写真の指の跡は父を避けていた

病院のベッド(フリー写真)

俺が小さい頃に撮った家族写真が、一枚だけある。

仏間の簞笥の上に、いまも立ててある一枚だ。

見た目は、どこの家にもありそうな写真だ。

祖父と祖母、母、父、俺と妹。

六人が、紺色の幕の前に並んでいる。

その写真の指の跡について書く。

台紙の表面には、細かい指の跡がびっしり残っている。

光にかざすと、白く曇って見える場所と、そうでない場所がはっきり分かれる。

その曇り方の偏りに気づいたのは、俺が父と同じ歳になってからだった。

写真を撮ったのは、俺が小学二年の冬だ。

その時期に父が難病を告げられていたことを、俺は知らなかった。

それほど長くは持たないだろうと言われ、入院の前に一枚だけ、と母が言い出したらしい。

今生で最後の写真を、せめて家族と。

母がそう考えたのだと、あとで聞いた。

俺と妹は、何も理解していなかった。

写真の中で、二人とも無邪気に笑っている。

母と祖父と祖母は、心なしか顔が固い。

思い詰めた、という言い方がいちばん近いと思う。

当の父だけが、妙に穏やかな顔をしていた。

腹を括った人間の顔だと、いまなら分かる。

俺はいま、父が入院したときと同じ歳になった。

同じ歳になってみると、あの穏やかな顔が、どれだけ作られたものかが分かる。

写真の父は、口の端だけを上げている。

目は、ほとんど笑っていない。

台紙は縦十五センチほどの小さなもので、右下に写真館の名前が金色で押してある。

その金色だけが、いまも新品のように光っている。

指が触れない場所だからだ。

写真の指の跡は、触れた場所と触れなかった場所の、境目そのものだった。

妹はそれを、汚れだと思っていたらしい。

「拭いたらあかんの」

「あかん」

祖母が、一度だけ強い声でそう言った。

写真館の丸椅子

写真館は、駅前の商店街の二階にあった。

階段が急で、手すりの塗装が剥げていた。

待合には、丸椅子が四つ置いてある。

祖母はその一つに座って、ずっと父の背広の襟を気にしていた。

「曲がっとるよ」

「ええよ、写らん」

「写るわ。ここは肩から上や」

祖母が手を伸ばして、父の襟を直した。

父はされるままになっていた。

撮影室に入ると、カメラマンが並び順を決めた。

真ん中に祖父と祖母、その前に俺と妹。

両脇に父と母、という形になった。

「お父さん、もう半歩、内側へ」

カメラマンがそう言った。

父は半歩だけ動いて、すぐにまた元の位置に戻った。

そういうことが、二度か三度あった。

結局、写真の父は右の端に立っている。

肩が、わずかに枠から外れている。

「お父さん、端っこすぎるよ」

あとで写真を見た妹が、そう言った。

母は何も答えなかった。

父は、集合写真ではいつも端に立つ人だった。

運動会でも、法事でも、親戚の集まりでもそうだった。

写真が苦手なのだと、俺たちは思っていた。

撮り終えて階段を下りるとき、父が俺の手を握った。

父が俺の手を握ったのは、あの日が最後だったと思う。

手の皮が厚くて、少し冷たかった。

商店街のパン屋で、妹がクリームパンを選んだ。

父は自分のぶんを買わなかった。

「腹が減っとらん」

その言葉を、俺は本気にしていた。

撮影の朝のことも、断片だけ覚えている。

母は、俺のシャツの襟を三回も直した。

妹の靴が片方見つからなくて、家じゅうを探した。

見つけたのは父で、縁側の下から引っ張り出してきた。

「なんでこんなとこに」

「猫やろ」

父は、そう言って笑った。

その日の父は、いつもよりよくしゃべった。

バスを待つあいだ、祖父に仕事の引き継ぎの話をしていた。

工場の当番表を、誰に渡すかという話だった。

「ほんの二、三か月や」

父はそう言った。

祖父は、返事をしなかった。

俺はバス停の時刻表を読むのに夢中で、その沈黙に気づかなかった。

写真館の階段を上がるとき、母が父の背中に手を添えていた。

父は、その手を振り払わなかった。

俺の記憶の中で、両親が触れ合っているのは、あの階段だけだ。

