だ。

本気でそう思っている。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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