乗客全員の拍手

もう二十年ほども前の、十二月も半ばを過ぎた頃の話です。

その冬、私は体を壊して、町外れの大きな病院へ、週に二度通っていました。長く続く治療に、心も体も、すっかり疲れてしまっていた頃でした。

病院の帰り道、私はいつも、なんとも言えない、沈んだ気持ちを抱えていました。よくならない自分の体に、世間の片隅で、ただ迷惑をかけているだけのような気がして、肩身が狭かったのです。

あの日は、朝から空が低く垂れこめて、今にも雪が降り出しそうな、鉛色の、とても寒い日でした。

その頃の私は、自分の体が思うようにならないことが、ただただ、情けなくて仕方ありませんでした。働き盛りの歳なのに、平日の昼間から病院に通い、人混みを避けるように、うつむいて歩く毎日。

その日の診察でも、思うような結果は出ませんでした。会計を待つ長い廊下で、私は、ため息ばかりついていました。

そんな私に、顔なじみになっていた、若い看護師さんが、そっと声をかけてくれました。

「寒くなりますから、どうぞ、暖かくして帰ってくださいね」

なんでもない一言でした。けれど、その日の私には、その小さな気づかいさえ、胸に沁みるほど、ありがたく感じられたのです。

昼過ぎに診察を終えた私は、いつものバス停から、家へ向かうバスに乗りました。

車内に空席はなく、私は前の乗降口の脇に立って、ぼんやりと窓の外を眺めていました。灰色の街並みが、ゆっくりと、後ろへ流れていきました。

暖房がよく効いていて、外でかじかんだ指先が、車内の温かさに、少しずつほどけていくようでした。その心地よさに、私は、つかのま目を閉じました。

目を閉じると、まぶたの裏に、これまでの治療の日々が、ぼんやりと浮かんできました。良くなったり、悪くなったりを繰り返す体に、私は、いつのまにか、心まですり減らしていました。

誰かに優しくされるたびに、申し訳なさが先に立つ。そんな、ひねくれた気持ちにさえ、なっていたのです。

長く病と付き合っていると、心まで冷えきってしまう日があります。あの日の私も、どこか投げやりな気持ちのまま、ただ揺れるバスに、身を任せていました。

いくつ目かのバス停で、ドアが開きました。

そこは、別の総合病院の前でした。帰りの患者さんたちなのでしょう、お年寄りを中心に、どっと大勢の人が乗り込んできました。

車内は、あっという間に満員になりました。人いきれと暖房とで、さっきまでの心地よさは、どこかへ消えてしまいました。

私は、誰かの肩にぶつからないよう、手すりにつかまって、小さく身を縮めていました。

すぐ隣には、大きな荷物を抱えた、お年寄りの女性が立っていました。揺れるたびに、よろけそうになるその方に、私は思わず「大丈夫ですか」と、肩を支えました。

「ありがとうねえ。年をとると、踏ん張りがきかなくて」

その方は、しわの寄った顔で、にっこりと笑ってくれました。冷えきっていた車内に、その笑顔だけが、ぽつんと、温かいもののように感じられました。

バスが、ふたたび静かに走り出したときでした。

後ろのほうから、火がついたような、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。

姿は見えませんでしたが、ぎゅうぎゅう詰めの、この熱気の中です。小さな赤ちゃんにとっては、さぞ苦しく、心細かったことでしょう。

泣くよりほかに、その苦しさを伝える術が、なかったのだと思います。

満員の人いきれと、効きすぎた暖房。大人の私でさえ、息苦しさを覚えるほどでした。生まれて間もない赤ちゃんには、それはきっと、耐えがたいものだったでしょう。

お母さんが、あやす声も聞こえてきました。けれど、泣き声は、いっこうにやみませんでした。むしろ、あやされるほどに、心細さが募るのか、その声は、ますます大きくなっていくようでした。

