秩父の国道沿いにあるコンビニで、私は二十歳から三年ほど、深夜だけ働いていました。
石灰石を積んだダンプが、夜通し、南から北へ走っていく道です。
荷台に幌をかけていても、粉は落ちます。
朝になると、店の前の白線がうっすら灰色になっていて、それを箒で掃くのが上がりの仕事でした。
店の窓から、武甲山が見えました。
削られた斜面が階段のようになっていて、月の出ている晩は、その段が白く光ります。
山が半分なくなっているというのは、住んでいる者にはもう風景で、誰も何とも言いません。
私は専門学校を一年で辞めて、その年の春に秩父へ戻ってきていました。
昼に人と会いたくなかったので、夜の勤務を選んだのだと思います。
母には、少し休んでからまた考えると言ってありました。
その「少し」が二年を越えたころには、母も何も言わなくなっていました。
朝、私が帰ると、台所に味噌汁の鍋が置いてあるだけになりました。
午前三時に、同じ音がした
深夜勤は、二時から四時のあいだが、いちばん静かです。
ダンプの音がいったん途切れて、冷蔵ケースの唸る音だけが残ります。
店内の照明が、そのあいだだけ、やけに白く感じられました。
その時間に、必ず入ってくる人がいました。
自動ドアが開く前に、外の砂利を踏む音でわかります。
右足を、少しだけ引きずるような歩き方でした。
作業ズボンに、色の褪せた紺の上着。
襟のところが、汗の輪でうっすら白くなっていました。
五十代の終わりくらいに見えました。
買うものは、いつも同じです。
猫の缶詰をひとつ。
それから、いちばん安いブラックの缶コーヒーをひとつ。
それだけでした。
※
最初のころ、私はレジ袋に二つとも入れようとしました。
すると、その人は、缶詰のほうだけ、そっと手で押さえたのです。
「それ、別でええわ」
「あ、袋、二枚にしますか」
「いや。こっちは手で持つで」
そう言って、猫の缶を上着の右のポケットに入れました。
コーヒーは、左の手に持ちます。
手袋はしていませんでした。
真冬でも、素手で冷たい缶を握って出ていきます。
それ以来、私はレジで二度、手を止めるようになりました。
缶詰は袋に入れない。
コーヒーは、そのまま渡す。
その人は、缶とコーヒーを、一度もいっしょの袋に入れさせませんでした。
「うちの猫はこれしか食べないんだよ」
三か月ほど経って、はじめて世間話らしいものをしました。
その晩、私は棚の並び替えをしていて、猫の缶をいつもと違う段に移していたのです。
その人は、しばらく棚の前に立って動きませんでした。
「すみません、場所、変えちゃって」
「ああ、いや」
「同じの、下の段にあります」
「うちの猫は、これしか食べないんだよ」
笑うと、目尻に細かい皺が寄る人でした。
「他のは、匂いだけ嗅いで、そっぽ向くでな」
「贅沢ですね」
「贅沢だわ。もう、ばあさんだで」
ばあさん、というのが猫のことだと気づくのに、少し間がありました。
レシートの控えで、その人の名前を知りました。
電子マネーの端末に、森田、と出ていたのです。
※
十二月の、秩父夜祭の晩だけは、店がおかしなことになります。
屋台の灯が消えたあとに、酔った人が波のように押し寄せてくるのです。
肉まんが二十分で売り切れて、おでんの鍋が空になりました。
レジの列が、雑誌の棚の端まで伸びていました。
そんな晩でも、森田さんは三時に来ました。
列の最後尾に、黙って並んでいました。
「森田さん、先どうぞ」
「そういうのは、いかん」
それだけ言って、また列に戻ってしまいました。
私はその背中を見ながら、この人はきっと、順番というものを大事にして生きてきたのだろうと思いました。
会計のとき、森田さんが珍しく口を開きました。
「兄ちゃん、祭りは行かんのけ」
「人が多いので」
「そうか」
「森田さんは、行かないんですか」
「うちのは、音が嫌いだでな」
猫のことを言っているのだと、そのときはすぐにわかりました。
「花火の晩は、あいつ、机の下から出てこんのよ」
その言い方が、あんまり自然だったので、私はその猫が森田さんの家の畳の上にいるところを、勝手に思い浮かべていました。
缶がなかった晩
年が明ける前の、十二月の初めでした。
その晩は雪の前の、妙に生ぬるい風が吹いていました。
森田さんがいつもの時間に入ってきて、まっすぐ飲み物の棚へ行きました。
猫の缶の棚を、通り過ぎたのです。
カゴを持たずに、コーヒーだけを手に、レジに来ました。
私は、何も言えませんでした。
バーコードを読み取る音が、やけに大きく聞こえました。
お釣りを渡すとき、森田さんが上着の内ポケットに手を入れました。
「これ、うちの」
差し出されたのは、一枚の写真でした。
ずいぶん古い、端の丸くなった写真です。
白と茶のまだらの猫が、コンクリートの上に寝そべっていました。
背骨の形がわかるくらい、痩せていました。
耳が、片方だけ小さく欠けています。
「きれいな猫ですね」
「そうけ。うれしいこと言うわ」
森田さんは笑っていました。
