身体を大事にしろ
今日は父親の13回忌だ。
うちの父は僕が高校生の時に他界している。
死因は末期の膵臓癌だった。
最初に父が身体の不調を訴えて病院で検査を受けた時、肺に水が溜まっていた。
診断の結果は膵臓癌。
即座に摘出手術の日程が組まれて、その日はやって来た。
手術の時間は、驚くほど短時間だった。
腹部を切開した時、一目で分かる程に腫瘍は転移していたのだった。
末期癌である。
摘出を行うことは、確実に余命を短くするだろうという医師の判断により、ここで手術は終了した。
父はもう助からない。余命は持ってあと半年。
待合室で控えていた僕は、あまりに早く手術が終了したことに拍子抜けしたと同時に、そう告知された。
※
それから半年間、父は病院で過ごすことになった。
病状は着実に進行していた。
半年が過ぎた頃には、自力で動くことは出来なくなっていた。
視力も既に失い、眼球は白濁していた。
しかしながら、とても平穏な日々を過ごしていた。
激しい身体の痛みも、多量のモルヒネ使用によって抑えていたに過ぎなかったが、とても平穏な日々。
宣告されていた余命はもはや僅かではあったが、このまま永遠に続くのではないかと思うほどの平穏。
このまま、父は生きて行けるのではないか?
そう感じていた。
※
その夜、自宅に居た僕は、父の居る病院に行かなければならない気がした。
金曜日の夜。翌日も学校はあるのだが、今夜、病院へ行かなければ、と思ったのだ。
最終電車に乗り込み、約5キロの道を歩いて、父の居る病院へ向かった。
蛍の舞う季節。道すがら蛍を捕まえ、手土産にした。
もはや父の目は見えないと解っていながら。
※
翌朝、父の病室に設置した簡易ベッドで目を覚まし、学校へ行く準備を整える。
出掛けに父が言った。
「学校が終わったらまた来い」
※
その日の夕方、簡単な食事を済ませて、また病院へと向かった。
病室内で家族の会話を交わし、今夜もこの部屋で眠るための簡易ベッドを用意した。
病院の消灯時間は早く、特に大した娯楽がある訳でも無いので、早々に床に就く。
硬いベッドの上で微睡んでいると、突然に父が叫んだ。
僕の名前を呼んでいるのだった。大声で。
父は目が見えなくなっているのだから、きっと僕を探すために叫んだのだろう。
「ここに居るよ」
そう答えると、父は少しの間を置いて、言った。
「身体を大事にしろ」
突然何を言うのだろうと、その時は思っていた。
それが最後の言葉になった。
直後に容態が悪化して、胃の内容物を吐瀉した。
痛み止めのモルヒネも、既に気休めでしかなかった。
駆け付けた担当医は、今夜が山だと言った。
それが越えることの出来ない山だということは、すぐに理解出来た。
※
6時間後、父は息を引き取った。
「身体を大事にしろ」
最後の力で、父はこう言ったのだった。
最後の最後まで、僕のことを気に掛けていてくれたのだ。
※
何よりも家族を大切にする父親でした。
あなたに学んだことは、とても多い。
父さん、あなたの息子に生まれて良かった。