思いやりの紙片

公開日: 心温まる話 | 恋愛

電車の車内(フリー写真)

学生時代から長く付き合い、結婚を考えていた彼と別れました。

彼は一年も前から、職場の年上の女性と付き合っていたのです。

その女性から結婚を迫られ、もう既に彼女のご両親とは挨拶を済ませている、とのことでした。

たった一本の電話で別れることになりました。

結婚用に作った貯金通帳に積み立てていたお金も全額、彼が引き出していました。

後に、その彼女が私のことを、

「長く付き合ったのに結婚してもらえない、みじめな女」

と言っていたことを知りました。

目の前が真っ暗になる、という表現がありますが、まさにその通り。

食事は喉を通らず、仕事はミスの連発。

悪夢で夜中に何度も起きるという状態で、今から思えばよく生きていたと思います。

家族には風邪と嘘をついて自室に籠もり、一人泣き続けた日々でした。

ある日、帰宅途上の電車で、空いた席に座った途端に涙が溢れてきました。

下を向いて人に気付かれないように、声を殺して嗚咽していました。

すると横に立っていた女性が突然、私の手に紙片を握らせてきたのです。

茶髪に派手なメイク、若い服装の女性でした。

そして何も言わずにっこり微笑むと、そのまま到着した駅で降りて行ってしまったのです。

紙片を開くと、そこには『元気出して』の文字。

彼女は気が付いていたのです。

そして恐らく、私の泣く姿に何事か感じることがあったのでしょう。

彼女も電車の中で泣くような、辛い体験があったのかもしれません。

紙片を渡す時には、勇気が必要だったはずです。

それでも彼女は私を励ましてくれました。

見ず知らずの人でしたが、絶望感を分かち合える人がすぐ側に居て励ましてくれたこと。

そのことに私は救われるような思いでした。

人間って、どんな時も孤独ではないのかもしれない。

どんな時でも、人の悲しみには共感できる心を持った存在なんだ。

そう思った時、つまらない男のことで泣いていた自分が、今度は人間の素敵さに感動して泣いていました。

でも、もう泣くのはやめよう。元気を出そう。

私は紙片を大事に、定期入れの中にしまいました。

出典元: すべての人が幸せになる魔法の言葉たち

関連記事

飛行機雲(フリー写真)

きっと天国では

二十歳でヨーロッパに旅をした時の実話をいっちょう。 ルフトハンザの国内線に乗ってフランクフルト上空に居た時、隣に座っていたアメリカ人のじい様に話し掛けられた。 日本は良い国…

雪(フリー写真)

プライド

私には自分で決めたルールがある。 自分が悪いと思ったらすぐに『ごめんなさい』と言うこと。 私は元々意地っ張りで、自分が悪いと思っても『ごめんなさい』の一言が出ない。 …

倉庫(フリー写真)

おじさんとの約束

数年前の話です。 僕が大学生の頃、日雇いのアルバイトをしていました。 事務所に電話で翌日のアルバイトの予約をして、現場に行って働いていました。 主にやっていた仕事は…

赤信号

寄り添う心

中学時代、幼馴染の親友が目の前で事故死した。あまりに急で、現実を受け容れられなかった俺は少し精神を病んでしまった。体中を血が出ても止めずに掻きむしったり、拒食症になったり、「○○(亡…

ラジオ

ラジオから伝わる愛

私が子供の頃から、近所に住むご夫婦に可愛がられて育ちました。その夫婦には子供がおらず、私は幼いころから特別な存在でした。 おじさんは土建屋の事務員で無口な人ですが、優しさに溢れ…

タクシー(フリー写真)

母の愛

俺は母子家庭で育った。 当然物凄く貧乏で、それが嫌で嫌で仕方がなかった。 だから俺は馬鹿なりに一生懸命勉強して、隣の県の大きな町の専門学校に入ることができた。 そし…

ジッポ(フリー写真)

ジッポとメンソール

俺は煙草は嫌いだ。でも、俺の部屋には一個のジッポがある。 ハートをあしらったデザインは俺の部屋には合わないけど、俺はこのジッポを捨てる事は無いだろう。 一年前。いわゆる合コ…

ウェディングドレスを着た花嫁

大好きな娘へ

先日、俺の一人娘が嫁に行った。 目に入れても痛くない――。 そう自信を持って断言できるほど愛してきた、一人娘だった。 ※ 結婚式で娘は俺の前に立ち、はにかみな…

数式(フリー素材)

天才数学者の意志

人は彼のことを「神童」とも「天才」とも「未来を嘱望された若手数学者」とも形容する。 ただ一貫しているのは、彼の頭脳力と、それに劣らない人格に対する尊敬と敬愛だろう。 20…

戦闘機

戦場の軍医と従兵の絆

先日、私は大伯父の葬儀に参列しました。読経の声が静かに流れる中、私は大伯父がかつて語った、唯一の戦争の話を思い出していました。 医師であった大伯父は軍医として従軍し、フィリピン…