母が見せた涙

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 | 心温まる話 |

花(フリー写真)

うちは親父が仕事の続かない人で、いつも貧乏だった。

母さんは俺と兄貴のために、いつも働いていた。ヤクルトの配達や、近所の工場とか…。

土日もゆっくり休んでいたという記憶は無いな…。

俺は中学、高校の頃、そんな自分の家庭が嫌で仕方が無かった。

夜は遅くまで好き勝手に遊んで、高校の頃は学校をさぼって朝起きないことも多かった。

高校を卒業しても、仕事もせずに遊んでいたものだから、当然金は無い。

そこでやっちゃった。盗み。詳しくは言えないけど、まあ、空き巣だね。

ただ、小心者の俺はその日に自首したんだ。良心が咎めたとかではなく、ただビビっただけ。

警察に俺を迎えに来た母さんは、本当に悲しい顔をしていた。でも、泣いてはいなかった。

一緒に家庭裁判所へ行った時も、割と落ち着いていた。

裁判所の帰りの電車で俺、謝ったんだ。ボソッと「ごめん」って。そしたら、

「お母さんこそ、お前に申し訳ないよ。ろくに小遣いもやれないで…。

本当にお前が可哀想で…すまなくって…」

俺、電車の中でぼろぼろ泣いた。声を出して泣いていたと思う。

何やってんだ俺。何やってんだ俺。そう思って、情けなくて申し訳なくて…。

ここでも母さんは泣いていなかったな。ただじっと俯いていただけだった。

俺はその後、必死になって勉強した。昼はスーパーでバイトして、夕方からは受験勉強。

そして翌春に何とか大学に合格。バイトを続けながら大学生活が始まった。

でも、母さんは何となく俺のことがまだ心配なようだった。

母さんも相変わらず働き詰めだから、そんな生活の俺とはあまり会話が無かったし、家が貧乏なのに変わりは無かったしね。

だから俺、入学後も一生懸命勉強した。自分のためと言うより、母さんを安心させてやりたかった。

それで大学1年目の終わりに、

「母さん。ちょっと見せたいものがあるんだ」

そう言って紙を一枚渡した。

大学の成績通知書。履修した科目が全部『優』だったから。

最初は通知書の見方がよく分からなかったみたいだけど、説明したら成績が良いのは解ったみたい。

母「へえ、すごいね…。母さん、科目の名前を見てもよく解らないけど、凄いんでしょ? これ」

俺「すごいかどうかは分かんないけど…」

母「…凄いね。…偉いね」

俺「だからさ…こんな物だけで偉そうに言うのもあれだけど…。

俺、もう大丈夫だから。母さんを裏切ったりしないから」

そしたら、母さん泣き出しちゃった。もう号泣。

そこで気付いたんだけど、俺、母さんが泣くのを見るのは初めてだった。

きっと、何があっても子供には涙を見せないように頑張っていたのだと思う。

そう思ったら俺も泣き出しちゃった。母さんより泣いていたかも(笑)。

はあ…親孝行しなきゃな…。

関連記事

母の手

あのハンバーグの味

私の母は生まれながらにして両腕に障害を持っていました。 そのため、家庭の料理はほとんど父が担当していたのです。 しかし学校の遠足などで弁当が必要な時は、母が一生懸命に作っ…

猫

小さな隊長たち

子供が外に遊びに行こうと玄関を開けたとたん、突如、猫が外に飛び出して行ってしまった。 探してやっと見つけたとき、愛する猫はもうかわり果てた姿になっていた。 私はバスタオル…

父と娘

強い人

母は、強い人だった。 父が前立腺癌だと判った時も、入院が決まった時も、葬式の準備の時も、私たち子どもの前で一度も泣かなかった。 だからなのか、当時私はまるで映画を観ている…

教室(フリー写真)

女の子を庇うため

中学一年の時のこと。 授業中に隣の席の女の子がおしっこを漏らしていました。 女の子の席は一番後ろの端だったので、他には誰も気が付いていない様子。 僕はおもむろに席を立…

飛行機の座席(フリー写真)

ファーストクラス

「ちょっとスチュワーデスさん!席を変えてちょうだい」 ヨハネスブルグ発の混んだ飛行機の中で、白人中年女性の乗客が叫んだ。 「何かありましたか?」 「あなた、解らないの…

ナースステーション(フリー写真)

最強のセーブデータ

俺が小学生だった時の話。 ゲームボーイが流行っていた時期のことだ。 俺は車と軽く接触し、入院していた。 同じ病室には、ひろ兄という患者が居た。 ひろ兄は俺と積極…

夕日(フリー写真)

自衛隊の方への感謝

被災した時、俺はまだ中学生でした。 家は全壊しましたが、たまたま通りに近い部屋で寝ていたので腕の骨折だけで済み、自力で脱出することが出来ました。 奥の部屋で寝ていたオカンと…

母(フリー写真)

私を大学に通わせてくれた母へ

あなたは私を産むまでずっと父の暴力に苦しんでいましたね。 私が産まれた時、あなたは泣きながら喜んだそうですね。 私が一才の誕生日に、借金を抱えたまま父が自殺しましたね。 …

月明かり(フリー写真)

お月さんの下で

昨日、彼女の家の犬が死んだ。 彼女の家は昔、彼女の兄貴が高校生という若さで自殺してから、両親も彼女もうつ病になって酷い状態だったらしい。 そんな時に引き取って来た犬だったそ…

ラブラドール(フリー写真)

最期の見送り

もう数年前の話。 私が小学5年生の時に、ラブラドールを飼った。 母はその犬に『サーブ』と名付けた。 ※ 飽き性だった私は、散歩も父に任せきになり、餌やり当番だけを続けた…