「先週な。朝、行ったら、もう冷とうなっとった」
「……」
「もうエサは買わなくて済むわな」
そう言って、コーヒーを左手に持ち直しました。
右のポケットには、何も入っていませんでした。
上着の右側だけが、いつもより薄く見えました。
自動ドアが閉まって、砂利の音が遠ざかってから、私は泣きました。
誰もいない店内で、レジの前に立ったまま泣きました。
その日はじめて、この店の音の少なさが、こたえました。
※
おかしなもので、そのあと森田さんは、来なくなったわけではありません。
同じ時間に来て、コーヒーだけを買っていきます。
缶を入れていた右のポケットは、いつも空でした。
それが、二か月ほど続きました。
一度だけ、森田さんが来ない晩がありました。
三十センチ近く積もった、二月の大雪の晩です。
国道の除雪車が二回通って、それきり車の音が絶えました。
私は三時を過ぎても、自動ドアのほうばかり見ていました。
四時になっても、砂利の音はしませんでした。
次の晩、森田さんはいつもどおり来ました。
「昨日、大変でしたね」
「上がれんかった」
それだけ言って、コーヒーを一本買っていきました。
そのときの、言い方が忘れられません。
行かなかった、ではなく、上がれなかった、でした。
行くつもりでいた人の言い方でした。
私は何度か、猫のことを聞こうとして、やめました。
聞かれたくないから、あの人は写真を見せたのだと思ったのです。
山の上に、詰所があった
二月の終わりに、私は一度だけ、森田さんのあとをつけたことがあります。
褒められたことではありません。
ただ、あの人がコーヒーを一本だけ買って、どこへ帰るのかが、どうしても気になったのです。
四時に上がって、自転車を押しながら、少し離れて追いました。
森田さんは、家のほうへは曲がりませんでした。
国道を渡って、フェンス沿いの砂利道を上がっていきます。
採石場へ続く道でした。
途中に、鎖のかかったゲートがあります。
森田さんは、その脇の、人ひとりぶんの隙間から入っていきました。
迷いのない入り方でした。
何百回も、そこを通っている人の入り方です。
私は、そこで止まりました。
※
その日、店長にそれとなく聞いてみました。
店長は秩父で生まれて、秩父で店を継いだ人です。
「森田さんね」
「知ってるんですか」
「同級生の兄貴。ずっと山だった人だよ」
「山、って」
「ベルコンの点検。石を運ぶベルトが何キロもあるでしょ。あれを、夜のあいだに見て回る係」
「今も、ですか」
店長は、レジの下から古い封筒を出して、輪ゴムをはずしました。
町内会の名簿でした。
森田さんの欄に、赤い線が一本、引いてありました。
勤め先の欄が、消してあったのです。
「四年前にね。腰やって、辞めてる」
私は、名簿の赤い線を、しばらく見ていました。
右足を引きずっていたのは、そのせいだったのだと、そのとき知りました。
四年、通っていた
森田さんは、四年前に山の仕事を離れていました。
それなのに、毎晩、山へ上がっていたのです。
詰所というのは、ベルトコンベアの折り返しのところにある、プレハブの小屋でした。
夜勤の人間が交代で休む場所で、いまは使われていません。
猫は、そこに住み着いていたのだそうです。
のちに、森田さんの後輩だったという人から聞きました。
「うちの猫、っておっしゃってましたけど」
「家では飼っとらんよ。奥さんが猫だめだで」
「じゃあ、詰所の」
「そう。あそこの猫は、代替わりしとるんさ。うちらが入った頃からおるで」
「代替わり」
「三代目か、四代目かな。みんな同じ名前で呼んどった」
「何て名前だったんですか」
「ヨル、だわ」
「よる」
「夜のヨル。昼間は誰も会わんでな。夜の当番しか、顔を見んのよ」
私は、その名前を口の中で二度、繰り返しました。
夜にしか会えない猫に、夜という名前をつける。
そんな名づけをする人たちのことを、私はまだ何も知らなかったのだと思いました。
※
ひとつ、腑に落ちないことがありました。
森田さんは、缶を一度に一つしか買いませんでした。
まとめ買いをすれば、雪の晩に上がらなくて済みます。
凍った砂利道を、腰の悪い体で上がらなくてよかったはずです。
私はそのことを、後輩だったという人に言いました。
その人は、少し黙ってから、こう言いました。
「一個ずつ買えば、明日も行かんならんでしょう」
私は、返事ができませんでした。
森田さんが買っていたのは、猫の一日ぶんの飯ではありませんでした。
自分が明日そこへ上がる、理由のほうでした。
コーヒーは、猫のところで飲まない
もうひとつ、わからないことが残っていました。
コーヒーです。
猫の缶とコーヒーを、なぜ分けて持つのか。
袋がひとつでも、困ることはないはずでした。
その答えを知ったのは、さらに一年ほどあとのことです。
私は店を辞めて、市内の運送の会社に入っていました。
荷物を届けた先が、たまたま採石場の事務所だったのです。
受付にいたのは、あの後輩の人でした。
