缶とコーヒーを分けて持つ人

秩父の国道沿いにあるコンビニで、私は二十歳から三年ほど、深夜だけ働いていました。

石灰石を積んだダンプが、夜通し、南から北へ走っていく道です。

荷台に幌をかけていても、粉は落ちます。

朝になると、店の前の白線がうっすら灰色になっていて、それを箒で掃くのが上がりの仕事でした。

店の窓から、武甲山が見えました。

削られた斜面が階段のようになっていて、月の出ている晩は、その段が白く光ります。

山が半分なくなっているというのは、住んでいる者にはもう風景で、誰も何とも言いません。

私は専門学校を一年で辞めて、その年の春に秩父へ戻ってきていました。

昼に人と会いたくなかったので、夜の勤務を選んだのだと思います。

母には、少し休んでからまた考えると言ってありました。

その「少し」が二年を越えたころには、母も何も言わなくなっていました。

朝、私が帰ると、台所に味噌汁の鍋が置いてあるだけになりました。

午前三時に、同じ音がした

深夜勤は、二時から四時のあいだが、いちばん静かです。

ダンプの音がいったん途切れて、冷蔵ケースの唸る音だけが残ります。

店内の照明が、そのあいだだけ、やけに白く感じられました。

その時間に、必ず入ってくる人がいました。

自動ドアが開く前に、外の砂利を踏む音でわかります。

右足を、少しだけ引きずるような歩き方でした。

作業ズボンに、色の褪せた紺の上着。

襟のところが、汗の輪でうっすら白くなっていました。

五十代の終わりくらいに見えました。

買うものは、いつも同じです。

猫の缶詰をひとつ。

それから、いちばん安いブラックの缶コーヒーをひとつ。

それだけでした。

最初のころ、私はレジ袋に二つとも入れようとしました。

すると、その人は、缶詰のほうだけ、そっと手で押さえたのです。

「それ、別でええわ」

「あ、袋、二枚にしますか」

「いや。こっちは手で持つで」

そう言って、猫の缶を上着の右のポケットに入れました。

コーヒーは、左の手に持ちます。

手袋はしていませんでした。

真冬でも、素手で冷たい缶を握って出ていきます。

それ以来、私はレジで二度、手を止めるようになりました。

缶詰は袋に入れない。

コーヒーは、そのまま渡す。

その人は、缶とコーヒーを、一度もいっしょの袋に入れさせませんでした。

「うちの猫はこれしか食べないんだよ」

三か月ほど経って、はじめて世間話らしいものをしました。

その晩、私は棚の並び替えをしていて、猫の缶をいつもと違う段に移していたのです。

その人は、しばらく棚の前に立って動きませんでした。

「すみません、場所、変えちゃって」

「ああ、いや」

「同じの、下の段にあります」

「うちの猫は、これしか食べないんだよ」

笑うと、目尻に細かい皺が寄る人でした。

「他のは、匂いだけ嗅いで、そっぽ向くでな」

「贅沢ですね」

「贅沢だわ。もう、ばあさんだで」

ばあさん、というのが猫のことだと気づくのに、少し間がありました。

レシートの控えで、その人の名前を知りました。

電子マネーの端末に、森田、と出ていたのです。

十二月の、秩父夜祭の晩だけは、店がおかしなことになります。

屋台の灯が消えたあとに、酔った人が波のように押し寄せてくるのです。

肉まんが二十分で売り切れて、おでんの鍋が空になりました。

レジの列が、雑誌の棚の端まで伸びていました。

そんな晩でも、森田さんは三時に来ました。

列の最後尾に、黙って並んでいました。

「森田さん、先どうぞ」

「そういうのは、いかん」

それだけ言って、また列に戻ってしまいました。

私はその背中を見ながら、この人はきっと、順番というものを大事にして生きてきたのだろうと思いました。

会計のとき、森田さんが珍しく口を開きました。

「兄ちゃん、祭りは行かんのけ」

「人が多いので」

「そうか」

「森田さんは、行かないんですか」

