オカンがしてくれたこと

うちは、貧乏だった。

雪深い城下町の、間口の狭い借家。冬になると、台所の隅に置いた水甕に、薄く氷が張った。

母は、町外れで小さなお直し屋をやっていた。ほつれたズボンの裾を上げ、すり切れた制服の肘に当て布をする。そういう仕事だ。

朝早くから夜遅くまで、母はミシンの前に座っていた。運動会の日も、授業参観の日も、母は一度も来たことがなかった。

そういう家だった。父の顔を、わたしは知らない。

母の店には、町じゅうの人が、繕いものを持ってきた。

漁師の合羽、子どもの破れた学生服、嫁入り前の娘の着物。母は、どんなものでも、嫌な顔ひとつせず引き受けた。

「お直しの母ちゃんに頼めば、新品みたいになる」

そう言って、遠くの集落から、わざわざ持ってくる人もいた。

母の縫い目は、いつも、まっすぐで、丈夫で、そして、どこか優しかった。

わたしは、店の隅で宿題をしながら、母の手もとを、よく眺めていた。荒れた指が、針を、迷いなく動かしていく。その手が、好きだった。

ただ、その手が、自分のためには、何ひとつ使われないことだけが、子ども心に、悲しかった。

冬の朝、わたしは、ミシンの音で目を覚ますのが常だった。

まだ外が暗いうちから、母は店の作業場で、誰かの繕いものをしていた。たたた、たたた、という規則正しい音が、薄い壁ごしに聞こえてくる。

その音は、わたしにとって、目覚まし時計であり、子守唄でもあった。母が、今日も働いている。その音を聞くと、なぜか安心して、もう一度、目を閉じることができた。

給食費を、いつも一日二日、遅れて持っていった。封筒を担任に渡すとき、わたしはいつも、教室のうしろのほうばかりを見ていた。

遠足の日のおやつは、決まって、店の隅に積まれた、近所の菓子屋からもらう、形の崩れた割れせんべいだった。

それでも、ひもじいと思ったことは、不思議と、なかった。母が、自分のぶんを、いつもわたしの茶碗にそっと移していたことに、ずっとあとになって、気がついた。

わたしが十五になった、冬の誕生日のことだ。

その夜、母はめずらしく早く店を閉めて、顔いっぱいに微笑みを浮かべて、わたしに包みを差し出した。

「誕生日、おめでとう」

開けると、町の洋品店で売っている、少し値の張る紺のダッフルコートだった。

わたしは、ありがとう、と言った。言いながら、内心では、こんな高いもの、と思っていた。

友達はみんな、もっといいものを着ている。こんなコート、恥ずかしくて着られない。そんなふうにすら、思っていた。

愚かな子どもだった。母が、それを買うために何を削ったのか、その晩のわたしは、何も考えていなかった。

小学校の学芸会で、わたしが主役の桃太郎を演じた年があった。

客席に、母の姿はなかった。その日も、仕事だった。

終わってひとりで帰ると、店の作業場で、母が手を止めて、こう言った。

「桃太郎、どうだった。鬼は、退治できたかい」

わたしは、見に来なかったくせに、と、ふてくされて、何も答えなかった。

その夜、枕もとに、小さな包みが置いてあった。母が、端切れで縫った、桃太郎の人形だった。

不格好だけれど、ちゃんと、桃から生まれたばかりの、小さな桃太郎だった。

母は、見に行けないぶん、夜なべして、それを縫っていたのだ。わたしは、布団をかぶって、声を殺して泣いた。

その夜、布団の中で、わたしはふと、母のことを思った。

母の前歯は、片方が欠けたままだった。差し歯を入れるお金を、母は自分には使わなかった。

美容院に行くのは、年に一度あるかないか。髪はいつも、自分で適当に切っていた。

手は、いつもカサカサに荒れていた。針と布と、冷たい水に、一年じゅうさらされていたからだ。化粧なんて、見たこともなかった。

こんなコートを買う金があるなら、自分の歯を、手を、どうにかすればいいのに。

そんなことを考えているうち、わたしは、もう何年も開いていない古いアルバムを、無性に見たくなった。

押入れの奥から引っぱり出したアルバムには、わたしが生まれる前の、若いころの母が写っていた。

――えっ。

わたしは、思わず声を漏らした。

そこに写っていたのは、まるで別人だった。

綺麗に化粧をして、健やかな肌に、白い歯をのぞかせて笑っている。

つやのある髪を背に流し、仕立てのいいワンピースを着た、若くて、美しい女の人。

それが、母だった。わたしの知らない、母だった。

その瞬間、涙が、止まらなくなった。

母は、女であることを、とうの昔にやめていたのだ。わたしひとりを育てるために。

わたしは、もらったばかりの紺のコートを、布団の中で抱きしめた。そして、そのまま眠った。

アルバムの、別のページには、まだ赤ん坊だったわたしを抱く、母の写真もあった。

その母も、やはり、若くて、綺麗だった。けれど、その目だけは、わたしの知っている母の目と、同じだった。

いつから、母は、鏡を見なくなったのだろう。いつから、自分の服を、買わなくなったのだろう。