「兄ちゃん、コンビニの子だな」
「憶えてくださってたんですか」
「森田さんが言うとったで。あそこの夜の子は、缶を袋に入れんて」
胸の奥が、静かに熱くなりました。
あの人は、私が二度手を止めていたことを、見ていたのです。
※
その人が、詰所の場所を教えてくれました。
詰所の裏に、鉄の階段があります。
それを上がると、コンベアの点検通路に出ます。
通路の端に、コンクリートの土台がひとつ、ぽつんと残っている。
昔、そこに小さな詰所がもう一棟あったのだそうです。
二十年ほど前に、そこで働いていた人が、体を悪くして山を下りました。
森田さんに、猫の世話を頼んだ人でした。
「あの土台のとこは、風がまともに当たるんさ」
「そこに、何かあるんですか」
「缶コーヒーが、置いてある。ずっとな」
「ずっと、ですか」
「毎朝、一本ずつ。飲まんで、置いて帰る」
猫の缶は、詰所へ。
コーヒーは、そこからもう少し上の、風の当たる場所へ。
持っていく先が違うから、ひとつの袋に入れられなかったのです。
森田さんが山へ上がっていたのは、猫のためだけではありませんでした。
「もう買わなくて済む」の意味
あの晩の言葉を、私はずっと、強がりだと思っていました。
猫を亡くした人が、笑いながら言う嘘だと。
そうではなかったのだと思います。
森田さんは、猫の缶を買わなくなっただけで、コーヒーは買い続けました。
猫がいなくなっても、上がる理由は、まだ残っていたのです。
だから、あの言葉は、こう聞こえるべきものでした。
もう、餌のほうの用事はなくなった。
けれど、行くことは、やめない。
あの笑顔は、強がりではなく、報告だったのだと思います。
※
後輩の人が、最後にひとつ、笑い話をしてくれました。
森田さんは一度だけ、コンビニで肉まんを買ったことがあるそうです。
それを詰所で食べていたら、猫が寄ってきた。
ひと口やったら、器用に肉だけ食べて、皮を全部残していったといいます。
「あいつ、皮だけ残しやがった、って、ひと月くらい言うとったで」
私は、その場で声を出して笑いました。
笑いながら、目のふちが熱くなりました。
あの人にとって、あの猫は、確かに「うちの」だったのだと思います。
写真を撮ったのは、奥さんだった
その帰りぎわに、私はひとつだけ聞きました。
あの写真のことです。
森田さんは、携帯電話を持たない人でした。
使い捨てのカメラも、あの手の道具も、似合う人ではありません。
「あれ、奥さんだわ」
「奥さん、猫が苦手だったんじゃ」
「苦手だで。触れんのよ。それでも、撮ってこいって言うたんだと」
「撮ってこい、ですか」
「毎晩どこ行っとるか、顔くらい見せえ、って。喧嘩みたいに言うたらしいわ」
その言い方が、私にはかえって温かく聞こえました。
森田さんは、写真を上着の内ポケットに入れて持ち歩いていました。
猫がいるあいだは、一度も出さなかった写真です。
いなくなってから、はじめて人に見せたのです。
あの晩、私が見せてもらったのは、猫の写真であって、それだけではありませんでした。
苦手なものを撮った人と、それを黙って持っていた人の、四年ぶんでした。
秩父の冬の朝
秩父の冬は、朝がいちばん冷えます。
山の陰になっている時間が長いので、日が差すのが遅いのです。
削られた武甲山の段に、順番に光が当たっていきます。
上から二段目、三段目と、白い縞が下りてきます。
森田さんは、その光が土台のところに届く前に、コーヒーを置いて帰っていたそうです。
朝日が当たると、缶が温かくなってしまうからだ、と言っていたといいます。
置いたコーヒーは、次の朝には空いていた、とその人は言いました。
そんなはずはないと、私は思います。
思いますが、確かめには行っていません。
※
猫を見送ったあとの人の胸のうちについては、伯母が呼ばなかった猫の名という話にも、少し似たものが書いてあります。
店の側から常連さんを見ていた記憶ということでは、番台の親父と椿油の少年のほうが近いかもしれません。
今も、袋を二つに分ける
私はいま、三十を過ぎました。
秩父を離れて、隣の県で働いています。
猫は飼っていません。
ただ、買い物のときに、妙な癖がつきました。
飲み物と、それ以外を、同じ袋に入れないのです。
妻には、几帳面だと笑われます。
そういうことではないのだと、うまく説明できません。
説明できないまま、今日もレジで、二度、手を止めます。
飲み物を別に持つと、両手がふさがります。
雨の日は、傘が差せなくて往生します。
それでも、やめられません。
あの人がそうしていたから、というだけの理由です。
※
森田さんが元気にしているかどうかは、知りません。
あれから一度も、秩父の国道を、夜に走っていないからです。
ただ、深夜の三時ごろ、どこかの店で自動ドアが開く音を聞くと、思い出します。
砂利を踏む、少し引きずるような足音。
缶をひとつ。
コーヒーをひとつ。
別々に持って、山を上がっていく背中を。
もう買わなくて済む、と笑った人の、右の空いたポケットを。