手首の紐でつながれた夜
中学二年の夏、目の前で幼馴染を失った俺は眠れず、食べられず、夜ごと玄関に立った。そんな俺と兄を結んでいたのは、体育館シューズの白い手首の紐だった。二十年近く経っ…
中学二年の夏、目の前で幼馴染を失った俺は眠れず、食べられず、夜ごと玄関に立った。そんな俺と兄を結んでいたのは、体育館シューズの白い手首の紐だった。二十年近く経っ…
裂けた学ランの背中を白い糸で縫った日から、三十年近く。制服バンクの受付に、その上着が返ってきた。襟の裏には七人分の名前が重なり、背中の白い縫い目だけが、秋の光の…
公民館の集いで浴びせられた問いに、自衛官の弟は六秒黙ってから短く答えました。熊本・八代のい草農家を舞台に、弟が中学の技術の時間に三度も作り直した振るい板の目盛り…
諏訪の団地で二人の男の子を育てています。弟とは同じ小学校へ行けないと伝えた日、兄は部屋に籠り、三十分後に出てきて、たった一つの約束をさせました。その春から続いた…
母子家庭に育った私に野球を教えてくれたのは、四つ上の兄でした。投げる前に必ずカーブと一声かけていた本当の理由を、通夜の晩に初めて知ります。天童の駒師になった兄が…
セメントの町で三交替に就いた兄は、夜勤明けの朝、必ず弟の運動靴を爪先だけ外へ向けて直してから上がりました。その小さな癖の本当の意味と、閉めた覚えのない扉。半年前…
血の繋がらない兄が、身寄りを失った中学生の私を引き取り、大学まで出してくれました。新潟三条の研屋で、兄が十年間だけ研がずにいた母の菜切り包丁。そこには、あと一度…
昭和五十五年の冬、親に置いていかれた兄弟を、市場の大人たちが黙って支えていました。閉まる市場の乾物屋で、四十年ぶりに二十四番の弟と呼ばれた男が、兄の預けた銭湯の…
山形の将棋駒工房で、脳に障害のある兄は三十年ただ歩だけを彫り続けました。父の帳面に残された一行の日付と、裏の字だけが深く彫られた三千枚の駒。守っているつもりで、…
十勝の除雪車に乗る私は、兄の長靴がなぜ右足だけすり減るのか知らずにいました。封も切られぬままロッカーの底に眠っていた合格通知、柱に一本もない兄の背比べの線、二十…
盆地の桃農園で暮らす、血の繋がらない兄と私。無口な兄が黙って払ってくれた入学金、姪のために限界まで差し出した輸血。そして姪の結婚式で読まれた一通の手紙が、継いだ…
うちの仏壇には、一回り小さい位牌がある。母は毎朝、鈴を二度鳴らしてから扉を閉め、右手で桟をひと撫でした。十七年、その順番は一度も変わらない。なぜ撫でていたのかを…
養護施設で育った兄弟。中学を出て和菓子職人になった兄は、弟の学費のため前借りまでして仕送りを続け、自分では菓子を口にしませんでした。就職を機に誘った蔵王の温泉宿…