撮影室には、暖房がよく効いていた。

大きな傘のような照明が二つ、天井から下がっている。

カメラマンは、白髪の混じった小柄な人だった。

「ご家族、何年ぶりですか」

「二十年ぶりくらいですかね」

母がそう答えると、カメラマンは頷いた。

「では、次は二十年後に」

誰も、その言葉に返事をしなかった。

カメラマンは、そのことに気づいていなかったと思う。

シャッターを切る前に、父が一度だけ咳をした。

祖母が、背中に手を当てた。

「大丈夫や」

父はそう言って、姿勢を戻した。

その直後の一枚が、いまうちに残っている写真だ。

その辺に置いといてくれ

写真が出来上がったのは、父が入院して二週間ほど経った頃だ。

母が病室へ持っていった。

母の話では、父は封筒から出そうともしなかったらしい。

「その辺に置いといてくれ。気が向いたら見るから」

それだけ言って、天井のほうを向いたそうだ。

母は、少し傷ついたような顔で帰ってきた。

「見たがらんもんを、無理に見せることもないしね」

母はそう言って、翌日からその話をしなくなった。

写真は、ベッド脇の小さな棚に置かれたままになった。

棚には、湯呑みと、眼鏡と、読みかけの文庫本があった。

文庫本は、最後まで同じページに栞が挟まっていた。

俺が見舞いに行ったのは、全部で四回だ。

子どもは長くいてはいけない決まりだった。

だから病室にいたのは、いつも十分くらいだった。

父は、俺の顔を見ると必ず同じことを聞いた。

「学校、面白いか」

「まあまあ」

「まあまあか」

それで会話は終わった。

そのあとは、二人で窓の外を見ていた。

窓からは、病院の駐車場と、その向こうの川が見えた。

冬の川は水が少なくて、石ばかりが白く光っていた。

四回目に行ったとき、父が言った。

「妹を頼むな」

俺は、意味が分からずに頷いた。

頷いてから、なぜか喉が痛くなった。

その日は、母が廊下でずっと看護師さんと話していた。

待っているあいだ、俺は自動販売機の前に立っていた。

小銭を持っていなかったので、ただ光るボタンを眺めていた。

缶の見本が並ぶ列の、いちばん下の段だけが空だった。

母が戻ってきて、俺の肩を軽く叩いた。

何が飲みたいかは、聞かれなかった。

母は、俺が指さしもしないうちに、温かいお茶を二本買った。

一本は、結局そのまま鞄に入っていた。

父の病室へ持っていくつもりだったのだと、あとで気づいた。

帰りのバスで、母は一度も窓の外を見なかった。

家の中の時間は、それでも普通に流れていた。

祖母は毎朝、仏壇に水を替えた。

祖父は畑に出て、俺と妹は学校へ行った。

母だけが、洗濯機の前で長く立っていることがあった。

「なにしとるん」

「音、聞いとるだけ」

洗濯機が回る音を聞いていると落ち着く、と母は言った。

いまなら、その気持ちが少し分かる。

音があると、考えなくて済む。

父の下着を洗う日が、週に二度あった。

母は、それを夜に干した。

朝に干すと近所の人に聞かれるから、と祖母が言っていた。

病人のいる家は、そういうところに気を使う。

俺は当時、その意味が分からなかった。

父が入院してから、祖父は毎日、畑の帰りに遠回りをするようになった。

病院の前の道を通って帰るのだ。

中には入らない。

自転車を止めて、しばらく建物を見上げて帰ってくる。

「なんで入らんの」

俺が聞くと、祖父は面倒くさそうに答えた。

「面会時間が終わっとる」

本当は、そうではなかったのだと思う。

息子の病室に入るのが、こわかったのだろう。

祖父もまた、端に立つ人だった。

そういう血筋なのかもしれない。

妹はそのころ、幼稚園で毎日おなじ絵を描いていた。

家と、六人の人間の絵だ。

どの絵でも、いちばん右の人だけが、紙からはみ出ていた。

先生に「紙を大きく使いましょう」と赤字で書かれていた。

その絵も、まだ実家にある。

廊下側のカーテン

父の病室は、四人部屋の窓側だった。