「うちのは、音が嫌いだでな」

猫のことを言っているのだと、そのときはすぐにわかりました。

「花火の晩は、あいつ、机の下から出てこんのよ」

その言い方が、あんまり自然だったので、私はその猫が森田さんの家の畳の上にいるところを、勝手に思い浮かべていました。

缶がなかった晩

年が明ける前の、十二月の初めでした。

その晩は雪の前の、妙に生ぬるい風が吹いていました。

森田さんがいつもの時間に入ってきて、まっすぐ飲み物の棚へ行きました。

猫の缶の棚を、通り過ぎたのです。

カゴを持たずに、コーヒーだけを手に、レジに来ました。

私は、何も言えませんでした。

バーコードを読み取る音が、やけに大きく聞こえました。

お釣りを渡すとき、森田さんが上着の内ポケットに手を入れました。

「これ、うちの」

差し出されたのは、一枚の写真でした。

ずいぶん古い、端の丸くなった写真です。

白と茶のまだらの猫が、コンクリートの上に寝そべっていました。

背骨の形がわかるくらい、痩せていました。

耳が、片方だけ小さく欠けています。

「きれいな猫ですね」

「そうけ。うれしいこと言うわ」

森田さんは笑っていました。

「先週な。朝、行ったら、もう冷とうなっとった」

「……」

「もうエサは買わなくて済むわな」

そう言って、コーヒーを左手に持ち直しました。

右のポケットには、何も入っていませんでした。

上着の右側だけが、いつもより薄く見えました。

自動ドアが閉まって、砂利の音が遠ざかってから、私は泣きました。

誰もいない店内で、レジの前に立ったまま泣きました。

その日はじめて、この店の音の少なさが、こたえました。

おかしなもので、そのあと森田さんは、来なくなったわけではありません。

同じ時間に来て、コーヒーだけを買っていきます。

缶を入れていた右のポケットは、いつも空でした。

それが、二か月ほど続きました。

一度だけ、森田さんが来ない晩がありました。

三十センチ近く積もった、二月の大雪の晩です。

国道の除雪車が二回通って、それきり車の音が絶えました。

私は三時を過ぎても、自動ドアのほうばかり見ていました。

四時になっても、砂利の音はしませんでした。

次の晩、森田さんはいつもどおり来ました。

「昨日、大変でしたね」

「上がれんかった」

それだけ言って、コーヒーを一本買っていきました。

そのときの、言い方が忘れられません。

行かなかった、ではなく、上がれなかった、でした。

行くつもりでいた人の言い方でした。

私は何度か、猫のことを聞こうとして、やめました。

聞かれたくないから、あの人は写真を見せたのだと思ったのです。

山の上に、詰所があった

二月の終わりに、私は一度だけ、森田さんのあとをつけたことがあります。

褒められたことではありません。

ただ、あの人がコーヒーを一本だけ買って、どこへ帰るのかが、どうしても気になったのです。

四時に上がって、自転車を押しながら、少し離れて追いました。

森田さんは、家のほうへは曲がりませんでした。

国道を渡って、フェンス沿いの砂利道を上がっていきます。

採石場へ続く道でした。

途中に、鎖のかかったゲートがあります。

森田さんは、その脇の、人ひとりぶんの隙間から入っていきました。

迷いのない入り方でした。

何百回も、そこを通っている人の入り方です。

私は、そこで止まりました。

その日、店長にそれとなく聞いてみました。

店長は秩父で生まれて、秩父で店を継いだ人です。

「森田さんね」

「知ってるんですか」

「同級生の兄貴。ずっと山だった人だよ」

「山、って」

「ベルコンの点検。石を運ぶベルトが何キロもあるでしょ。あれを、夜のあいだに見て回る係」

「今も、ですか」

店長は、レジの下から古い封筒を出して、輪ゴムをはずしました。

町内会の名簿でした。

森田さんの欄に、赤い線が一本、引いてありました。