泣き声を乗せたまま、バスは、町の中心へと走り続けました。

困ったことに、車内の空気が、少しずつ、ぴりぴりと張りつめていくのが分かりました。

あからさまに舌打ちをする人は、いませんでした。けれど、誰もが、わざとらしいほど見て見ぬふりをして、じっと窓の外や、自分の足もとを見つめていました。

その、よそよそしい沈黙が、かえって、後ろにいるであろう若いお母さんを、追い詰めているように、私には思えてなりませんでした。

泣き声が大きくなるたびに、お母さんの「すみません、すみません」と謝る、小さな声が、人の隙間から、切れ切れに聞こえてきました。

その声は、だんだんと、震えを帯びていきました。きっと、まわりの空気の冷たさを、誰よりも敏感に、感じ取っていたのでしょう。

きっと、いちばん肩身の狭い思いをしているのは、あのお母さんなのに。私は、自分のことのように、胸が苦しくなりました。

病院で、迷惑をかけているように感じていた、あの日の私自身と、その人が、どこか重なって見えたのかもしれません。

次のバス停に着き、何人かが降りていきました。

最後の人が、ステップを降りようとした、そのときでした。後ろのほうから、若い女の人の、切羽詰まった声が聞こえました。

「すみません……っ、降ります……!」

その人は、立ち並ぶ人の間を、申し訳なさそうに縫うようにして、前へ、前へと進んできました。

近づいてくる泣き声で、ああ、あの赤ちゃんを抱いた、お母さんだ、と分かりました。

その人は、まだ二十歳を少し過ぎたくらいの、若いお母さんでした。慣れない手つきで赤ちゃんを抱え、大きな荷物を肩にかけて、ひどく疲れた様子でした。

きっと、初めての子育てに、毎日、必死だったのだろうと思います。その細い肩に、私は、思わず、自分の母の姿を、重ねていました。

運転手さんの横まで来たお母さんが、うつむいたまま、料金を払おうとしました。

すると運転手さんは、料金箱から目を上げて、穏やかに、こう尋ねました。

「お客さん、どちらまで、行かれますか」

お母さんは、消え入りそうな、小さな声で答えました。

「駅前まで、行きたいのですが……子供が、泣いて……。皆さんに、ご迷惑なので、ここで、降ります」

うつむいたその横顔を、私は、すぐ近くで、はっきりと見ました。

それは、泣くまいと、唇を噛みしめて、必死にこらえている顔でした。腕の中の赤ちゃんを、守るように、きつく抱きしめていました。

運転手さんは、しばらくの間、黙っていました。

その沈黙は、お母さんを責めるための沈黙では、ありませんでした。どう言葉をかけるのが、いちばんこの人を傷つけずに済むか。それを、静かに、選んでいるような間でした。

それから、マイクではなく、お母さんにだけ聞こえるような、穏やかな声で言いました。

「ここから駅前まで、この寒い中を、赤ちゃんと歩くのは、大変ですよ。どうぞ、終点まで、乗っていってください」

お母さんが、何か言いかけたとき、運転手さんは、おもむろにマイクのスイッチを入れました。

低い、けれど、よく通る声が、満員の車内に、静かに響きわたりました。

「皆さん、少しだけ、お聞きください」

張りつめていた車内の空気が、しん、と静まり返りました。みんなが、何ごとかと、運転席のほうを見ました。

「こちらの、若いお母さんは、駅前まで行かれます。けれど、赤ちゃんが泣いて、皆さんにご迷惑だからと、この寒い中、ここで降りようとされています」

運転手さんは、一度言葉を切って、ゆっくりと続けました。

その声には、お母さんを気づかう、温かさがにじんでいました。叱るのでも、命じるのでもなく、ただ、みんなの心に、そっと語りかけるような声でした。

「子供というのは、小さいうちは、泣くものです。赤ちゃんは、泣くのが仕事です」

「どうか皆さん、ほんの少しの間だけ、このお母さんと赤ちゃんを、一緒に乗せていって、あげてくれませんか」

私は、どうしていいか、分かりませんでした。

きっと、ほかの人たちも、同じだったと思います。誰も、何も言いませんでした。

気まずいような、それでいて、何かを待っているような、長い数秒が、流れました。

赤ちゃんの泣き声だけが、車内に、響いていました。

運転手さんも、何も言いませんでした。ただ、まっすぐ前を向いて、信号が変わるのを待っていました。その背中が、なぜか、とても大きく見えました。

誰かが、口火を切ってくれないだろうか。きっと、車内の多くの人が、そう願いながら、けれど、自分から動く勇気は持てずにいたのだと思います。私も、その一人でした。

そのときでした。

私のすぐ後ろに立っていた、白髪の、小柄なおじいさんが、ぱちん、と、大きく手を打ち鳴らしたのです。

はっとして振り返ると、おじいさんは、まっすぐ前を見たまま、もう一度、ぱちん、と手を叩きました。

飾り気のない、節くれだった手でした。長年、働いてきた人の手だと、ひと目で分かりました。

その拍手は、決して大きな音ではありませんでした。けれど、しんと張りつめた車内では、それは、何よりもまっすぐに、人の心に届く音でした。

その一つの拍手に、つられるように、誰かが手を叩きました。それは、すぐに二つになり、三つになりました。

気がつくと、満員のバスの乗客全員の拍手が、運転手さんへの、そして、あの親子への、温かな返事に、なっていたのです。

若いお母さんは、赤ちゃんを抱きしめたまま、何度も、何度も、深く頭を下げていました。

その肩が、小さく、震えていました。今度は、こらえきれずに、こぼれた涙だったのだと思います。

つい先ほどまで、迷惑をかけまいと、必死に身を縮めていた人です。その人が、たくさんの優しさに包まれて、ようやく、ほっと肩の力を抜けたのでしょう。

赤ちゃんを抱く腕に、さっきまでとは違う、安らかな力がこもっているのが、遠目にも分かりました。

「……ありがとう、ございます。本当に、ありがとうございます」

頭を下げるそのお母さんに、近くにいた何人かが、「気にしないで」「ゆっくりしてね」と、口々に、やわらかな声をかけていました。

さっきまで、よそよそしく黙り込んでいた、その同じ人たちが、です。きっと、誰の心の中にも、優しさは、ちゃんとあったのです。ただ、それを差し出すきっかけを、みんな、待っていただけなのだと思いました。

