白猫のみーちゃん

その猫は、私が呼んでも、一度も返事をしなかった。

足元にはいつも寄ってくるのに、名前を呼ぶと、耳だけがこちらへ向いて、顔は動かない。

私はそれを、猫というのはそういうものだと思っていた。

十一歳だったから、そう思うよりほかになかった。

父の仕事の都合で、私が諏訪へ来たのは、小学五年の冬のはじめだった。

寒天をつくる町だった。

刈り取りの終わった田んぼに、細長い棚が何百と並んでいて、そこに角寒天を並べて、夜のあいだに凍らせ、昼のあいだに溶かす。

それを二週間くり返すと、白くて軽い、指で押すとかさりと鳴るものになる。

父はその天日場で、夜の見回りをする季節雇いだった。

凍りかたが足りない晩は、棚の向きを変える。

凍りすぎる晩は、藁をかける。

だから父は、いつも夜にいなかった。

一度だけ、父が私を天日場へ連れていったことがある。

十二月の、風のない晩だった。

棚の上に並んだ寒天が、月の下で一面に光っていた。

踏むと、田んぼの土が、しゃり、と鳴った。

「ここが凍るのは、風が止まる晩だけだ」

父はそう言って、棚のひとつを指で弾いた。

ぱん、と乾いた音がした。

「音で分かる。まだ芯が残っとる」

「凍らせすぎると、白くならんで、粉になっちまう」

ちょうどよく凍らせて、ちょうどよく溶かす。

それを十四晩くり返す。

父はその十四晩、一晩も家にいない。

私は、寒いのに手を離せないというのが、どういうことなのか、そのとき初めて分かった。

帰り道、父は自分の首巻きを私に巻いた。

父の首は、そのあいだずっと、剥き出しだった。

母は町の縫製工場へ出ていた。

借りた家は、天日場のいちばん端にある古い平屋で、前の住人が使っていた鍋や火鉢が、そのまま置いてあった。

その家に、白い猫がいた。

引っ越しの荷物を入れた日、その猫は縁側の日なたにいた。

誰の猫かと母が近所の人に訊くと、前の住人のお婆さんの猫だという。

お婆さんは、その年の春に亡くなっていた。

身寄りがなかったので、家財はそのままになっていた。

「猫も、そのままだねえ」

隣の家の奥さんが、笑うでもなく言った。

「食べるものはみんなで持ってっとるけど、ここから動かんのよ」

母は少し困った顔をして、私を見た。

私はもう、その猫の隣にしゃがんでいた。

真っ白で、毛の一本一本が細くて、日に透けると、うっすら桃色に見えた。

触ると、逃げなかった。

私はその場で名前をつけた。

みーちゃん、と言った。

理由はない。

ただ、そう呼びたかった。

転校した先の教室で、私はうまくしゃべれなかった。

言葉の抑揚がちがうのだ。

教科書を読まされると、後ろの席から小さな笑い声が起きた。

悪意はなかったのだと、いまなら分かる。

けれど十一歳の私には、その区別がつかなかった。

三学期のはじめに、係を決める話し合いがあった。

誰も手を挙げない係が残って、先生が私を指した。

私が「はい」と言うと、教室の空気が、ほんの少しだけゆるんだ。

助かった、という顔が、いくつも見えた。

悪い子たちではないのだ。

ただ、私が引き受けても、誰も困らないと知っているだけだった。

その日から、私は教室で、うまく息が吸えなくなった。

私は、家に帰ると、湖のほうへ下りた。

諏訪湖の岸は、冬になると氷が寄せて、白い板を割ったような音を立てる。

その音を聞いていると、教室のことがどうでもよくなった。

みーちゃんは、必ずついてきた。

家の中ではほとんど動かないのに、私が長靴を履くと、先に土間へ降りている。

そして岸に着くと、私の左側に、ちょこんと座った。

いつも左側だった。

右側に座ったことは、一度もない。

ある日、私は湖の岸で、教科書を声に出して読んでみた。

教室で笑われた箇所を、はじめから終わりまで読んだ。

誰も聞いていないので、抑揚がおかしくても平気だった。

