残された日記

公開日: ちょっと切ない話 | 恋愛 | 悲しい話

カップルの影

二年間付き合っていた彼に、突然別れを告げられました。

それは、彼の口から出たとは思えないほど酷い言葉で、心が引き裂かれるような別れでした。

どれだけ「まだ好きだ」と伝えても、彼は心を閉ざし、やがて音信不通となってしまいました。

失恋の痛みを抱えたまま過ごしていたある日、彼の友人から一本の連絡が入りました。

――彼が亡くなった、と。

それと同時に、彼が残していた日記を私に手渡してくれました。

『入院二日目。

昨日は周りのことが珍しくて、初体験ばかりだったけど、今日からは時間を持て余しそうだ。

こうして日記をつけてみるけど…まあ、オレのことだから続かないかもな。

N(私の名前)、今頃元気にしてるかな。

最後はあんなふうに傷つけてしまって、本当にごめん。

でも、新しい男でも見つけて、幸せになってくれてたらいいな』

私は彼が病気だったことも、入院していたことも、何一つ知らされていませんでした。

そのことが信じられず、ただ夢中で日記を読み続けました。

そこには、彼の想いが、私への気持ちが、あふれるように綴られていました。

『今日、テレビでディズニーランドの特集をやってた。

Nと一緒に行った時のこと、思い出した。

あいつ、買い物好きすぎて疲れたなぁ…なんて思ってたけど、帰り際にこっそり買ってくれてたミッキーは本当に嬉しかった。

今でも枕元にあるんだ。でも友達にバレるとからかわれるから、来る時はちゃんと隠してる。

別れちゃったけど、今でも…好きなんだよな』

『夢にNが出てきた。半年ぶりだ。

たいした夢じゃなかったけど、普通に喋った。それだけで、ものすごく幸せだった。

なんで目、覚めちゃったんだろ。

今頃、Nは誰と笑ってるんだろうな。なんか、宇多田の歌みたいだ』

それはもはや日記ではなく、私だけに向けられた手紙のようでした。

『やっぱりNが好きだぁぁぁ。忘れられねぇぇぇぇぇ。

日常のすべてにNが出てくるんだよう。

ばかやろぉぉぉぉぉぉ』

そして、次のページが、最後でした。

『オレは、もうすぐ死ぬらしい。

医者ははっきり言わないけど、自分ではわかるもんなんだな。

治らない病気だと聞かされてから、もう一年か。案外、長く生きたのかもしれない。

それでも……ダメだ。もっと生きたかった。

もっと、Nと一緒にいたかった。

入院中、ずっと考えていた。

なんであんな酷い言葉で振ってしまったのか。後悔ばかりだった。

でも、完治の可能性はないし、Nに人生を棒に振らせるわけにはいかない。

Nは綺麗だし、性格もいいから、すぐ次の幸せが訪れる。

――そう納得しようと何度も思った。

けれど、本音は違った。喋りたかった、会いたかった、まだ死にたくなかった。

フォアグラも食べてない、USJにも行ってない。

大学、卒業したかったし、母さんに親孝行もしたかった。

ベタだけど、父さんと一緒に酒を飲みたかった。

Nを、もっと抱きしめたかった。結婚して、子どもが欲しかった。

おじいちゃんとおばあちゃんになっても、ずっと手を繋いでいられる夫婦になりたかった。

――Nに、逢いたい。

だけど、もう叶わない。

死ぬときは笑って逝きたいと思ってたけど、本音は……辛すぎる。

N、やっぱり、まだまだ愛してる。

どうか、オレのことは忘れて……幸せになれよ』

涙が止まりませんでした。

彼は、私のことを最後まで想っていてくれた。

けれど私は、自分のことばかりを見て、彼の体のことも、心のことも、何一つ気づけなかった。

なぜ、彼は死んでしまったの?

私には、彼しかいなかったのに。

友人によれば、この日記は病院のゴミ箱から拾ったものだそうです。

きっと、私には見つからないように――そう思って捨てたのでしょう。

でも、私にはこれほどまでに私を想ってくれる人は、もう他にいません。

葬式には行けませんでした。

明日は、彼の一周忌です。

最初は、自暴自棄になっていた私でしたが――

今は、彼の願いに応えるため、幸せになろうと心に誓っています。

関連記事

夫婦の後ろ姿

娘になった君へ

俺が結婚したのは、20歳のときだった。 相手は1歳年上の妻。学生結婚だった。 二人とも貧乏で、先の見えない毎日だったけれど、それでも毎日が幸せだった。 ※ 結…

赤ちゃんの手

天国に持っていく思い出

「天国にどのシーンを持って行きたい?」と高校生の時、何気なく母に尋ねたことがあります。 「アンタが生まれた瞬間かな」と、母は即答しました。 私たち家族は決して裕福ではあり…

遠足用具(フリー素材)

遠足のおやつ

小学生の頃、母親が入院していた時期があった。 それが俺の遠足の時期と重なってしまい、俺は一人ではおやつも買いに行けず、戸棚に閉まってあった食べかけのお茶菓子などをリュックに詰め込…

犬(フリー写真)

愛犬が繋いだ絆

11年間、飼っていた愛犬が亡くなった。 死ぬ前の半年間、自分はろくに家に帰らず、世話も殆どしなかった。 その間にどんどん衰えて行っていたのに、あまり見ることも触ることもなく…

零戦(フリー写真)

特攻隊の父の願い

素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。 私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。 素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、住代…

女性(フリー写真)

見守ってる

昨日、恋人が死んだ。 病気で苦しんだ末、死んだ。 通夜が終わり、病院に置いて来た荷物を改めて取りに行ったら、その荷物の中に俺宛の手紙が入っていた。 そこには、 …

スマホ

傷つけて気づいた愛

私は4年間、妻を裏切り続けた。ネットで出会った女性との不倫関係に溺れていたのだ。彼女との関係は、私がずる賢く立ち回り、妻には秘密のまま続いていた。妻はいつも遅い帰宅にも笑顔で迎えてく…

従軍(フリー写真)

祖父の傷跡

俺の爺さんは戦地で足を撃たれたらしい。 撤退命令が出て皆急いで撤退していたのだが、爺さんは歩けなかった。 隊長に、 「自分は歩けない。足手まといになるから置いて行って…

コザクラインコ(フリー写真)

ぴーちゃんとの思い出

10年前に飼い始めた、コザクラインコのぴーちゃん。 ぴーちゃんという名前は、子供の頃からぴーぴー鳴いていたから。 ぴーちゃんは、飛行機に乗って遠く九州から東京にやって来ま…

ろうそくの火(フリー写真)

ろうそくの火と墓守

急な坂をふうふう息を吐きながら登り、家族のお墓に着く。 風が強いんだ、今日は。 春の日差しに汗ばみながら枯れた花を除去して、生えた雑草を取り、墓石を綺麗に拭く。 狭い…