玄関で待っていた猫

その子は、雪の降る朝、私の布団の上で生まれました。

高校生だった私の、電気毛布のぬくもりの上で。

母猫が産んだ五匹のうち、最後まで貰い手のつかなかった一匹でした。

小さな体に、琥珀色の縞があったので、私はその子を「こはく」と名づけました。

家で飼うと決めたとき、母は少しだけ困った顔をして、それから笑いました。

「あんたが面倒みるんだよ」

はい、と私は迷わず答えました。

五匹のうち、三匹は近所の人が、一匹は同級生がもらってくれました。

段ボール箱から一匹ずつ消えていくたび、母猫は鳴き、私も少しだけ泣きました。

最後に残ったのが、いちばん小さくて、いちばん泣き虫の、この子でした。

手のひらに乗せると、まだ目もよく見えていないのに、私の指を一生懸命に探しました。

その小さな爪の感触を、私は今でも覚えています。

こはくは、私のあとをどこへでもついて来る子でした。

私が怖がりなのを知っていたのでしょうか。

お風呂に入ると、脱衣所のマットの上にちんまり座って、私が出てくるのをじっと待っていました。

湯気で曇った扉の向こうに、小さな影がいつもありました。

学校から帰ると、玄関で必ず出迎えてくれました。

きちんと前足を揃えて、お座りをして。

嫌なことがあった日は、何も言わずに、ただ隣にいてくれました。

こはくは、私の宝物でした。

港町の冬は風が強くて、夜になると窓がかたかたと鳴ります。

そんな夜も、こはくが布団に潜り込んでくると、急に世界がやわらかくなりました。

喉を鳴らす音が、波の音に重なって聞こえました。

私はその音を子守唄に、何年も眠ってきたのです。

夏になると、こはくは縁側のいちばん風の通る場所を陣取りました。

遠くで花火が上がる晩、私はこはくを膝に乗せて、その音を一緒に聞きました。

こはくは大きな音が苦手で、私の腕の中で小さく丸まっていました。

私が守ってあげているつもりが、本当はいつも、守られていたのは私のほうでした。

受験勉強をしていた夜のことも、よく覚えています。

机に向かう私の手元に、こはくは決まってちょっかいを出しました。

シャープペンを転がし、参考書のページの上に、どっかりと寝そべるのです。

「邪魔だよ」と言いながら、私はその背中を撫でていました。

成績が思うように伸びず、机に突っ伏して泣いた夜もありました。

そんなとき、こはくは私の頬に、そっと頭を押し当ててきました。

言葉のかわりに、ぬくもりで励ましてくれているようでした。

高校の終わり頃、初めて人を好きになって、初めて失恋もしました。

布団にもぐって声を殺して泣いていると、こはくが布団の中に入ってきました。

涙でぬれた私の頬を、ざらりとした舌で、何度もなめてくれました。

あの夜のこはくの体温を、私は一生忘れないと思います。

港町の潮の匂いと、こはくの匂いが、私の思春期そのものでした。

二十歳を過ぎた頃、私に初めて恋人ができました。

彼もこはくを可愛がってくれて、私はそれが何より嬉しかった。

こはくは、彼の膝の上でも、よく喉を鳴らしていました。

付き合って二年、私たちは結婚を決め、町を離れて暮らすことになりました。

こはくを連れて行くべきか、私は何度も迷いました。

けれど慣れた家のほうが、この子は幸せだろうと、母も言いました。

だから私は、こはくを実家に置いて、家を出ました。

家を出る朝、こはくは、いつもより長く私の足にすり寄ってきました。

何かを察していたのかもしれません。

車に荷物を積み込む私を、こはくは窓辺からじっと見ていました。

ガラス越しの、その小さなシルエットを、私はわざと見ないようにしました。

見てしまったら、決心が鈍ってしまいそうだったからです。

車が角を曲がるまで、こはくはずっと、同じ場所に座っていました。

離れて暮らすようになってからも、私は毎日のように母に電話をしました。

こはくの様子を聞くためです。

「毎日夕方になると、玄関で待ってるよ」

母はいつも、そう言いました。

「もう帰って来ないよって教えても、ずっと、玄関で待ってるの」

その言葉を聞くたび、私の胸は締めつけられました。

私は、いちばん私を待ってくれている子を、置いてきてしまったのです。

季節が巡り、母の電話の内容も少しずつ変わっていきました。

「最近、寝てる時間が長くなったよ」

「ごはんの食べる量が、減ってきたかねえ」

こはくも、もう若くはないのだと、私は電話越しに感じていました。

それでも夕方になると、玄関で待つ習慣だけは、変わらなかったそうです。

ある週末、久しぶりに実家へ帰りました。

玄関の戸を開けると、こはくはやっぱり、そこにいました。

前足を揃えて、お座りをして。

私の顔を見上げると、ひと声だけ、小さく鳴きました。

叱るような、甘えるような、その鳴き方を、私は今でも覚えています。

私は床に座り込んで、こはくを抱きしめました。

ごめんね、と何度も言いました。

結婚して一年が過ぎた頃、私のお腹に新しい命が宿りました。

予定日は、冬のはじめでした。

出産が近づいた頃、私は身体を休めるため、実家に帰っていました。

赤ちゃんが生まれたら、こはくと遊ばせたいな。

そんなことを考えては、ひとりでにやけていました。

こはくは、大きくなった私のお腹に、よく頬をすり寄せてきました。

中の命に、挨拶をしているようでした。

ところが、予定日の十日ほど前から、こはくの元気がなくなりました。

ごはんを残し、日向でうずくまっている時間が増えました。

近所の動物病院へ連れて行くと、「この薬を飲んでいれば大丈夫」と言われました。

けれど薬を飲ませても、こはくは日に日に弱っていきました。

二日経っても、三日経っても、良くなる気配がありません。

