夏の記憶、婆ちゃんとツトム

公開日: 心温まる話

夏のスイカ(フリー写真)

昨年の夏、私は高知を訪れた。

熱波が街を包み、頭がクラクラするほどだった。

R439を目指して進む中、中村市の近くに来た。

そこには、一人の婆ちゃんがビーチパラソルの下、スイカとトマトを売っていた。

その場面に引き込まれ、バイクを停めて近づいた。

「おばあちゃん、こちらで食べても大丈夫ですか?」と尋ねると、

彼女は笑顔で頷き、スイカを切り分けてくれた。

冷たくて甘いスイカは、夏の渇きを癒してくれた。

「トマトもいかが?」と優しく勧められ、

真っ赤なトマトを一口食べたとき、彼女は言った。

「ツトム、今日は学校休みなのかしら?」

彼女の瞳には遠くの日々が映っていた。

彼女が混乱していることに気づくのに、少し時間がかかった。

「そうだよ、これから学校へ行くんだ」と答えると、彼女は優しく微笑みながら

「ツトムはよく勉強していた」と言った。

夏の青い空の下、時がゆっくりと流れていた。

風が草の匂いを運び、私たちの周りは静寂に包まれていた。

私は、彼女の話の中の「ツトム」が誰なのかを考えながら、

その場にいることの幸福を感じた。

夏が再びやってくる。

あの婆ちゃんは、再びスイカを売っているだろうか。


note 開設のお知らせ

いつも当ブログをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
今後もこちらでの更新は続けてまいりますが、note では、より頻度高く記事を投稿しております。

同じテーマの別エピソードも掲載しておりますので、併せてご覧いただけますと幸いです。

note版では広告が表示されず、長編や特選記事を快適にお読みいただけます。
さらに初月無料の定期購読マガジン(月額500円)もご用意しており、読み応えあるエピソードをまとめて楽しむことができます。

泣ける話・感動の実話まとめ - ラクリマ | note

最新情報は ラクリマ公式 X アカウント にて随時発信しております。ぜひフォローいただけますと幸いです。

関連記事

昼寝中の猫(フリー写真)

ずうずうしい野良猫

お悩み相談 Q. 通って来る野良猫が大変ずうずうしく、困っています。 始めは家の外でみゃーみゃー鳴いて飯をねだる程度だったのですが、この寒空の下では辛かろうと一度玄関に泊め…

駅のホーム

旅で得た千円札

学生時代、ほとんどお金を持たずに貧乏旅行に出た私。帰りの寝台列車の切符を買ったら、残金はわずか80円になってしまった。食事をしていないのは丸一日、家に着くまではまだ36時間以上ある。…

豚骨ラーメン(フリー写真)

父の記憶

俺の父は、俺が6歳の時に死んでしまった。 ガンだった。 確か亡くなった当時の年齢は34歳だったと思う。 今思えばかなりの早死にだった。 呆気なく死んでしまった…

青い花(フリー写真)

良い香りに包まれる

小さい頃から、寂しかったり悲しかったり困ったりすると、何だか良い香りに包まれるような気がしていた。 場所や季節が違っても、大勢の中に居る時も一人きりで居る時もいつも同じ香りだから…

キッチン(フリー写真)

最高に幸せなこと

私は小さな食堂でバイトをしています。 その食堂は夫婦と息子さんで経営。バイトは私だけの合計四人で働いています。 基本的に調理は旦那さんと息子さんがやっているのですが、付け合…

子猫(フリー写真)

こはくちゃん

彼女を拾ったのは、雪がちらほらと舞う寒い2月の夜。 友人数人と飲みに行った居酒屋でトイレに行った帰り、厨房が騒がしかったので『何だ?』と思ったら、小さな子猫を掴んだバイトが出て来…

夫婦の手(フリー写真)

私は幸せでした

文才が無いため酷い文になると思いますが、少し私の話に付き合ってください。 24歳の時、私は人生のどん底に居ました。 6年間も付き合って婚約までした彼には、私の高校時代の友人…

赤信号

寄り添う心

中学時代、幼馴染の親友が目の前で事故死した。あまりに急で、現実を受け容れられなかった俺は少し精神を病んでしまった。体中を血が出ても止めずに掻きむしったり、拒食症になったり、「○○(亡…

蒸気機関車(フリー写真)

まるで紙吹雪のように

戦後間もない頃、日本人の女子学生であるA子さんがアメリカのニューヨークに留学しました。 戦争直後、日本が負けたばかりの頃のことです。人種差別や虐めにも遭いました。 A子さ…

病院(フリー素材)

みほちゃんという子

看護学生の頃、友達と遊びに行った先で交通事故を目撃しました。 勉強中の身ではあったのですが、救急隊員が駆け付けるまでの間、友人の手も借りながら車に撥ねられた女の子の応急処置をしま…