その答えは、抱かれている、赤ん坊のわたしの顔の中に、あった。

恥ずかしいなんて、もう、どこにも思わなかった。

それから、少しばかりの時が流れた。

わたしは、高校を卒業したあとの進路を、考える時期になっていた。

大学への進学は、とっくに諦めていた。うちにそんな金がないことは、子どもの目にも明らかだったからだ。

卒業したら働いて、少しでも母を楽にさせる。それが、わたしの描いていた未来だった。

中学に上がっても、わたしは、自分の家の事情を、よくわかっていた。

友達が塾に通いはじめても、わたしは、口が裂けても、塾に行きたいとは言わなかった。

そのぶん、図書室の本を、片っ端から借りて読んだ。お金のかからない勉強の仕方を、わたしは、自然と覚えていった。

高校は、授業料の免除が受けられる、地元の公立に進んだ。母は、それを、心から喜んでくれた。

「えらいねえ。あんたは、ほんとうに、えらい子だよ」

わたしは、えらいわけではなかった。ただ、母に、これ以上の負担をかけたくなかっただけだ。

そんな冬のある日、学校で、三者面談が行われた。

母は、いちばんいい、よそ行きの服を着て、店を半日休んで、面談にやってきた。

先生が、わたしの進路希望の欄を見て、就職、と読み上げた、そのときだった。

母が、背筋を伸ばして、先生に向かって、こう言った。

「先生。この子を大学に行かせるには、いくら、お金がかかるのでしょうか」

わたしは、耳を疑った。

驚いて固まっているわたしを横目に、母は、鞄から一冊の通帳を取り出した。

使い込まれて、角の擦り切れた、古い預金通帳だった。

母はそれを開いて、先生の前に、そっと置いた。

「これで、息子を大学に行かせてやれますか」

先生が、その数字を見て、息をのむのがわかった。

通帳には、わたしが想像もしていなかった額が、記されていた。

一円、十円、百円。母が、ミシンの前で、欠けた歯のまま、荒れた手で、こつこつと積み上げてきた数字だった。

何年も、何年も。わたしが恥ずかしがったコートの、その何十倍もの時間をかけて。

わたしは、面談の机の下で、こぶしを握りしめて、ただ、うつむいていた。

涙を、先生にも、母にも、見られたくなかった。

それから、わたしは、死に物狂いで勉強した。

母が積み上げてくれたあの数字を、一円たりとも、無駄にはできなかった。

明け方まで机に向かい、眠気を、頬をつねって追い払った。

そうして翌春、わたしは、町を出て、遠い大学に合格することができた。

郷里を発つ日、駅のホームで、母は、小さな紙袋を、わたしに押しつけた。

中には、母が夜なべして縫った、布の手提げ袋が入っていた。底を二重にした、丈夫な作りの袋だった。

「教科書は、重いからね。これなら、破れないよ」

母は、そう言って、欠けた歯を見せて、笑った。

わたしは、何も言えなかった。ただ、その手提げを、強く握りしめた。

学費を稼ぎながらの大学生活は、楽ではなかった。

早朝に新聞を配り、夜は居酒屋の厨房で皿を洗った。授業中、机に突っ伏して眠ってしまうこともあった。

くじけそうになるたび、わたしは、あの布の手提げを見た。

二重に縫われた底。ほつれないように、何度も返し縫いされた縫い目。

その一針一針に、母の、声にならない言葉が、縫い込まれているように思えた。

がんばれ、とは、母は一度も言わなかった。けれど、この縫い目が、ずっとわたしに、そう言い続けていた。

わたしは、四年間、一度も学校を休まなかった。

大学に入って、最初の仕送りが届いたとき、わたしは、それを、そっくりそのまま、母に送り返した。

手紙を添えた。「バイトで、ちゃんとやれています。これは、お母さんが、自分の歯を入れるのに使ってください」と。

返事は、すぐに来た。短い手紙と、また同じ額のお金が、入っていた。

「歯のことは、心配しなくていい。あんたは、勉強だけ、していなさい」

わたしは、その手紙を、何度も読み返した。そして、送られてきたお金には、とうとう、手をつけなかった。

卒業まで、その封筒を、机の引き出しの奥に、ずっとしまっておいた。いつか、母のために使うのだと、決めていた。

大学の合格通知が届いた朝のことも、わたしは、忘れられない。

わたしは、それを握りしめて、母の店へ走った。作業場の戸を開けると、母は、いつものように、ミシンの前に座っていた。

「受かった。お母さん、おれ、受かったよ」

母は、針を持つ手を止めて、ゆっくりとこちらを向いた。

そして、何も言わずに、ただ、何度も、何度も、うなずいた。

母の目から、ひとすじ、涙がこぼれて、縫いかけの布の上に、小さな染みを作った。

母が泣くところを、わたしは、そのとき、生まれてはじめて見た。

母は、それを見られたくなかったのか、すぐに、また、ミシンに向き直った。たたた、たたた、と、いつもの音が、店に戻った。

その背中が、震えていたことを、わたしは、ずっと、知らないふりをしている。

居酒屋の厨房で皿を洗っていると、油と洗剤で、手が、ひどく荒れた。

