市立図書館の児童書コーナーで、私は一冊の昆虫図鑑を棚に戻そうとして、手を止めました。
表紙の隅に、前の持ち主が貼ったらしい小さなラベルが残っていたのです。
「かわのいきもの」。
鉛筆の、力の入りすぎた拙い字。
その八文字を見た瞬間、三十年前の夏の匂いが、胸の奥からせり上がってきました。
川藻の青い匂いと、日に灼けた石の匂い。
堤防の草いきれと、誰かの麦わら帽子の汗の匂い。
私にも、あの人がいたのです。
隣の家に住んでいた、ひとつ年上の章にい。
私の人生でいちばん大切なことを教えてくれて、そして、私がいちばん粗末にしてしまった人。
※
私が育ったのは、町の真ん中を大きな川が流れる、古い河岸の町でした。
堤防の内側に瓦屋根の商店が肩を寄せ合い、夕方になると水面が銅色に光る。
渡し場の跡には石の常夜灯が残っていて、子どもたちはそこを基地と呼んでいました。
隣の家の章にいは、ひとつ年上なのに、私を子ども扱いしない人でした。
勉強ができて、泳ぎが速くて、それでいて自慢というものをしない。
通知表を見せ合っても、章にいは自分の五の数を数えず、私の三が四に増えたことを喜んでくれる。
一人っ子の私にとって、章にいは本物の兄以上の存在でした。
小学二年の誕生日に、章にいは新聞紙に包んだ細長いものをくれました。
開けると、黒い柄の虫眼鏡でした。
「これで川を見ると、世界が変わるぞ」
そう言って、章にいは得意げに笑いました。
お年玉を貯めて、駅前の文房具屋で買ってくれたのだと、あとでおばさんから聞きました。
それから二人で、堤防の下の浅瀬に何時間でもしゃがみ込むようになりました。
ヤゴの背中の、鎧のような節。
カワニナの殻の、鈍く光る渦。
ヒラタドロムシの、石に貼りつく奇妙に平たい体。
レンズの向こうで、見慣れた川は知らない星になりました。
章にいが自由帳に絵を描き、私が名前と見つけた場所を書き込む。
題して「川の生きもの図鑑」。
「全部で百種類見つけたら、完成な」
「百も居るかなあ」
「居るさ。居なかったら、居るまで探せばいい」
夕立の日には、常夜灯の陰で雨宿りをしました。
雷が鳴ると、章にいはさりげなく私の側に立ち、濡れた石の匂いのなかで平気な顔をしてみせる。
上級生に捕虫網を取り上げられた日も、章にいは先に立ってくれました。
「それ、こいつのだから。返して」
声を荒げるでもなく、ただまっすぐに相手の目を見て言う。
網は戻ってきて、私はその背中を、生涯忘れないだろうと思いました。
夏の終わりには、常夜灯に火を入れる小さな祭りがありました。
川面に映る提灯の列を、二人で堤防の上から眺めるのが決まりでした。
綿あめを分け合いながら、章にいはぽつりと言ったことがあります。
「この川、百年前もこうやって光ってたんだって。じいちゃんが言ってた」
「百年後も光ってるかな」
「光ってるさ。俺たちが爺さんになっても、ここで見ような」
約束というほどのものでもない、夜店の匂いに混ざって消えていくような軽い言葉でした。
けれど私は、その一言を、今もはっきり覚えています。
冬の川も、好きでした。
水が澄んで、夏には見えなかった深みの石まで見える。
かじかむ手に息を吹きかけながら、それでも二人はしゃがみ込んで、真冬のヤゴを探しました。
「寒くないの」と母に呆れられても、章にいと居る川辺は、不思議と寒くなかったのです。
夏の縁側で、氷を鳴らしながら飲むカルピスの味。
章にいの部屋の、日に灼けた畳の匂いと、水槽のぶくぶくという音。
あの頃の私は、そういう日々が永遠に続くと、疑いもしませんでした。
※
小学四年の秋のことでした。
図鑑の九十三番目を探しに行った帰り道、章にいが土手の途中で、急に膝をつきました。
