残された日記

二年間付き合っていた彼に、突然別れを告げられました。
それは、彼の口から出たとは思えないほど酷い言葉で、心が引き裂かれるような別れでした。
どれだけ「まだ好きだ」と伝えても、彼は心を閉ざし、やがて音信不通となってしまいました。
失恋の痛みを抱えたまま過ごしていたある日、彼の友人から一本の連絡が入りました。
――彼が亡くなった、と。
それと同時に、彼が残していた日記を私に手渡してくれました。
※
『入院二日目。
昨日は周りのことが珍しくて、初体験ばかりだったけど、今日からは時間を持て余しそうだ。
こうして日記をつけてみるけど…まあ、オレのことだから続かないかもな。
N(私の名前)、今頃元気にしてるかな。
最後はあんなふうに傷つけてしまって、本当にごめん。
でも、新しい男でも見つけて、幸せになってくれてたらいいな』
※
私は彼が病気だったことも、入院していたことも、何一つ知らされていませんでした。
そのことが信じられず、ただ夢中で日記を読み続けました。
そこには、彼の想いが、私への気持ちが、あふれるように綴られていました。
※
『今日、テレビでディズニーランドの特集をやってた。
Nと一緒に行った時のこと、思い出した。
あいつ、買い物好きすぎて疲れたなぁ…なんて思ってたけど、帰り際にこっそり買ってくれてたミッキーは本当に嬉しかった。
今でも枕元にあるんだ。でも友達にバレるとからかわれるから、来る時はちゃんと隠してる。
別れちゃったけど、今でも…好きなんだよな』
※
『夢にNが出てきた。半年ぶりだ。
たいした夢じゃなかったけど、普通に喋った。それだけで、ものすごく幸せだった。
なんで目、覚めちゃったんだろ。
今頃、Nは誰と笑ってるんだろうな。なんか、宇多田の歌みたいだ』
※
それはもはや日記ではなく、私だけに向けられた手紙のようでした。
※
『やっぱりNが好きだぁぁぁ。忘れられねぇぇぇぇぇ。
日常のすべてにNが出てくるんだよう。
ばかやろぉぉぉぉぉぉ』
※
そして、次のページが、最後でした。
※
『オレは、もうすぐ死ぬらしい。
医者ははっきり言わないけど、自分ではわかるもんなんだな。
治らない病気だと聞かされてから、もう一年か。案外、長く生きたのかもしれない。
それでも……ダメだ。もっと生きたかった。
もっと、Nと一緒にいたかった。
入院中、ずっと考えていた。
なんであんな酷い言葉で振ってしまったのか。後悔ばかりだった。
でも、完治の可能性はないし、Nに人生を棒に振らせるわけにはいかない。
Nは綺麗だし、性格もいいから、すぐ次の幸せが訪れる。
――そう納得しようと何度も思った。
けれど、本音は違った。喋りたかった、会いたかった、まだ死にたくなかった。
フォアグラも食べてない、USJにも行ってない。
大学、卒業したかったし、母さんに親孝行もしたかった。
ベタだけど、父さんと一緒に酒を飲みたかった。
Nを、もっと抱きしめたかった。結婚して、子どもが欲しかった。
おじいちゃんとおばあちゃんになっても、ずっと手を繋いでいられる夫婦になりたかった。
――Nに、逢いたい。
だけど、もう叶わない。
死ぬときは笑って逝きたいと思ってたけど、本音は……辛すぎる。
N、やっぱり、まだまだ愛してる。
どうか、オレのことは忘れて……幸せになれよ』
※
涙が止まりませんでした。
彼は、私のことを最後まで想っていてくれた。
けれど私は、自分のことばかりを見て、彼の体のことも、心のことも、何一つ気づけなかった。
なぜ、彼は死んでしまったの?
私には、彼しかいなかったのに。
※
友人によれば、この日記は病院のゴミ箱から拾ったものだそうです。
きっと、私には見つからないように――そう思って捨てたのでしょう。
でも、私にはこれほどまでに私を想ってくれる人は、もう他にいません。
葬式には行けませんでした。
※
明日は、彼の一周忌です。
最初は、自暴自棄になっていた私でしたが――
今は、彼の願いに応えるため、幸せになろうと心に誓っています。