勤め先の欄が、消してあったのです。

「四年前にね。腰やって、辞めてる」

私は、名簿の赤い線を、しばらく見ていました。

右足を引きずっていたのは、そのせいだったのだと、そのとき知りました。

四年、通っていた

森田さんは、四年前に山の仕事を離れていました。

それなのに、毎晩、山へ上がっていたのです。

詰所というのは、ベルトコンベアの折り返しのところにある、プレハブの小屋でした。

夜勤の人間が交代で休む場所で、いまは使われていません。

猫は、そこに住み着いていたのだそうです。

のちに、森田さんの後輩だったという人から聞きました。

「うちの猫、っておっしゃってましたけど」

「家では飼っとらんよ。奥さんが猫だめだで」

「じゃあ、詰所の」

「そう。あそこの猫は、代替わりしとるんさ。うちらが入った頃からおるで」

「代替わり」

「三代目か、四代目かな。みんな同じ名前で呼んどった」

「何て名前だったんですか」

「ヨル、だわ」

「よる」

「夜のヨル。昼間は誰も会わんでな。夜の当番しか、顔を見んのよ」

私は、その名前を口の中で二度、繰り返しました。

夜にしか会えない猫に、夜という名前をつける。

そんな名づけをする人たちのことを、私はまだ何も知らなかったのだと思いました。

ひとつ、腑に落ちないことがありました。

森田さんは、缶を一度に一つしか買いませんでした。

まとめ買いをすれば、雪の晩に上がらなくて済みます。

凍った砂利道を、腰の悪い体で上がらなくてよかったはずです。

私はそのことを、後輩だったという人に言いました。

その人は、少し黙ってから、こう言いました。

「一個ずつ買えば、明日も行かんならんでしょう」

私は、返事ができませんでした。

森田さんが買っていたのは、猫の一日ぶんの飯ではありませんでした。

自分が明日そこへ上がる、理由のほうでした。

コーヒーは、猫のところで飲まない

もうひとつ、わからないことが残っていました。

コーヒーです。

猫の缶とコーヒーを、なぜ分けて持つのか。

袋がひとつでも、困ることはないはずでした。

その答えを知ったのは、さらに一年ほどあとのことです。

私は店を辞めて、市内の運送の会社に入っていました。

荷物を届けた先が、たまたま採石場の事務所だったのです。

受付にいたのは、あの後輩の人でした。

「兄ちゃん、コンビニの子だな」

「憶えてくださってたんですか」

「森田さんが言うとったで。あそこの夜の子は、缶を袋に入れんて」

胸の奥が、静かに熱くなりました。

あの人は、私が二度手を止めていたことを、見ていたのです。

その人が、詰所の場所を教えてくれました。

詰所の裏に、鉄の階段があります。

それを上がると、コンベアの点検通路に出ます。

通路の端に、コンクリートの土台がひとつ、ぽつんと残っている。

昔、そこに小さな詰所がもう一棟あったのだそうです。

二十年ほど前に、そこで働いていた人が、体を悪くして山を下りました。

森田さんに、猫の世話を頼んだ人でした。

「あの土台のとこは、風がまともに当たるんさ」

「そこに、何かあるんですか」

「缶コーヒーが、置いてある。ずっとな」

「ずっと、ですか」

「毎朝、一本ずつ。飲まんで、置いて帰る」

猫の缶は、詰所へ。

コーヒーは、そこからもう少し上の、風の当たる場所へ。

持っていく先が違うから、ひとつの袋に入れられなかったのです。

森田さんが山へ上がっていたのは、猫のためだけではありませんでした。

「もう買わなくて済む」の意味

あの晩の言葉を、私はずっと、強がりだと思っていました。

猫を亡くした人が、笑いながら言う嘘だと。

そうではなかったのだと思います。

森田さんは、猫の缶を買わなくなっただけで、コーヒーは買い続けました。

猫がいなくなっても、上がる理由は、まだ残っていたのです。

だから、あの言葉は、こう聞こえるべきものでした。