ふざけているのだと思って笑った私に、章にいは笑い返そうとして、できませんでした。
紙のように白い顔。
額に浮かんだ、季節はずれの汗。
おぶって帰ろうとしましたが、ひとつ上の体は、私にはどうしても持ち上がりませんでした。
通りかかった魚屋のおじさんが、章にいを軽々と担いで、坂の上の医院まで走ってくれました。
あのときの、自分の腕の頼りなさを、今でも夢に見ることがあります。
その日から、章にいは町の外の大きな病院に入院しました。
病名は、誰も教えてくれませんでした。
「疲れが出ただけだよ」と、大人たちは口を揃えました。
面会に行った病院は、消毒液の匂いがして、廊下がどこまでも白かった。
ベッドの章にいは案外元気そうで、私は心底ほっとしたのを覚えています。
「図鑑、持ってきた」
「おう。九十三番、なんだった」
「サワガニ。石の下に居た」
「いいなあ。俺も早く見たい」
談話室の窓からは、遠くにあの川の堤防が、細い線になって見えました。
章にいはパジャマの袖をまくって、点滴の痕を自慢げに見せました。
「注射、もう慣れた。目をつぶらないで見てられるんだぜ」
強がりだと、子どもの私にもわかりました。
わかったけれど、私はすごいすごいと囃して、二人で笑いました。
帰り際、エレベーターの前まで見送りに来た章にいは、ドアが閉まる直前にひらひらと手を振りました。
白い廊下でひとりに戻っていく背中を、私はガラス越しに見ていました。
あの背中を思い出すたび、いま胸が痛むのは、後の私が何をしたかを知っているからです。
ふた月ほどで退院はできましたが、章にいは学校に滅多に来なくなりました。
外で遊ぶことも、お医者さんに止められたそうです。
だから私は、週末のたびに章にいの家へ上がり込みました。
畳にボードゲームを広げ、飽きると図鑑の続きを相談する。
「九十四番目、なににする」
「ゲンゴロウがまだだ」
「ゲンゴロウは上流の田んぼまで行かないと」
「じゃあ、治ったらな。約束」
川に行けない章にいは、縁側で虫眼鏡を空に向けていることがありました。
「何が見えるの」と聞くと、章にいは真顔で答えました。
「雲の裏っかわ。……冗談だよ。ただの光。でもさ、川に行けなくても、見るものは案外あるんだ」
レンズを覗かせてもらうと、ただの白い光がにじんで揺れているだけでした。
それでも章にいが見ていると言うなら、そこには何かがあるのだろうと、私は思っていました。
帰り際、章にいのお母さんは、いつも玄関の外まで送ってくれました。
「来てくれて、ありがとうね」
日暮れの路地で、深々と頭を下げられるのが、私は不思議でたまりませんでした。
近所のおばさんにも言われました。
「章くんと遊んであげて、えらいわねえ」
はあ、と気の抜けた返事をしながら、心の中で首をかしげました。
『友達の家で遊ぶのに、えらいも何もあるものか』
まだ、言葉の裏を読めない子どもでした。
そのうち治る。また一緒に川へ行ける。
章にいのお母さんも、うちの親も、そう言っていましたから。
※
異変にはっきり気づいたのは、五年生の冬でした。
章にいの部屋の枕に、髪の毛が幾筋も残るようになったのです。
こたつから出ている腕は、いつのまにか私のより細くなっていました。
日に灼けていたはずの肌は、障子紙のように白い。
並んで歯を磨くと、鏡の中の背丈は、私のほうが高くなっていました。
洗面所の水の冷たさと、章にいの咳の音を、今も冬になると思い出します。
その夜、夕飯の席で母にそのことを話すと、母は箸を置いて、長いこと黙りました。
「章くんはね、悪性リンパ腫という、難しい病気なんだよ」
アクセイリンパシュ、という音の連なりだけが、耳の奥に残りました。
