貴重な家族写真

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 |

病院のベッド(フリー写真)

俺が小さい頃に撮った家族写真が一枚ある。

見た目は普通の写真なのだけど、実はその時父が難病を宣告され、それほど持たないだろうと言われ、入院前に今生最後の写真はせめて家族と…と撮った写真らしかった。

俺と妹はまだそれを理解できずに無邪気に笑って写っているのだが、母と祖父、祖母は心なしか固いと言うか思い詰めた表情で写っている。

当の父はと言うと、どっしりと腹を括ったという感じで、とても穏やかな表情だった。

母がその写真を病床の父に持って行ったのだが、その写真を見せられた父は特に興味も示さない様子で

「その辺に置いといてくれ。気が向いたら見るから」

と、ぶっきらぼうだったらしい。

母も、それが父にとって最後の写真という事で、見たがらないものをあまり無理強いするのも良くないと思い、そのままベッドの傍に適当に仕舞っておいた。

暫くして父が逝き、病院から荷物を引き揚げる時に改めて見つけたその写真は、まるで大昔からあったかのようにボロボロで、家族が写っている部分には父の指紋がびっしり付いていた。

普段とても物静かで、宣告された時も見た目は普段と変わらずに平常だった父だが、人目のない時、病床でこの写真をどういう気持ちで見ていたのだろうか。

今、お盆になると、その写真を見ながら父の思い出話に華が咲く。

祖父、祖母、母、妹、俺…。

その写真の裏側には、もう文字もあまり書けない状態で一生懸命書いたのだろう、崩れた文字ながら

『本当にありがとう』

とサインペンで書いてあった。

関連記事

家の居間(フリー写真)

妹を守る兄

兄が6歳、私が2歳の頃に両親が離婚した。 私にその当時の記憶は殆ど無く、お父さんが居ないことを気にした覚えもありませんでした。 小学生に上がる頃に母が再婚し、義理の父が本当…

診療所(フリー写真)

今は亡き僕の先生

僕は幼い頃から病弱で、いつも何かしらの病気にか罹っていた。 例えば、喘息、熱、インフルエンザなど。 そのような時はいつも診療所の先生に診ていただいていた。 その先生…

あじさい

雨の日の再会

もう二十年前のことです。私が小さい頃、両親は離婚し、私は施設で育ちました。その後、三歳の時に今の親に引き取られ、その家庭で育ちました。私はその親を本当の親と思っていましたが、中学二年…

空(フリー写真)

お盆のある日

私には4年前、赤ちゃんの時に亡くなった子どもがいました。 昨年の8月のお盆のある時、上の娘が空を見上げて 「お母さん、空見てみて。ほら、空の雲の間に光っているところあるで…

手紙

母の願い

毎日の小さな痛みや苦しみがあっても、子供たちが元気でいることが、私にとっての最大の喜びです。子供たちの笑顔や元気な声を聞くと、心から幸せを感じます。子供たちがありがとうと言ってくれる…

夫婦の後ろ姿

娘になった君へ

俺が結婚したのは、20歳のときだった。 相手は1歳年上の妻。学生結婚だった。 二人とも貧乏で、先の見えない毎日だったけれど、それでも毎日が幸せだった。 ※ 結…

夕日(フリー写真)

祖父母からのお小遣い

自分には77歳のばあちゃんがいる。 数ヶ月前にじいちゃんが亡くなり、最近はあまり元気が無い。 ばあちゃんの家には車で20分程で行ける距離だから、父と定期的に行くようにしてい…

通学路(フリー素材)

私を育ててくれた母

私は産まれてすぐ親に離婚され、両親共に引き取ろうとせず、施設に預けられました。 そして三歳の時に、今の親にもらわれたそうです。 当時の私にはその記憶がなく、その親を本当の…

白打掛(フリー写真)

両親から受けた愛情

先天性で障害のある足で生まれた私。 まだ一才を過ぎたばかりの私が、治療で下半身全部がギプスに。 その晩、痛くて外したがり、火の点いたように泣いたらしい。 泣き疲れてや…

親子の手(フリー写真)

親父の思い出

ある日、おふくろから一本の電話があった。 「お父さんが…死んでたって…」 死んだじゃなくて、死んでた? 親父とおふくろは俺が小さい頃に離婚していて、まともに会話すらし…