私は別の病院へ、こはくを連れて行きました。

レントゲンを撮った先生は、画像を指さして、静かに言いました。

「お腹の中に、膿が大量にたまっています」

そのまま、即入院ということになりました。

私が帰ろうとすると、こはくが鳴きました。

これまで、別れ際に鳴くことなど一度もなかったのに。

「なんで置いていくの」

「私も帰る」

そう言っているような、精いっぱいの声でした。

それが、私が聞いたこはくの、最後の声になりました。

帰り道、私は泣きながら、長いあいだ車を運転できませんでした。

病院の駐車場で、私はしばらく車を出せませんでした。

ハンドルに額をつけて、こはくの最後の鳴き声を、何度も思い返していました。

フロントガラスの向こうで、街灯がにじんで見えました。

その夜中、突然、陣痛が来ました。

予定よりも、ずいぶん早い夜でした。

母に病院へ連れて行ってもらいましたが、赤ちゃんはなかなか出てきてくれません。

夜が明け、昼を過ぎ、夕方になって、ようやく女の子が生まれました。

小さな、けれど力いっぱい泣く子でした。

分娩室の外で、母がずっと手を握っていてくれました。

痛みの合間に、私はなぜか、こはくが布団に潜り込んできた夜のことを思い出していました。

あのぬくもりに、もう一度だけ触れたいと、強く願いました。

その泣き声を聞きながら、私はこはくのことを思っていました。

入院しているこはくは、今ごろ、どうしているだろう。

出産の翌朝、私は不思議な夢を見ました。

元気だった頃のこはくが、私のそばで、ころころと転がって遊んでいる夢でした。

あんなに穏やかなこはくの姿を見たのは、久しぶりでした。

後にも先にも、こはくの夢を見たのは、その一度きりです。

目を覚ました私は、なぜか確信していました。

きっとこはくは、大丈夫なんだ、と。

その日、見舞いに来た母にこはくの容態を聞くと、母は少しだけ、返事を濁しました。

「まだ、どうなるか分からないけど……こはくも、頑張ってるよ」

私はその言葉を、信じることにしました。

何日かして、私は娘を連れて退院しました。

赤ちゃんのいる暮らしは、嵐のように慌ただしく過ぎていきました。

ある日、母が、思いつめた顔で私の前に座りました。

「言わなきゃいけないことが、あるんだよ」

その声で、私は何かを察しました。

実家へ帰ると、こはくは、座布団の上で眠っているように見えました。

本当に、ただ眠っているようにしか、見えませんでした。

けれど抱き上げると、その体は、固く、冷たくなっていました。

母は、私があの夢を見た朝に、病院から電話が来たのだと教えてくれました。

私が「こはくは大丈夫だ」と思っていた、まさにその朝でした。

こはくは、私が娘を産んだのと同じ夜を越えて、ひとりで逝ったのです。

私は、いちばんそばにいたかった子を、知らない場所で、ひとりぼっちにしてしまいました。

母にも、つらい嘘を、ずっと吐かせ続けてしまいました。

こうして書いている今でも、涙が止まりません。

私はその冷たい体を抱いたまま、長いあいだ動けませんでした。

いつも私を待っていた玄関に、もうこはくの姿はありません。

夕方になると、私はつい、玄関のほうを見てしまいます。

待っていてくれる小さな影を、今でも探してしまうのです。

あのとき、どうしていれば、こはくは助かったのだろう。

こはくが入院した病院の前を、私は今でも通れません。

あの白い建物を見ると、最後の鳴き声が、耳の奥でよみがえるのです。

助けられなかった、という言葉が、何年経っても胸の底に沈んでいます。

それでも、こはくと過ごした日々を、私は一度も後悔したことはありません。

あの子がくれたぬくもりが、今の私を、確かに支えてくれているからです。

その問いだけが、いつまでも頭から離れないのです。

あれから二年が経ちました。

娘は、よちよちと歩き、たくさんの言葉を覚えました。

私に似て、猫が大好きな子です。

道で猫を見かけると、立ち止まって、いつまでも見送っています。

つい先日のことです。

娘が突然、何もない廊下の隅を指さして、はっきりとこう言いました。

「ねこ、いるよ」

私は、思わずその場に立ち尽くしました。

その廊下は、こはくがいつも、私を待っていた場所でした。

偶然かもしれません。

幼い子の、ただの空想かもしれません。

それでも私は、こはくだったらいいな、と思うのです。

それから何日かして、娘がまた、同じ廊下に向かって手を伸ばしました。

まるで、何かをそっと撫でているような仕草でした。

「ねこ、なでなで」

娘は嬉しそうに、誰もいない空間に笑いかけていました。

私はその後ろ姿を見ながら、声を出さずに泣きました。

こはくは、まだこの家で、私たちを待っていてくれるのかもしれません。

娘の名前には、こはくの「こ」の音を、こっそり忍ばせました。

誰にも言っていない、私だけの小さな約束です。

あの子が生きた証を、新しい命の中に、少しだけ残したかったのです。

夜、娘を寝かしつけながら、私は今でも喉を鳴らす音を探してしまいます。

波の音にまぎれて、ふと聞こえる気がする夜もあるのです。

こはくへ。

あなたに会えて、私は、すごくすごく幸せでした。

あなたは、幸せだったかな。

いつも玄関で、待たせてばかりでごめんね。

最後の最後に、ひとりにしてしまって、ごめんね。

きっと向こうでも、また待たせてしまうね。

だからどうか、もう少しだけ、待っていてください。

私のところに来てくれて、本当にありがとう。

大好きだよ。

いつか夢でも、おばけでもいいから、もう一度だけ会いに来てね。

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