お豆の煮方

公開日: ちょっと切ない話 | 子供 | 家族 | 悲しい話

子供の寝顔(フリー写真)

交通安全週間のある日、母から二枚のプリントを渡されました。

そのプリントには交通事故についての注意などが書いてあり、その中には実際にあった話が書いてありました。

それは交通事故で、加害者の立場で亡くなられた方の家族の話でした。

残されたのはお母さんと子供たち、上の子が小学2年生、下の子が5歳の男の子の兄弟です。

この方たちは、事故の補償などで家も無くなり、土地も無くなり、住む家もやっとのことで四畳半の狭い所に住めるようになりました。

お母さんは朝6時30分から夜の23時まで働く毎日です。

そんな日が続くある日、三人でお父さんの居る天国に行くことを考えてしまっていました。

以下、プリントから引用します。

朝、出掛ける前にお兄ちゃんへ置き手紙をした。

「お兄ちゃん、お鍋にお豆が浸してあります。それを煮て、今晩のおかずにしなさい。お豆が柔らかくなったら、お醤油を少し入れなさい」

その日も一日働き、私は本当に心身共に疲れ切ってしまった。

みんなでお父さんのところに行こう。

私はこっそりと睡眠薬を買って来た。

二人の息子は、粗末な布団で、丸く転がって眠っていた。

壁の子供たちの絵に少し目を遣りながら、枕元に近付いた。

そこにはお兄ちゃんからの手紙があった。

「お母さん、ぼくは、お母さんのてがみにあったように、お豆をにました。

お豆がやわらかくなったとき、お醤油を入れました。

でも、けんちゃんにそれをだしたら、

『お兄ちゃん、お豆、しょっぱくて食べられないよ』

と言って、つめたいごはんに、おみずをかけて、それをたべただけでねちゃった。

お母さん、ほんとうにごめんなさい。

でもお母さん、ぼくをしんじてください。

ぼくのにたお豆を一つぶたべてみてください。

あしたのあさ、ぼくにもういちど、お豆のにかたをおしえてください。

でかけるまえに、ぼくをおこしてください。

ぼく、さきにねます。あした、かならずおこしてね。

お母さん、おやすみなさい」

目からどっと、涙が溢れた。

お兄ちゃんはあんなに小さいのに、こんなに一生懸命、生きていてくれたんだ。

私は睡眠薬を捨て、子供たちの枕元に座りました。

そしてお兄ちゃんの煮てくれたしょっぱい豆を、涙と共に一粒一粒、大事に食べました。

このお話を読み終えた時、私と母の目から、涙が出て来ました。

そうして何度も何度も、繰り返し読みました。

私は今まで、交通事故は被害者だけが悲しい思いをしていると思っていましたが、このお話を読んで、加害者も私たち以上に悲しく切ない思いをしていることが解りました。

毎日、毎日、日本のどこかで、こういう子供たちが生まれているのかと思うと、とても堪りません。

どうか、お願いです。

車を運転するみなさん、交通事故など絶対に起こさないでください…。

関連記事

海

忘れ得ぬ誓い

彼女の心は遠くへ旅立ってしまいました。普段の彼女からは想像もつかないような瞬間が、次第に日常となっていきました。 夜中になっても突如として昼食を準備し始める彼女。 そして…

女の子の寝顔(フリー写真)

愛しい娘

自分がまだ幼稚園児の頃だと思う。 夜中に不意に目が覚めると、父が自分の顔を覗き込んでいて、いきなり泣き出した。 大人が泣くのを見るのはその時が初めてだったし、しかも …

夕日(フリー写真)

祖父母からのお小遣い

自分には77歳のばあちゃんがいる。 数ヶ月前にじいちゃんが亡くなり、最近はあまり元気が無い。 ばあちゃんの家には車で20分程で行ける距離だから、父と定期的に行くようにしてい…

水族館

忘れられない君への手紙

あなたは本当に、俺を困らせたよね。 あの日、バスの中でいきなり大声で「付き合ってください!」って言った時から、もう、困ったもんだ。 みんなの視線が痛かったよ。 初デ…

手を繋ぐ夫婦(フリー写真)

最愛の妻が遺したもの

先日、小学5年生の娘が何か書いているのを見つけた。 それは妻への手紙だったよ。 「ちょっと貸して」 と言って内容を見た。 まだまだ汚い字だったけど、妻への想いが…

オフィス(フリー写真)

秘密のお守り

初めて彼女に会ったのは、内定式の時。同期だった。 聡明を絵に書いたような人。学生時代に書いた論文か何かが賞を獲ったこともあるらしく、期待の新人ということだった。 ただ、ちょ…

駅

再生の贈り物

私には本当の親がいない。物心ついたときにはすでに施設で育てられていました。親が生きているのか、死んでいるのかもわからないまま、私はただ普通に生きてきました。 施設での唯一の家族…

花を持つ女性(フリー写真)

彼女の嘘

あなたは本当に俺を困らせてくれたよね。 あなたと付き合った日。 朝のバスでいきなり大声で、 「付き合ってください!」 そんな大声で言われても困るし。 と言…

手を繋ぐ夫婦(フリー写真)

最高の両親

ある女性が学生の頃に暴行されました。 男性不信になった彼女はずっと男性を避けていましたが、会社勤めをしているうちに、そんな彼女に熱烈にアタックしてくる人がいました。 その…

日記(フリー写真)

最後の日記

小学校の時、虐められていた。 消しゴムを勝手に使われたので怒ったら、相手が学年のボス格の女子。 それ以来、クラスから無視された。 それが中学に入っても変わらず、真剣に…