ばあちゃんの封筒

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 | 祖父母

通帳(フリー写真)

糖尿病を患っていて、目が見えなかったばあちゃん。

一番家が近くて、よく遊びに来る私を随分可愛がってくれた。

思えば、小さい頃の記憶は、殆どばあちゃんと一緒に居た気がする(母が仕事で家に居なかった為)。

一緒に買い物へ行ったり、散歩したり。

だけど、ばあちゃんが弱っているのは、子供だった私にも解っていた。

高校に入ると友達と遊ぶ方が多くなり、ばあちゃんの家へ行くことが少なくなって行った。

偶に行くと、

「さぁちゃんかい?」

と弱々しい声で反応していた。

もう、声だけでは私だと分からなくなっていた。

「そうだよ、さぁちゃんだよ。ばあちゃん、散歩行こうかー?」

ばあちゃんの手を取って散歩に行ったけれど、もう昔は歩けた場所まで歩けなくなっていた。

それ以降、あまりばあちゃんの家へ行くことは無くなった。

暫くして、母さんから

「ばあちゃんが呆けちゃったよ」

と聞いた。

誰が誰だか、分からないんだって。

私のことも分からなくなっているらしい。

何となく覚悟は出来ていた。けれど、悲しかった。

それから半年くらいが過ぎた頃。

ばあちゃんが死んだという報せが届いた。

泣くことも無く、通夜と葬式が終わった。

葬式が済んだ後、私は叔父に呼び出された。

叔父はばあちゃん達と最後まで暮らしていた人だ。

「箪笥の中に『さぁちゃんの』という封筒が入ってたんだよ」

そう言って、私に封筒を手渡した。

ばあちゃんの字で『さぁちゃんの』と書いてあった。

中身は通帳だった。私名義の。

二十万ほどの預金が入っていた。

働いていないばあちゃんが、こつこつ貯めたお金。

そう言えば昔、ばあちゃんが話していた。

「さぁちゃんが結婚する時の為に、ばあちゃん頑張ってるからね。

だから、ばあちゃんにも孫を抱かせてね」

その夜、初めて泣いた。

ばあちゃん。

あれから5年も経っちゃったけど、さぁちゃん、来年結婚するよ。

孫を抱かせてやれなくてごめんね。

でも、喜んでくれるよね。

関連記事

老夫婦(フリー写真)

迷惑かけてごめんな

私のじいちゃんは、私が生まれるまでアルコール中毒だったと聞いた。 酒に酔い潰れ、仕事を休む日も少なくなかったという。 ばあちゃんは何度も離婚を考えたと聞いた。 でも、…

夫婦の重ねる手(フリー写真)

妻からの初メール

不倫していた。 4年間も妻を裏切り続けていた。 ネットで出会った彼女。 最初は軽い気持ちで逢い、次第にお互いの身体に溺れて行った。 ずる賢く立ち回ったこともあり…

学校(フリー写真)

学生時代の思い出

俺が中学生の時の話。 当時はとにかく運動部の奴がモテた。 中でも成績が優秀な奴が集まっていたのがバスケ部だった。 気が弱くて肥満体の俺は、クラス替え当日から、バスケ部…

天国(フリー素材)

天国のおかあちゃんへ

もう伝わらないのは解っているけど、生きている内に伝えられなかった事を今、伝えるね。 まずは長い闘病生活、お疲れ様。最後まで絶対に諦めなかったおかあちゃんの姿、格好良かったよ。 …

ワイン(フリー写真)

ワイン好きの父

いまいち仲が良くなかった父が、入院する前夜にワインを取り出し、 「まあいつまで入院するか分からないけど、一応、別れの杯だ」 なんて冗談めかして言ったんだ。 こんなのは…

家族の影(フリー写真)

家族で笑った思い出

数年前に、実家の一家の大黒柱である父が倒れた。 脳梗塞で、一命は取り留めたものの麻痺が残ってしまった。 母は親戚(成年後見人)に上手いことを言われて離婚させられた。 …

電車内から見る駅のホーム(フリー写真)

おとうさんという言葉

その日は約束の時間ぎりぎりに、舞浜駅のホームから階段を降りた。 雑踏の中には元妻と、ミニリュックを背負った小学3年生の息子が待っていた。 半年ほど見ない間に一回り大きくなっ…

太陽の光(フリー写真)

あなたらしく生きてください

高校時代に付き合っていた彼女の口癖だった言葉。 「やらないで後悔するより、やって後悔した方が良いんじゃない?」 別れた後も、何故か手紙のやり取りはしていた。 でも、あ…

赤ちゃん(フリー写真)

本当に価値がある存在

君がママのお腹に居ると判った時、ママは涙ぐんでいた。 妊娠したと聞いて僕は、 「おーそうか」 なんて冷静に言おうとしたけど、すぐに涙が出たんだ。 決して口には出…

太陽と手のひら(フリー写真)

この命を大切に生きよう

あれは何年も前、僕が年長さんの時でした。 僕は生まれた時から重度のアレルギーがあり、何回も生死の境を彷徨って来ました。 アレルギーの発作の事をアナフィラキシーショックと言…