みーちゃんは、左でじっと聞いていた。

読み終わると、私は「どうやった」と訊いた。

返事はなかった。

それでも私は、次の日も読んだ。

一週間ほど続けたころ、教室で当てられて、つっかえずに読めた。

誰も笑わなかった。

その日の帰り、私は走って湖まで下りて、岸に着くなり「読めた」と言った。

みーちゃんは、いつもの左で、いつもの紙一枚ぶんの距離にいた。

一月の終わりに、御神渡りが立った。

湖の氷が、真夜中に裂けて、せりあがって、氷の山脈のようになる。

朝、町の人がぞろぞろ見に出て、宮司さんが拝んで、新聞の人が写真を撮った。

私はその日、学校を休んでいた。

腹が痛いと嘘をついたのだ。

誰もいない岸で、私は氷の背が伸びていく音を聞いた。

ぐう、と低く鳴って、それから、ぴん、と高い音がする。

湖が生きているようだった。

みーちゃんは、その日も左に座っていた。

「みーちゃん」

私は呼んだ。

返事はなかった。

耳だけが、こちらを向いた。

「なんで返事せんの」

そう言うと、みーちゃんは、氷のほうを見たままだった。

私は少し腹が立って、それから、なぜだか涙が出た。

泣いていると、みーちゃんは、私の膝の横に体を寄せてきた。

ぴったりくっつくのではない。

紙一枚ぶんだけ、離して寄せてくる。

その距離が、なぜか、いちばん楽だった。

春が来て、私は六年生になった。

教室では、二人だけ友だちができた。

それでも、湖には毎日行った。

みーちゃんは、家の中ではいつも同じ場所で眠った。

茶の間の隅、仏壇の横に置いてある、藁を編んだ丸い籠だ。

前の住人のものだから、母は捨てようとした。

けれど、みーちゃんはそこ以外では眠らなかった。

座布団を出しても、私の布団に入れても、夜中には籠に戻っている。

「よっぽど、あの籠が気に入っとるんだね」

母がそう言って、それきりになった。

私も、そう思っていた。

みーちゃんは、もともと丈夫ではなかった。

その年の梅雨に鼻風邪をひいて、なかなか抜けなかった。

私は学校から走って帰るようになった。

湯で薄めた牛乳を、指につけて口の端に運ぶ。

舐めてくれる日と、舐めてくれない日があった。

舐めてくれた日は、私は宿題の字が丁寧になった。

母が縫製工場から帰ってくると、私はその日の報告をした。

「今日は、三回舐めた」

「そう。よかったね」

母は、それ以上のことは言わなかった。

いま思えば、母はもう分かっていたのだと思う。

町の獣医さんに連れていくと、年のことを言われた。

正確な年は誰も知らない。

前の住人のお婆さんが飼いはじめた時期から数えると、たぶん十五を越えている、と。

「うちの子になってから、まだ一年半だよ」

私がそう言うと、獣医さんは、白衣の袖で眼鏡を拭いた。

「そうか。じゃあ、まだ一年半あるな」

私は、その帰り道、自転車の前かごに籠ごとあの子を乗せて、ゆっくり漕いだ。

段差のたびに、籠の中で、かさ、と藁が鳴った。

あの子は、一度も鳴かなかった。

信号のところで止まると、顔だけをこちらへ上げた。

その目が、心配しているように見えて、私は笑った。

「心配せんでいいよ」

そう言ったのは、たぶん、自分に言っていた。

その言い方が、私にはうまく飲み込めなかった。

けれど、一年半はなかった。

秋のはじめに、みーちゃんは籠の中で動かなくなった。

朝、私が起きて茶の間へ行くと、いつもと同じ格好で丸まっていて、いつもとちがう静かさだった。

父が仕事から戻るまで、私は籠のそばに座っていた。

そのあいだ、体はまだ、少しだけあたたかかった。

それが、だんだん、部屋の温度と同じになっていった。

同じになった瞬間が、はっきり分かってしまった。

指の腹で分かるのだ。

私はそのとき、寒天の話を思い出していた。

凍らせすぎると、白くならんで、粉になる。

関係のない話なのに、なぜかそれが頭から離れなかった。

