せかいでいちばんのしあわせ
私が幼稚園の時に亡くなったお母さん。 当時、ひらがなを覚えたての私が読めるように、ひらがなだけで書かれた手紙を遺してくれた。 ※ みいちゃんが おかあさんのおな…
読んでいるうちに、胸がじわりと温かくなる話を集めました。日常の中に隠れた誰かの優しさ、見えないところで続けられた愛情、言葉にならなかった想い。泣けるというより、しみじみと何かが伝わってくる——そんな感動する話をお届けします。
私が幼稚園の時に亡くなったお母さん。 当時、ひらがなを覚えたての私が読めるように、ひらがなだけで書かれた手紙を遺してくれた。 ※ みいちゃんが おかあさんのおな…
こどもの発達がちょっとゆっくりで、保健センターに通っている。 そこの母子教室の最中、おばあちゃんと男の子が二人、迷い込んで来た。 「すみません、里親会の集まりの…
祖母は六十年、毎朝仏壇に向かって貴様と呼びかけていました。悪態だと思っていたその一語の意味が、北満の守備隊にいた祖父の残した一枚の薬包紙と最後の軍事郵便で反転し…
「もう死にたい…。もうやだよ…。つらいよ…」 妻は産婦人科の待合室で、人目もはばからず泣いていた。 前回の流産の時、私の妹が妻に言った言葉…。 「中絶経験があっ…
「結婚したい子が出来た」 とオヤジに言ったら、数日後に 「大事な話がある」 と言われ、家族会議になった。 今までに無い、真剣な顔で…。 父「実は、俺と…俺と、お…
7ヶ月前に妻が他界して初めて迎えた、娘の4歳の誕生日。 今日は休みを取って朝から娘と二人、妻の墓参りに出掛けて来た。 妻の死後、暫くはあんなに 「ままにあいたい…
「式には出ん」と言い続けた父は、娘の結婚式で着る服がわからないと言いました。宍道湖のシジミ漁師の家の鴨居に十九年掛かったままの礼服と、切られなかった仕立て札。ブ…
嫁が激しい闘病生活の末、若くして亡くなった。 その5年後、こんな手紙が届いた。 どうやら死期が迫った頃、未来の俺に向けて書いたものみたいだ。 ※ Dear 未来…
四歳の私に母は「日曜日かな」と言い残して出て行きました。筑豊の炭住で玄関を見つめ続けた三十年、物干しの黄色い洗濯ばさみだけがなぜ褪せなかったのか。祖母の手帳と五…
山形の将棋駒工房で、脳に障害のある兄は三十年ただ歩だけを彫り続けました。父の帳面に残された一行の日付と、裏の字だけが深く彫られた三千枚の駒。守っているつもりで、…
昭和三十四年、瀬戸内の小さな島でたった一人の医者だった私が立ち会った、忘れられない輸血の話です。注射の列でいつも最後尾に下がっていた少年が、その日だけは一番先に…
不倫を四年続けた私が、機械の苦手な妻に携帯メールを教えました。十日後に届いた一通は、濁点も改行も抜けた不器用な文章。後日カレンダーの裏に見つけた九枚の練習書きが…
2年前、旅行先での駐屯地祭での事。 例によって変な団体が来て、私は嫌な気分になっていた。 するとその集団に向かって、一人の女子高生とおぼしき少女が向かって行く。…
阪神大震災後の話。 当時、俺はあるファミレスの店員をしていて、震災後はボランティアでバイキングのみのメニューを無料で提供する事になった。 開店と同時に満席になっ…
十勝の除雪車に乗る私は、兄の長靴がなぜ右足だけすり減るのか知らずにいました。封も切られぬままロッカーの底に眠っていた合格通知、柱に一本もない兄の背比べの線、二十…