ベッドの周りを、水色のカーテンで囲むようになっている。

俺が見舞いに行くと、そのカーテンはいつも半分開いていた。

父の病室のカーテンは、廊下側だけが、指の幅ほど開いていました。

窓側と足元はきっちり閉まっているのに、廊下側だけが開いている。

「閉めようか」

「ええ」

「うるさくない」

「ええんや」

父はそれ以上、何も言わなかった。

俺は、人の気配が寂しいのだろうと思っていた。

四人部屋には、ほかに三人の患者さんがいた。

向かいのベッドのおじいさんが、よく話しかけてくれた。

「坊主、父ちゃんに似とるなあ」

「似とらん」

「似とる。黙っとるところがそっくりや」

そのおじいさんは、いつも夕方に売店の袋を持って帰ってきた。

父は、売店へ行くところを一度も見せなかった。

母が言うには、父は最後まで自分の身の回りのことは自分でしていたらしい。

点滴の台を押して、洗面所まで歩いていくのだそうだ。

「そういう人やから」

母はそう言って、洗った下着を袋に詰めていた。

病室の話は、いまも思い出すと胸の奥が冷たくなる。

三回目の見舞いのとき、俺は作文を持っていった。

学校で書いた「家族」という題の作文だ。

父のことは、ひとことも書かなかった。

書くと、何か決まってしまう気がしたからだ。

父はそれを読んで、最後まで何も言わなかった。

「おもんない」

俺がそう言うと、父は原稿用紙を二つに折った。

「おもろいで。ちゃんと、母ちゃんのことが書いてある」

そう言って、棚の上の写真の後ろに立てかけた。

その原稿用紙は、荷物の中から出てきた。

皺が寄って、角が丸くなっていた。

向かいのベッドのおじいさんも、あとで教えてくれた。

「あんたの父ちゃん、夜中に紙を広げとったよ」

「なんの紙ですか」

「さあ。うちは目が悪いから」

おじいさんは、それだけ言って笑った。

会いたい気持ちという話を読んだとき、俺は病室の窓の位置まで思い出した。

覚えているのは、言葉より景色のほうだ。

父が入院してから、季節が一つだけ変わった。

桜の枝に色がつきはじめた頃、父は静かに逝った。

知らせを受けたのは、学校の授業中だった。

教室の後ろのドアから、担任の先生が俺を呼んだ。

廊下は、水を撒いたあとのにおいがしていた。

写真の指の跡の数

病院から荷物を引き揚げたのは、それから三日後だ。

母と祖母が段ボールを抱えて、俺は小さい袋を持たされた。

棚の上には、あの写真がそのまま置いてあった。

母がそれを手に取って、動きを止めた。

台紙が、まるで何十年も前の物のようになっていた。

角が丸くなり、表面が白く曇っている。

「これ、なんでこんなに」

母の声が、途中で止まった。

写真の表面には、指の跡が無数についていた。

窓から差す光にかざすと、それがはっきり浮かび上がる。

祖母が横から覗き込んで、口を押さえた。

母は、写真を持ったまま廊下に出た。

段ボールの中身は、驚くほど少なかった。

パジャマが二枚、湯呑み、眼鏡、文庫本、髭剃り。

それから、洗って畳んだタオルが六枚あった。

六枚というのは、家族の人数と同じだ。

偶然だと思うが、母はそのタオルを長いこと見ていた。

写真は、いちばん上に載っていた。

置かれていたのではなく、載せてあった。

誰かが最後に触った物が、いちばん上に来る。

母は、段ボールの縁を持ったまま、しばらく動かなかった。

俺は、その横で棚の裏を覗き込んでいた。

壁と棚のあいだに、小さな紙片が落ちていた。

拾ってみると、写真館の袋の切れ端だった。

何度も開け閉めしたのだろう。

封の折り目が、白く裂けていた。

母にそれを渡すと、母は黙って上着のポケットに入れた。

そのポケットは、家に着くまで一度も開かなかった。

そこで、看護師さんとすれ違った。

母が写真を見せると、看護師さんは小さく頷いた。

「毎晩、見ておられましたよ」

「見たがらんかったはずですが」

「消灯のあとに、いつも廊下のほうへ体を向けておられましたよ」

看護師さんは、そう言って廊下の明かりを指さした。