もう、餌のほうの用事はなくなった。

けれど、行くことは、やめない。

あの笑顔は、強がりではなく、報告だったのだと思います。

後輩の人が、最後にひとつ、笑い話をしてくれました。

森田さんは一度だけ、コンビニで肉まんを買ったことがあるそうです。

それを詰所で食べていたら、猫が寄ってきた。

ひと口やったら、器用に肉だけ食べて、皮を全部残していったといいます。

「あいつ、皮だけ残しやがった、って、ひと月くらい言うとったで」

私は、その場で声を出して笑いました。

笑いながら、目のふちが熱くなりました。

あの人にとって、あの猫は、確かに「うちの」だったのだと思います。

写真を撮ったのは、奥さんだった

その帰りぎわに、私はひとつだけ聞きました。

あの写真のことです。

森田さんは、携帯電話を持たない人でした。

使い捨てのカメラも、あの手の道具も、似合う人ではありません。

「あれ、奥さんだわ」

「奥さん、猫が苦手だったんじゃ」

「苦手だで。触れんのよ。それでも、撮ってこいって言うたんだと」

「撮ってこい、ですか」

「毎晩どこ行っとるか、顔くらい見せえ、って。喧嘩みたいに言うたらしいわ」

その言い方が、私にはかえって温かく聞こえました。

森田さんは、写真を上着の内ポケットに入れて持ち歩いていました。

猫がいるあいだは、一度も出さなかった写真です。

いなくなってから、はじめて人に見せたのです。

あの晩、私が見せてもらったのは、猫の写真であって、それだけではありませんでした。

苦手なものを撮った人と、それを黙って持っていた人の、四年ぶんでした。

秩父の冬の朝

秩父の冬は、朝がいちばん冷えます。

山の陰になっている時間が長いので、日が差すのが遅いのです。

削られた武甲山の段に、順番に光が当たっていきます。

上から二段目、三段目と、白い縞が下りてきます。

森田さんは、その光が土台のところに届く前に、コーヒーを置いて帰っていたそうです。

朝日が当たると、缶が温かくなってしまうからだ、と言っていたといいます。

置いたコーヒーは、次の朝には空いていた、とその人は言いました。

そんなはずはないと、私は思います。

思いますが、確かめには行っていません。

猫を見送ったあとの人の胸のうちについては、伯母が呼ばなかった猫の名という話にも、少し似たものが書いてあります。

店の側から常連さんを見ていた記憶ということでは、番台の親父と椿油の少年のほうが近いかもしれません。

今も、袋を二つに分ける

私はいま、三十を過ぎました。

秩父を離れて、隣の県で働いています。

猫は飼っていません。

ただ、買い物のときに、妙な癖がつきました。

飲み物と、それ以外を、同じ袋に入れないのです。

妻には、几帳面だと笑われます。

そういうことではないのだと、うまく説明できません。

説明できないまま、今日もレジで、二度、手を止めます。

飲み物を別に持つと、両手がふさがります。

雨の日は、傘が差せなくて往生します。

それでも、やめられません。

あの人がそうしていたから、というだけの理由です。

森田さんが元気にしているかどうかは、知りません。

あれから一度も、秩父の国道を、夜に走っていないからです。

ただ、深夜の三時ごろ、どこかの店で自動ドアが開く音を聞くと、思い出します。

砂利を踏む、少し引きずるような足音。

缶をひとつ。

コーヒーをひとつ。

別々に持って、山を上がっていく背中を。

もう買わなくて済む、と笑った人の、右の空いたポケットを。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

最後まで読んでくださって、ありがとうございます

この話が少しでも心に残ったなら、それだけで書いた甲斐がありました。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。