意味は半分もわからないのに、母の顔を見たら、わかってしまいました。
章にいは、たぶん、長くない。
その日から、私は章にいの家に行けなくなりました。
どうしてなのか、当時の私は自分でもうまく言えませんでした。
今なら、言えます。
怖かったのです。
会うたびに細くなっていく腕を、間近で見るのが。
「治ったらな」という約束を、口にする自分が。
帰り際の「ありがとうね」に、なんと応えればいいのか、わからなくなっていくことが。
週末が来るたび、私はわざと遠くの友達と遊ぶ約束を入れました。
章にいの家の前を通らずに済む道ばかり、選んで歩きました。
隣の家なのに、です。
塀一枚向こうの窓を、見ないようにして生きるということを、私はあの歳で覚えてしまいました。
ある晩、居間のテレビで、地方局の特集が流れました。
『病気とたたかう少年』。
画面の中で、章にいが、ベッドの上から照れくさそうに手を振っていました。
枕元には、見覚えのある自由帳が置いてありました。
私は、黙ってチャンネルを変えました。
次の瞬間、頬に母の平手が飛びました。
叩かれた頬の熱さより、母の目に浮かんでいた涙のほうが、ずっと痛かった。
「あんたが今いちばん会いに行かなきゃいけない人は、誰なの」
母の声は震えていました。
わかっていました。
わかっていて、それでも私は、章にいの家の呼び鈴を押せないままでした。
謝る勇気より、逃げる楽さのほうが、子どもの手には届きやすかったのです。
一度だけ、手紙を書こうとしたことがあります。
六年生になった春、新しい便箋を買って、机に向かいました。
「元気ですか」と書いて、消しました。
元気なわけがないと、知っていたからです。
「また川に行こう」と書いて、また消しました。
行けないことを、いちばん知っているのは章にいだからです。
結局、便箋は一文字も埋まらないまま、机の引き出しの奥で日に灼けていきました。
言葉が見つからないから書けないのだと、あの頃の私は思っていました。
違うのです。
どんな言葉を選んでも、会いに行かない自分の言い訳になってしまうことが、怖かったのです。
※
次に章にいに会ったのは、六年生の三月でした。
章にいは、白い花に埋もれて、箱の中にいました。
二年ぶりに見る顔は、記憶よりずっと小さくなっていました。
それなのに口元だけが、あの得意げな笑いの形に、かすかに似ていました。
お線香の煙の向こうで、大人たちの黒い背中が揺れていました。
章にいのお母さんが、私を見つけて、そっと背中に手を当てました。
「来てくれたのね。何か、言ってあげて」
怒っているのではない、責めてもいない、ただ静かで優しい声でした。
その優しさが、いちばんこたえました。
私が行かなくなった二年間、章にいはあの部屋で、どんな気持ちで週末の足音を数えていたのだろう。
塀一枚向こうの気配を、どんな気持ちで聞いていたのだろう。
考えたら喉の奥が固まって、とうとう一言も、出てきませんでした。
章にいの顔に触れることも、できませんでした。
四十九日が過ぎた頃、章にいのお母さんが、うちに紙袋を届けてくれました。
中身は、あの自由帳と、黒い柄の虫眼鏡でした。
「章がね、これは隣の君に、って。ずっと枕元に置いてたのよ」
おばさんはそう言って、私の頭を一度だけ、ゆっくり撫でて帰っていきました。
自由帳を開くと、九十三番までの絵が、几帳面に並んでいました。
サワガニのページには、私が病院で話した「石の下に居た」という一言まで、書き足してありました。
行かなくなってからの日付のページには、窓から見えたらしい雀や雲の絵が増えていました。
川に行けない章にいは、それでも図鑑をやめていなかったのです。
そして、九十四番のページ。