あかぎれだらけになった自分の手を見て、わたしは、ある夜、はっとした。

これは、母の手だ。子どものころ、好きだったあの手と、同じ手に、わたしの手も、なっていた。

その手で、わたしは、教科書をめくり、ノートをとり、試験を受けた。

荒れた手は、もう、恥ずかしくなかった。むしろ、母と同じものを、ひとつだけ、分けてもらえた気がした。

それから、また時が流れた。

わたしは、母が望んでくれた学びの先で、一級建築士になった。

人の暮らす家を、雨風をしのぐ屋根を、設計する仕事だ。

母が、間口の狭い借家で、氷の張る台所で、それでも守り抜いてくれた、あの暮らし。

わたしが家を造る仕事を選んだのは、たぶん、偶然ではない。

そして来年の春、わたしは、結婚する。

長く付き合った人と、ささやかな式を、挙げる。

先日、わたしは、結婚する相手を、母に会わせた。

母は、緊張して、いちばんいい服を着て、何度も髪を撫でつけていた。

彼女は、母の荒れた手を、両手で、そっと包んだ。

「お義母さんの手、すごく、あったかいです」

母は、欠けた歯を隠すのも忘れて、子どものように、声をあげて笑った。あんなに嬉しそうな母を、わたしは、はじめて見た。

その夜、彼女は、わたしにこう言った。「あなたの優しさが、どこから来たのか、今日、わかった気がする」と。

結婚式には、母を、いちばん前の席に座らせるつもりだ。

わたしは、母に、新しい着物を一着、贈ろうと思っている。お直しではない、母のためだけに仕立てた、新しい着物を。

これまで、町じゅうの晴れ着を直してきた母に、今度は、母自身の晴れ着を着てほしい。

式の打ち合わせで、そのことを彼女に話すと、彼女は、ぜひそうしよう、と、自分のことのように喜んでくれた。

母は、まだ、それを知らない。当日、控室で渡したら、どんな顔をするだろう。きっと、また、欠けた歯を隠して、笑うのだろう。

先日、わたしは、母を、新しく建てた家に呼んだ。

わたしが自分で設計した、小さいけれど、日当たりのいい家だ。

母の部屋には、いちばん大きな窓をつけた。冬でも、雪に反射した光が、一日じゅう差し込むように。

そして、その部屋の隅に、新しいミシンを一台、置いた。

母は、それを見て、しばらく何も言わなかった。それから、欠けた歯を見せて、いつものように笑った。

新しい家に母を呼んだ日、母は、用意した部屋の窓辺に、長いこと、立っていた。

雪に反射した光が、母の白くなった髪を、やわらかく照らしていた。

「こんなに、明るい部屋に住むのは、生まれてはじめてだよ」

母は、そう言って、窓の外の、雪をかぶった町並みを、眺めていた。

わたしは、その横顔を見ながら、あのアルバムの、若くて美しい母の顔を、思い出していた。

歳を重ねた母の横顔は、あのころとは違う。けれど、わたしには、いまの母のほうが、ずっと、美しく見えた。

女であることを捨ててまで、わたしを育てきった、その時間の、すべてが、その横顔には、刻まれていたから。

わたしは、母の差し歯を、来月、入れに行く約束を、もう取りつけてある。

色褪せた紺のダッフルコートと、底のほつれた布の手提げ袋。

あの紺のダッフルコートは、もう、わたしには小さくて着られない。

それでも、わたしは、それを、新しい家のクローゼットの、いちばんいい場所に、かけてある。

恥ずかしいと思ってしまった、十五の冬の、母の精いっぱい。それを、わたしは、一生、忘れない。

わたしは、そのふたつを、いまも捨てられずに持っている。

あの誕生日の夜、恥ずかしいと思ってしまったコート。あの旅立ちの朝、握りしめた手提げ。

そのふたつを前にして、わたしは、静かに誓う。

今度は、わたしが、守る番だ。

最愛の妻と、女であることを捨ててまでわたしを育ててくれた、最愛の母と。

そのふたりを、何としても、守ってみせる。

考えてみれば、母は、わたしに、一度も「ありがとう」を言わせるような育て方を、しなかった。

恩を着せることも、見返りを求めることも、なかった。ただ、黙って、与え続けた。

母は、自分のことを、一度も、かわいそうだとは言わなかった。

苦労した、とも、言わなかった。ただ、あんたを育てられて、よかった、とだけ、ときどき、口にした。

その言葉の重さを、親になる歳に近づいたいまになって、わたしは、少しずつ、思い知っている。

だから、わたしの恩返しも、言葉では、足りない。

母の手は、いまも、荒れている。差し歯を入れても、その手だけは、昔のままだ。

けれど、わたしは、もう、その手を悲しいとは思わない。その手が、わたしのすべてを、作ってくれたのだから。

母が、ミシンの前で積み上げた時間に、わたしは、わたしの人生をかけて、応えるしかない。

母が積み上げてくれた、あの古い通帳の数字に、恥じない生き方をする。それが、わたしにできる、たったひとつの、恩返しだから。

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