愛しい娘
自分がまだ幼稚園児の頃だと思う。
夜中に不意に目が覚めると、父が自分の顔を覗き込んでいて、いきなり泣き出した。
大人が泣くのを見るのはその時が初めてだったし、しかも
『父はとにかく強くてかっこいい!』
と信じていたので凄く吃驚したのを憶えている。
※
その後、何度か同じようなことがあった。
父に訊いても
「夢でも見たんだろう」
と言うので、何しろ幼児の頃の記憶だし、自分もそう思うようになっていた。
※
しかし二十年以上の歳月を経て、父はついに白状した。
当時、とにかく忙しい職場に勤めていた父は、朝は私が起き出す前に出勤。夜は私が就寝後に帰宅の日々。
寝顔をそっと覗き見るのが日課で、このままでは娘に顔を忘れられてしまうと不安に思っていたらしい。
そんなある日、いつものように寝顔を眺めていると、私が目を覚ましてしまった。
やばい、よく寝ていたのに、ぐずってしまうかも知れない…と父が焦っていると、私が寝ぼけ眼のまま
「おとーしゃんだ」
と言って、ニッコリと笑ったらしい。
ろくに顔を合わせることも出来ず、たまの休日も疲れ果てて寝ていることが多い。
しかもこんな夜中に起こされて、それでもこの子は自分の顔を見て喜んでくれるのか、こんな風に笑ってくれるのか…と思ったら、愛しさが込み上げて思わず泣いてしまったらしい。
それがどうにも恥ずかしくて照れくさくて、どうしても本当のことが言えなかった。
「嘘吐いててスマン!」
と告白された結婚式前夜。
内心は萌えつつも、
「明日目が腫れたらど-してくれる!!」
と私が切れたので笑い話になったが、父が涙を流していたあの記憶は、私にとって良い思い出になった。