消え入りそうだったその声が、拍手の中で、確かに、私の耳に届きました。

不思議なことに、あれほど火がついたように泣いていた赤ちゃんが、お母さんの腕の中で、少しずつ、泣きやんでいきました。

安心が、伝わったのでしょうか。やがて、すうすうと、寝息さえ聞こえてくるようでした。

その寝息を聞いて、車内のあちこちから、ほっとしたような、小さな笑い声が、こぼれました。さっきまでの、あの張りつめた空気が、まるで嘘のようでした。

隣のお年寄りの女性が、「よかったねえ」と、誰にともなく、つぶやきました。私も、心の中で、深くうなずいていました。

窓の外では、とうとう、粉のような細かい雪が、舞い始めていました。

灰色だった景色が、白い雪に、やわらかく彩られていきました。

沈んでいたはずの私の胸の奥にも、その日、確かに、小さな灯が、ぽっと、ともりました。

見ず知らずの人どうしが、たった一人の親子のために、心を寄せ合う。そんな光景を、私は、それまで見たことがありませんでした。冷たいと思っていた世の中が、その瞬間、まるで違って見えたのです。

迷惑をかけているように感じて、肩身を狭くしていた私の心が、その拍手の音に、そっと、ほどけていくようでした。

あの白髪のおじいさんは、何ごともなかったかのように、次のバス停で、静かに降りていきました。

きっと、あの方も、誰かに、同じような優しさを、もらったことがあるのかもしれません。

私は、降りていくその背中に向かって、心の中で、深く頭を下げました。

たった一つの拍手がなければ、あのお母さんは、きっとあの寒い停留所で、降りてしまっていたでしょう。最初に手を打つには、勇気がいります。あのおじいさんは、その勇気を、迷わず差し出したのです。

誰かのために、最初の一歩を踏み出せる人に、私もなりたい。雪の中を遠ざかるその背中を見送りながら、私は、心から、そう思いました。

終点で、私もバスを降りました。

降り際、私は運転席の運転手さんに、小さく会釈をしました。運転手さんも、にっこりと、目で応えてくれました。

あの方は、きっと、いつもああして、困っている人に、さりげなく手を差し伸べているのでしょう。その自然なふるまいに、私は、本物の優しさを見た気がしました。

雪の舞う中を、家まで歩きながら、私は、さっきの光景を、何度も思い返していました。

誰かが、誰かのために、ただ一つ、手を打つ。たったそれだけのことが、凍えきった車内を、あんなにも温かくしたのです。

その温かさは、きっと、あのお母さんと赤ちゃんだけでなく、沈んでいた私のような人間の心まで、確かに救っていました。

あの一日のことを、私は、これまで誰にも、詳しく話したことがありませんでした。けれど、年を重ねるほどに、あの拍手の音が、胸の中で、いっそう大きく、温かく響くようになってきたのです。

今でも、寒い冬の日に、あの夕暮れのバスを思い出すと、私は、自然と目頭が熱くなります。

あの若いお母さんと、赤ちゃんは、いまごろ、どうしているでしょう。あの赤ちゃんも、もう、立派な大人になっている頃です。

あの日、バスの中で受け取った優しさを、あの子もまた、どこかで、誰かに手渡していてくれたら。そんなことを、私は、ときどき思うのです。

あれから、私の体は、おかげさまで、少しずつ良くなっていきました。

つらい治療の日々を、私が投げ出さずにいられたのは、あの日もらった、小さな灯のおかげだったような気がします。世の中は、捨てたものではない。そう思えたことが、私の支えになっていたのです。

そして、あの日の光景は、辛いことがあるたびに、私の心を、そっと支えてくれる、お守りのようなものになりました。

体の調子が悪くて、気持ちが沈んでしまう夜。人の冷たさに触れて、世の中が嫌になりそうな日。そんなとき、私は決まって、あのバスのことを思い出すのです。

世界には、まだ、こんなにも温かい瞬間があるのだと。あの満員のバスの中で、見ず知らずの人たちが、一人のお母さんのために、心を一つにしたのだと。そう思うだけで、私は、また少しだけ、前を向けるのでした。

人の優しさというものは、めぐりめぐって、思いがけないところで、誰かの心を温める。あのバスが、私に、そのことを教えてくれたのです。

あの拍手の音は、いまも、私のいちばん大切な、心に沁みる宝物に、なっています。

もし、いまの私が、あのバスに乗り合わせていたら。きっと、あの白髪のおじいさんのように、真っ先に手を打てる人で、ありたいと思います。

小さな勇気が、誰かの凍えた心を、温める。あの日のバスが教えてくれたことを、私は、これからも、忘れずにいたいのです。

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