私は、たぶん、まわりが心配するくらい泣いた。

学校へも行かなかった。

母が「新しい猫を」と言いかけて、私が首を振ると、それきり言わなくなった。

父は夜の仕事から帰ってくると、何も言わずに、私の頭を一度だけ押さえた。

手が冷たくて、寒天の匂いがした。

担任の先生が家まで来て、玄関で母と長く話していた。

先生が帰ったあと、母は何も言わずに、私の分の夕飯を茶の間へ運んできた。

「食べんでもいいよ」

「うん」

「置いとくだけね」

置いてある茶碗の湯気が消えるのを、私はずっと見ていた。

翌朝、茶碗はそのままの位置にあって、母は何も言わずに下げた。

次の日も、母は同じように運んできて、同じように下げた。

四日目に、私は食べた。

湖の岸には、行けなくなった。

左側が空いているのが、耐えられなかったからだ。

四十九日が過ぎたころ、隣の奥さんが、菜っ葉を持ってきた。

そのついでのような顔で、こんな話をした。

「あんた、あの猫の名前、なんて呼んどった」

「みーちゃん」

「そうかね」

奥さんは、少し黙った。

「お婆さんはね、はつ、って呼んどったよ」

初雪の、はつ。

初雪の朝に、天日場の棚の下で拾ったから、はつ。

「うちの人が、拾うところ見とったんよ」

その年の初雪は、十一月の末に降ったのだそうだ。

お婆さんは、天日場の手伝いに出ていた。

棚に藁をかけて回る役で、朝の四時から動く。

「手が悴んで、藁がうまく持てんかったって」

「そのとき、棚の下に、白いもんが二つ」

ひとつは落ちた寒天で、ひとつは、生まれて間もない仔猫だった。

「拾うたら、あったかいほうと冷たいほうが分かった、って言うとった」

お婆さんは、その仔猫を割烹着の内側に入れて、朝の仕事を最後までやったのだという。

「棚の下で、真っ白なもんが二つ並んどるで、寒天が落ちたかと思うたら、猫やった、って」

私は、口の中がからからになった。

その猫は、一度も、私の呼び方に返事をしなかったのだ。

返事をしないのではなくて、それは、自分の名前ではなかった。

「悪いことしたかね」と、奥さんが言った。

「言わんほうが、よかったかね」

私は首を振った。

ほんとうは、少しだけ、ずるいと思った。

一年半、私はあの子のいちばんだと思っていた。

そのいちばんが、後から来たものだったと知らされたのだ。

けれど、そう思った自分のことが、すぐに恥ずかしくなった。

あの子は、二番目の場所で、私に一番のものをくれていたのだから。

もうひとつ、奥さんは教えてくれた。

茶の間の籠は、お婆さんが編んだものだった。

目が悪くなってから、手探りで編んだので、縁のところが歪んでいる。

「あれ、お婆さんが寝込むようになってから編んだやつだで」

「猫が、自分の膝に乗れんようになったで、隣に置くもんが要るって」

「編み上がる前に、寝たきりになってしもうたけどね」

「縁のとこ、途中から目が粗いのは、そういうことよ」

私は家に帰って、籠をひっくり返した。

たしかに、底のほうは目が細かく揃っていて、縁に近づくほど、目が大きく歪んでいた。

指でなぞると、途中から、藁の締め方がゆるくなるのが分かる。

その歪んだところに、白い毛が、何本も編み目に噛み込んでいた。

私は、はじめて気がついた。

あの猫は、私が来る前の年の春に、いちばん一緒にいた人をなくしていた。

そして半年、誰も住まない家で、その籠のそばにいた。

私が縁側でしゃがんだとき、逃げなかったのは、人懐こかったからではない。

そういう子どもを、あの猫は、すでに一度やっていたのだ。

あの子は、私を慰めていたのではなかった。

同じことを、先にされていた側だったのだ。

左側に座るのも、たぶん、そうだった。

お婆さんは、右手に杖をついていたと、あとで聞いた。

杖のない側に座るように、あの猫は十何年かけて、体で覚えていた。

