夏の記憶、婆ちゃんとツトム

公開日: 心温まる話

夏のスイカ(フリー写真)

昨年の夏、私は高知を訪れた。

熱波が街を包み、頭がクラクラするほどだった。

R439を目指して進む中、中村市の近くに来た。

そこには、一人の婆ちゃんがビーチパラソルの下、スイカとトマトを売っていた。

その場面に引き込まれ、バイクを停めて近づいた。

「おばあちゃん、こちらで食べても大丈夫ですか?」と尋ねると、

彼女は笑顔で頷き、スイカを切り分けてくれた。

冷たくて甘いスイカは、夏の渇きを癒してくれた。

「トマトもいかが?」と優しく勧められ、

真っ赤なトマトを一口食べたとき、彼女は言った。

「ツトム、今日は学校休みなのかしら?」

彼女の瞳には遠くの日々が映っていた。

彼女が混乱していることに気づくのに、少し時間がかかった。

「そうだよ、これから学校へ行くんだ」と答えると、彼女は優しく微笑みながら

「ツトムはよく勉強していた」と言った。

夏の青い空の下、時がゆっくりと流れていた。

風が草の匂いを運び、私たちの周りは静寂に包まれていた。

私は、彼女の話の中の「ツトム」が誰なのかを考えながら、

その場にいることの幸福を感じた。

夏が再びやってくる。

あの婆ちゃんは、再びスイカを売っているだろうか。

関連記事

戦時中

靖国での再会

俺の爺さんは戦地で足を撃たれたらしい。 撤退命令が出て皆急いで撤退していたのだが、爺さんは歩けなかった。 隊長に、「自分は歩けない。足手まといになるから置いて行って下さい…

乾杯(フリー写真)

俺の夢

僕達兄弟には元々親が居らず、養護施設で育ちました。 3つ上の兄は、中学を出るとすぐに鳶の住み込みで見習いになり、その給料は全て貯金していました。 そのお金で僕は私立の高校を…

赤ちゃんの手を握る母(フリー写真)

お母さんありがとう

昨日、午前4時22分に母が亡くなった。 風邪ひとつ引かない元気な母だった。 僕が幼稚園に入る頃には、もう父は居なかった。 借金を作って逃げたらしい。 母は早朝4…

父と子(フリー写真)

俺には母親がいない。 俺を産んですぐ事故で死んでしまったらしい。 産まれた時から耳が聞こえなかった俺は、物心ついた時にはもう既に簡単な手話を使っていた。 耳が聞こえな…

夕方の教室(フリー背景素材)

校長先生の名授業

私が考える教育の究極の目的は『親に感謝、親を大切にする』です。 高校生の多くは、今まで自分一人の力で生きて来たように思っている。 親が苦労して育ててくれたことを知らないんで…

ビル

予期せぬ守り神

内定式で初めて彼女と出会った。彼女は私たちの同期だった。 彼女は聡明の代名詞のような人だった。学生時代の論文で賞を受けるほどの才女で、周囲からは期待の新星と見なされていた。 …

診療所(フリー写真)

今は亡き僕の先生

僕は幼い頃から病弱で、いつも何かしらの病気にか罹っていた。 例えば、喘息、熱、インフルエンザなど。 そのような時はいつも診療所の先生に診ていただいていた。 その先生…

味噌焼きおにぎり(フリー写真)

祖母の味噌焼きおにぎり

僕には祖母がいる。 祖父は僕が生まれる前に亡くなった。 だから、祖母は大変だったらしい。 祖父は保険に入っておらず、残されたのは煙草畑と田んぼと仔牛くらいだった。 …

自衛隊員の方々(フリー写真)

直立不動の敬礼

2年前、旅行先での駐屯地祭での事。 例によって変な団体が来て、私は嫌な気分になっていた。 するとその集団に向かって、一人の女子高生とおぼしき少女が向かって行く。 少女…

シロツメグサ

手話で結ぶ絆

私たちの娘は3歳で、ほとんど聞こえません。 その現実を知った日、私と妻はただただ涙に暮れました。繰り返し泣きました。 難聴という言葉が娘を別の世界の生き物に見せてしまうほ…