夜勤の詰所の明かりが、廊下のいちばん奥まで届いている。

その光が、カーテンの隙間から病室に入る。

看護師さんは、そのまま少し立ち話をしてくれた。

「静かな方でしたよ。呼び出しのボタンも、ほとんど押されなくて」

「迷惑をかけるの、嫌いな人でしたから」

母がそう答えた。

「ただ、夜は起きておられました」

「眠れんかったんでしょうか」

「眠らないようにしておられたように見えました」

看護師さんは、そこで言葉を選ぶような顔をした。

「残る時間を、数えておられたのかもしれません」

母は、頭を下げた。

それから、廊下の突き当たりの窓まで歩いていった。

俺はそのあいだ、廊下の壁に貼られた面会時間の表を読んでいた。

午後二時から午後七時まで。

消灯は午後九時と書いてあった。

父がその紙を見上げている姿を、俺は一度見たことがある。

点滴の台にもたれて、ずいぶん長く見ていた。

そのときは、何を読んでいるのか分からなかった。

いまは、たぶん分かる。

母が窓から戻ってきて、俺の頭に手を置いた。

手が冷たくて、少し濡れていた。

入った光が当たるのは、枕の右側だけだった。

父は、電気を点けずに写真を見ていたのだ。

同室の人を起こさないために、明かりを点けなかったのだと思う。

母は、廊下の壁にもたれて、しばらく動かなかった。

仏間の卓袱台の上

家に帰って、俺たちは仏間の卓袱台に写真を置いた。

祖父が老眼鏡を持ってきて、光にかざした。

指の跡は、場所によって濃さが違っていた。

母と祖母のあたり、俺と妹のあたりが、いちばん白く曇っている。

祖父のあたりにも、しっかり跡があった。

祖母が、老眼鏡を借りて写真を覗き込んだ。

「妹のとこが、いちばん白いわ」

「そうか」

「ここ、指の腹の形が残っとる」

妹はそのとき、台所で麦茶を飲んでいた。

何も知らずに、コップの氷を鳴らしていた。

写真の指の跡は、六人ぶんの並びの上を、何度も往復していた。

左から右へ、そしてまた左へ。

分かるのは、止まらなかった場所だけだった。

写真の父が写っている場所にだけ、指の跡はありませんでした。

祖父が、老眼鏡を外して息を吐いた。

湯呑みの底が、卓袱台の上で小さく鳴った。

台所のほうで、やかんが沸きはじめていた。

祖母が立って、火を止めに行った。

湯気が、天井のほうへ細く上っていった。

俺は、その湯気をしばらく目で追っていた。

誰も、しばらく何も言わなかった。

妹が、写真の端を指さした。

「お父さん、ここ、はみ出てる」

「そうやな」

「なんで端っこに立つの」

祖父は、妹の頭に手を置いた。

「そういう人やったんや」

その言い方に、俺は何も足せなかった。

写真を裏返したのは、そのあとだ。

台紙の裏に、青いサインペンの字があった。

もう字を書くのが難しかったのだろう。

線が震えて、文字の大きさがばらばらだった。

本当にありがとう。

それだけが書いてあった。

日付も、名前もなかった。

母はその字を指でなぞって、それから台所へ立っていった。

水の音が、長いこと続いていた。

いまでも、お盆になるとその写真を卓袱台に置く。

祖父はもういないが、祖母と母と妹と俺で囲む。

「この日、お父さん、パン買わんかったんよね」

妹が去年、そう言った。

「腹が減っとらんて言うたんや」

「嘘やん」

「嘘やろな」

そう言って笑ってから、しばらく誰も話さなかった。

赤い薔薇の花束という話に、遺されたものは減らずに増える、という一節がある。

たしかに、あの写真は毎年少しずつ重くなる。

去年から、俺は自分の子どもを膝に乗せてその写真を見せている。

息子は、いちばん端の男を指さして聞いた。

「この人、だれ」

俺は、指の跡がついていない場所を、指でそっと押さえた。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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