紙一枚ぶんだけ離して寄せてくるのも、寝込んだ人のそばにいる猫の距離だった。

私は、その全部を、自分のためのものだと思って受け取っていた。

けれど、間違って受け取ったからといって、届いていなかったわけではない。

あの子は、私が泣いた日に、家の中から出てきた。

外に出たがらない子が、長靴の音を聞いて、先に土間へ降りていた。

それだけは、お婆さんのためのものではなかったはずだ。

覚えたやり方を、あの子は、新しい相手にちゃんと使った。

そう考えると、私は、少しだけ息が楽になった。

年が明けて、私は夢を見た。

夢の中のあの子は、毛並みが若くて、湖の氷の上に立っていた。

氷は青くて、御神渡りの背が、はるか向こうまで続いていた。

私は「元気になってよかったね」と言った。

あの子は、こちらを見ていた。

それから、少し困ったような顔をした。

「もう行かなくちゃ」

声だった。

猫の口から、はっきり言葉が出た。

私はびっくりして、「しゃべれるの」と訊いた。

あの子は答えずに、氷の上を二歩、離れた。

私は、とっさに呼んだ。

いつもの名前を呼んだ。

「みーちゃん」

あの子が、振り向いた。

あの子が私の付けた名前に振り向いたのは、あの夢の、あの一度きりだった。

振り向いて、それから、こう言った。

「ありがとう」

何に対しての、ありがとうなのか、そのときは分からなかった。

あの子は、また二歩離れて、振り向いて、また離れた。

私は「行かないで」と言いながら、追わなかった。

追ってはいけない気がした。

氷の背の向こうで、白い姿が見えなくなるまで、私は立っていた。

目が覚めて、私は泣いていた。

けれど、前の泣き方とは、ちがっていた。

ずっとあとになって、私はこう思うようになった。

あの子は、返事をしなかったのではない。

返事をしてしまえば、はつ、という名前で呼んでいた人を、なかったことにしてしまう。

あの子はたぶん、両方を持っていたかったのだ。

だから最後の一度だけ、こちらの名前で振り向いてくれた。

それが、あの「ありがとう」だったのだと思う。

あれから三年が経って、私は中学三年になった。

夢はあれきり見ていない。

けれど、寂しくはない。

藁の籠は、いまも茶の間の仏壇の横にある。

母は捨てなかった。

捨てないことにした理由を、母は言わない。

去年の冬、私は父の夜の見回りに、もう一度ついていった。

風の止んだ晩だった。

父は棚を指で弾いて、音を聞いて、「今日はいい」と言った。

「なあ」と、父が急に言った。

「あの猫な、お前が来る前から、ここの棚のあいだをよう歩いとった」

「婆さんが藁かけて回るのに、ずっとついて回っとったで」

私は月の光の下で、その道筋を思い浮かべた。

棚と棚のあいだの、細い土の道。

先に立つのではなく、少し遅れて、左側を歩く白い姿。

「同じことしとっただけかもしれんな」と父は言って、そのあとで付け足した。

「けど、同じことができる相手がおったのは、よかったやろ」

春になると、私はその籠を持って、天日場のはずれまで歩く。

棚の下に、初雪の朝、真っ白なものが二つ並んでいた場所がある。

そこに籠を置いて、しばらく座る。

湖のほうから、氷の鳴る音は、もう聞こえない季節だ。

それでも私は、左側を空けて座る。

紙一枚ぶんだけ、空けて座る。

はつちゃん、と、いちど呼んでみる。

返事はない。

耳だけがこちらを向くことも、もうない。

それでも、呼んだあとの空気が、ほんの少しだけやわらかくなる気がする。

それでいいのだと思う。

あの子には、返してもらった名前が、もうひとつあるのだから。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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