そこには絵のない枠だけが描かれ、余白に、細い鉛筆の字がありました。
「ゲンゴロウ、まだ。続きはおまえの目で見つけて描け。百までいけよ」
病室で書いたのでしょう、定規を使わない枠の線は、ところどころ震えていました。
私はその夜、布団をかぶって、声を殺して泣きました。
章にいは、私が来なくなった理由を、たぶん全部わかっていた。
わかった上で、恨み言のひとつも書かずに、続きを私に任せたのです。
何日か経って、私は形見の虫眼鏡を持って、ひとりで縁側ごっこをしてみました。
章にいの真似をして、レンズを冬の空に向けたのです。
にじんだ光の輪の中に、何が見えたわけでもありません。
けれどそのとき初めて、わかったことがありました。
あの虫眼鏡は、川を覗く道具ではなくて、章にいがこの世界を最後まで面白がるための道具だったのです。
ベッドの上からでも、縁側からでも、見るものは案外ある。
そう言い張るための、小さな武器だったのです。
謝る機会は、もう永遠にありません。
けれど約束だけが、九十四番の空白のまま、私の手元に残されました。
葬儀の帰り道、母と二人で堤防を歩きました。
三月の川は雪解けで水かさを増し、鈍い音を立てて流れていました。
「お母さんね、あんたを叩いた日のこと、ずっと謝りたかった」
ぽつりと、母が言いました。
「叩いたって、あんたの足が章くんちに向くわけじゃなかったのにね」
私は首を横に振ることしかできませんでした。
悪いのは母ではない。
けれどそれを言葉にする方法を、まだ持っていませんでした。
常夜灯の前で、母は立ち止まり、小さく手を合わせました。
私も、隣で同じようにしました。
祭りの夜、爺さんになってもここで見ようなと笑った声が、水の音に混ざって聞こえた気がしました。
※
あれから三十年が経ちました。
私は今、あの川のそばの市立図書館で働いています。
児童書のコーナーには、貸し出し用の虫眼鏡のかごを置きました。
「これで川を見ると、世界が変わるよ」
図鑑を抱えてくる子どもたちに、私は章にいの受け売りを言います。
先週も、常連の男の子がかごの前で迷っていました。
「魚とりに行きたいけど、弟が小さいから連れてけないんだ」
「連れて行っておやり。弟さんの分も、貸してあげるから」
少し考えて、男の子は虫眼鏡をふたつ、大事そうに持って行きました。
ああいう後ろ姿を見送るたび、胸の奥で、川の音がします。
夏には、図書館の行事として、川の観察会も始めました。
救命胴衣をつけた子どもたちが、浅瀬にしゃがんで歓声を上げるのを、私は堤防の上から数えます。
章にいが私にしてくれたことを、名前も知らない誰かの弟や妹に、順繰りに手渡していく。
それが、返しそびれた恩の、私なりの返し方です。
観察会の終わりに、子どもたちは濡れた手で、見つけた生きものの数を競います。
その真剣な横顔のどこかに、あの夏の章にいの顔が、ふっと重なる瞬間があるのです。
あの自由帳の図鑑は、九十九番まで進みました。
ゲンゴロウは、五年前の夏、上流の田んぼでようやく見つけて、震える線の枠の中に描き入れました。
百番目だけは、まだ空けてあります。
そこに何を描くべきか、本当はもう決めているのですが、もう少しだけ、探すふりをさせてもらうつもりです。
身近な人ほど、いつでも会えると思ってしまう。
けれど「いつでも」は、思っているよりずっと短い。
会える人には、会える今日のうちに会っておく。
それを教えてくれた人に、私はもう会えません。
だから今年も、線香を上げに行きます。
仏壇の写真の章にいに、九十九番まで進んだ図鑑を見せに行くのです。
「百まで、もうすぐだよ」
あの日どうしても出てこなかった言葉の続きを、これからも少しずつ、届けに行くのです。