お母さんが居ないということ

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 | 心温まる話 | |

母の手(フリー写真)

先日、二十歳になった日の出来事です。

「一日でいいからうちに帰って来い」

東京に住む父にそう言われ、私は『就職活動中なのに…』と思いながら、しぶしぶ帰りました。

実家に着いたのは夜で、祖父母と妹はもう既に寝静まっていました。

父だけが起きていて、その後暫く現状を話していました。

そろそろ会話も途切れ、さあ寝ようという時、いきなり父は一枚の写真を私の前に差し出しました。

それは、父が若い頃の写真。隣には綺麗な女の人が写っています。

「お前と○○(妹の名前)を産んでくれた母さんだ」

父はそう言って、初めて本当のことを話してくれました。

母はあまり体が強い人ではなかったそうです。

私を産むのですらやっとで、未熟児だった私よりずっと後に退院したこと。

妹が出来た時、家族中の反対を押し切って産むと決めたこと。

生まれたばかりの妹と、私を抱いて死んだこと。

私達姉妹の名前は母さんの名前から取ったこと。

母さんが寂しくないようにと、私達の写真や父さんとの昔の思い出の写真を、全て棺に入れたこと。

だけどそれでは悲しくて、一枚だけ取って置いたこと。

セブンスターをいつものようにふかしながら、父はいつもより歳を取って見えました。

「お前達にお母さんが居なくて寂しい思いをさせたこと。

これが一番、お前達に申し訳ないと思っている。

すまなかった!」

父さんはそう言って、私に泣きながら土下座をしました。

写真の中の父と母の笑顔が、途轍もなく切なかった。

母が居ない分、祖父と祖母に育ててもらうことが多く、それが当たり前だと思っていたから寂しくなんてなかったのに。

土下座している父と一緒に、私も泣いてしまいました。

父は私達が大人になるまで、このことをずっと一人で抱えていたのだろうか。

そう思うと、あまり体の大きくない父の背中が、切ない程に大きく見えた。

母以外の女性に見向きもしない父を、誇らしいと思った。

お母さんが居ないということ。

だからお母さんの分まで愛情を注いでくれたこと。

今なら凄くよく解ります。

お父さん。

ありがとう。

お母さん。

産んでくれてありがとう。

就職活動、頑張ります。

出典元: 思わず涙する感動秘話

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