抱き締められなかった背中

公開日: 恋愛 | 悲しい話

恋人同士(フリー写真)

私が中学生の時の話です。

当時、私には恋人のような人が居た。

『ような』というのは、付き合う約束はしていたけど、まだ付き合い始めていない状況だったため。

子供ながらに色々と身の回りに問題を抱えてた私たちは、全て落ち着いたら付き合おうねと言っていた。

毎日メールの遣り取りをして、偶にお互いの家を親にバレないように行き来し、子供の癖に背伸びした行為をして、一緒のベッドで笑い合っていた。

その日もいつものように彼が私の家に来て、親がそろそろ帰って来るからということで、夕方には彼を帰した。

その時、部屋で身支度を整える彼を見守っていたのだけど、何か無性に帰らせたくないと言うか、離れたくないな…と思った。

駄々をこねていた訳ではない。

今までこんな感覚は無かった。

そして無性に抱き着きたいと思った。

でも、彼が

「んじゃー俺行くね。また来週な!」

と言うので『ああ、何だ。いつも通りじゃん』と思った。

外まで見送り、彼が自転車に跨って、くしゃっと笑い頭を撫でてくれた。

「そんな寂しい顔すんなって、また会えるだろ!」

最後にキスしてくれた。

「じゃあな!」

と手を振り、私は彼が見えなくなるまで見送った。

それから一週間くらい経った頃かな。

塾で夜に授業を受けていたら、ふと彼の香水の匂いがした。

妙な胸騒ぎがした。

帰宅後、当時は塾で5時間以上勉強をしていたから、疲れてすぐに寝た。

翌朝、お母さんとご飯を食べながらニュースを見ていたら、突然彼の名前が読み上げられた。

画面に目をやると、ぐしゃぐしゃに変形した彼の自転車と、彼の携帯電話。そして割れたガラスと、血だらけの車が映っていた。

飲酒運転の車に撥ねられたとのことだった。

訳が解らなくて、失神した。

葬式の時も、心ここに在らずという感じで、ずっと泣いていた。

遺影を見ても実感なんて湧かなかった。

後に警察関係の知り合いから聞いたのだけど、赤信号の手前にはブレーキ痕も無く、横断歩道を青で渡っていた彼は猛スピードで突っ込んで来た車に30メートル近く撥ね飛ばされ、上半身と下半身が腰から離れていたらしい。

それでも即死ではなく、2時間近く頑張ったらしい。

私が彼の匂いを感じたのは、ちょうどその事故が起きた時間だった。

きっと、最期に会いに来てくれたのだろうと思う。

時間が経ち、心が少し落ち着いて来てからそう考えると、また涙が止まらなくなった。

戻って来てくれる気がして、彼の携帯にメールをしたりした。

返事なんて来る訳が無かった。

しかしある日、彼のお母さんが返事をくれた。

私のことを心配してくれて、会って話を聞いてくれた。

その時に、彼のお母さんの口から詳しく事故のことを聞き、もう何も言えなかった。

二人で泣きながら、

「彼の分まで生きます」

と約束した。

飲酒運転の無責任な運転手のせいで、15歳の命が奪われたと考えると、数年経った今でも怒りが湧いて止まりません。

彼のことは忘れられないし、今でも愛してる。

何であの時、抱き締めなかったのかな…とか、もっと電話で好きって言えば良かったとか、今でも色々考えてしまう。

しかし彼に自慢出来るように、いつかはちゃんと幸せになりたいな。

この事故を受けて、バカな周りの奴から

「お前が連絡したから、それを見ていて撥ねられたんだ」「お前と出会わなきゃ、あいつは死ななかった」

などと下らないこと言われたり、虐められたりもした。

でも彼のお母さんや、他校の彼の仲間たちの手助けもあり、どうにか乗り越えてちゃんと社会に出ています。

何を言われても、彼は私の大切な人です。

彼と出会えたことは、私の人生の宝物です。

出会ってくれて、見つけてくれて、ありがとう。

どうか、安らかに眠って下さい。

いつか私がそっちに行った時は。

貴方は中学生の見た目のままかもしれないけど、老けた私をどうかもう一度、あの頃みたいに抱き締めてね。

私、貴方のためにもう少し頑張って生きてみるから。

あの日、抱き締められなかった背中に、もう一度触れさせてください。

関連記事

カップル(フリー写真)

人の大切さ

私は生まれつき体が弱く、よく学校で倒れたりしていました。 おまけに骨も脆く、骨折6回、靭帯2回の、体に関して何も良いところがありません。 中学三年生の女子です。 重…

手を組む女性(フリー写真)

恋人からの手紙

昨日、恋人が死んじゃったんです。病気で。 そしたらなんか通夜が終わって、病院に置いて来た荷物とか改めて取りに行ったら、その荷物の中に俺宛ての手紙が入ってたんです。 で、よく…

病室

足りない時間

私は医師として、人の死に接する機会が少なくありません。しかし、ある日の診察が、私の心を特別に痛めつけました。 少し前、一人の若者に余命宣告をすることになりました。 「誠に…

学校(フリー背景素材)

たくちゃん

その人は一個上の先輩で、同級生や後輩からも『たくちゃん』と呼ばれていた。 初めて話したのは小学校の運動会の時。 俺の小学校は、全学年ごちゃ混ぜで行われる。俺は青組みだった。…

手をつなぐカップル(フリー写真)

未来への遺言

私の初恋の人、かつての彼氏がこの世を去りました。 若さゆえに我儘を尽くし、悔いが残る行為ばかりでした。 ある日、突如として「別れて欲しい」と告げられ、私は意地を張って「い…

ゲームセンター(フリー写真)

嬉しそうな笑顔を

うちのゲーセンに、毎日のように来ていたお前。 最近全然見ないと思ったら、やっと理由が判ったよ。 この前、お前の母ちゃんが便箋を持って挨拶に来たんだよ。 こちらで良くお…

カップル(フリー写真)

気付かないふり

一昨年の今日、告白しました。生まれて初めての告白でした。 彼女は全盲でした。 それを知ったのは、彼女が弾くピアノに感動した後の事でした。 俺は凄くびっくりしました。そ…

合格祈願の絵馬(フリー写真)

もう戻って来ない彼女

大好きだった彼女と別れた。 理由はシンプル。 俺が早稲田に落ちて浪人が決定したから。 「二人とも大学卒業したら結婚しようね」 こう言ってくれた彼女。 でも…

洗濯バサミ

そのままの部屋

4年前、会社の友人が交通事故で奥さんと4歳の長男を失いました。飲酒運転の車が彼らを轢いたのです。ニュースでも大きく取り上げられるほどの痛ましい出来事でした。加害者家族も辛い日々を過ご…

柴犬

俺とナツ

「しつこいな!近寄んな!」…今でも後悔してる。お前にあんなことを言ってしまったこと。 俺が小学4年生になった時、親が犬を飼ってくれた。柴犬だ。人懐こいから名前は「ナツ」。 …