消えた冒険の書

公開日: ちょっと切ない話 | 兄弟姉妹

ファミコン(フリー写真)

私には、兄が居ました。

三つ年上の兄は、妹思いの優しい兄でした。

子供の頃はよくドラクエ3を兄と一緒にやっていました(私は見ているだけでした)。

勇者が兄で、僧侶が私。遊び人はペットの猫の名前にしました。

バランスの悪い三人パーティー。兄はとっても強かった。

苦労しながらコツコツ進めたドラクエ3。面白かった。

確か、砂漠でピラミッドがある場所だったと思います。

敵がとても強かったので、大苦戦していました。

ある日、兄が友人と野球に行く時、私に言いました。

「レベル上げだけやってていいよ。でも先には進めるなよ」

私はいつも見ているだけだったのでよく解らなかったけど、何だかとても嬉しかったのを覚えています。

そしてその言葉が、兄の最後の言葉になりました。

葬式の日、父は兄の大事にしていた物を棺桶に入れようとしていました。

お気に入りの服。グローブ。セイントクロス。そして、ドラクエ3。

でも私は、ドラクエ3は入れないで欲しいとお願いして、譲り受けました。

だって、兄からレベル上げを頼まれていたから。

私は来る日も来る日も、時間を見つけては砂漠でレベル上げをしてました。

ドラクエ3の中には、兄が生きていたからです。

そして何となく、もし強くなったらひょっこり兄が戻って来る…。そう思っていたのかもしれません。

兄は、とっても強くなりました。

とっても強い魔法で、敵を全部倒してしまうのです。

それから暫くして、ドラクエ3の冒険の書が消えてしまいました。

その時、私は初めて泣きました。

ずっとずっと、母の近くで泣きました。

お兄ちゃんが死んじゃった。

ようやくそう実感出来ました。

今では、冒険の書が消えたことで、前に進む切っ掛けをもらえたのだと感謝しています。


note 開設のお知らせ

いつも当ブログをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
今後もこちらでの更新は続けてまいりますが、note では、より頻度高く記事を投稿しております。

同じテーマの別エピソードも掲載しておりますので、併せてご覧いただけますと幸いです。

泣ける話・感動の実話まとめ - ラクリマ | note

最新情報は ラクリマ公式 X アカウント にて随時発信しております。ぜひフォローいただけますと幸いです。

関連記事

民家

最後まで泣けなくて

僕は先月7月22日に父方の祖母を亡くしました。72歳。あと1週間生きていれば73歳でした。 普段から僕は祖母を「ばあば」と呼んでいました。高校生にもなってこんな呼び方恥ずかしい…

公園

約束の土曜日

3歳の頃から、毎日のように遊んでくれたお兄ちゃんがいた。一つ年上で、勉強もスポーツもできて、とにかく優しい。 一人っ子の僕にとって、彼はまるで本物の兄のような存在だった。 …

野球(フリー写真)

甲子園の約束

十年前、彼女が死んだ。 当時、俺達は高校3年生。同じ高校に通い、同じ部活だった。 野球部だった。 俺と彼女は近所に住む幼馴染で、俺は小さな頃から、野球が好きな両親に野…

裁縫(フリー写真)

妹に作った妖精衣装

俺には妹が居るんだが、これが何と10歳も年が離れている。 しかも俺が13歳、妹が3歳の時に母親が死んでしまったので、俺が母親代わり(父親は生きているから)みたいなものだった。 …

アスレチックで遊ぶ双子(フリー写真)

兄ちゃんはヒーローだった

兄ちゃんは、俺が腹が減ったと泣けば、弁当や菓子パンを食わせてくれた。 電気が点かない真っ暗な夜は、ずっと歌を唄って励ましてくれた。 寒くて凍えていれば、ありったけの毛布や服…

炊き込みご飯

愛のレシピ

私が子供の頃、母が作る炊き込みご飯は私の心を温める特別な料理でした。 明言することはなかったが、母は私の好みを熟知しており、誕生日や記念日には必ずその料理を作ってくれました。 …

父の背中(フリー写真)

本当のお金の価値

私が中学校1年生の時の話である。 私は思春期や反抗期の真っ只中ということもあり、少しばかりやんちゃをしていた。 不法侵入をしたり、深夜まで遊んでいたこともあり、警察にはし…

親子(フリー写真)

生んでくれてありがとう

母が死んで今日で一年が経つ。 高齢出産だったこともあり、俺の同年代の友達の親と比べると明らかに歳を取っていた。 「何でもっと若い頃に生んでくれなかったの!?」 と責め…

お手玉(フリー写真)

私のこと忘れないでね

遠い昔、私が小学4年生の頃の話です。 当時の僕は人見知りで臆病で、積極的に話しかけたりするのが出来ない性格でした。 休み時間、みんなは外に出て遊んでいても、僕は教室の椅子…

夕焼け(フリー素材)

大きな下り坂

夏休みに自転車でどこまで行けるかと小旅行。計画も、地図も、お金も、何も持たずに。 国道をただひたすら進んでいた。途中に大きな下り坂があって、自転車はひとりでに進む。 ペダル…