
俺がピアノの調律師になったのは、祖母の影響だった。
港町の小さな家に一人で暮らしていた祖母は、古いアップライトピアノを大切にしていた。
幼い頃、夏休みになると必ず祖母の家に預けられた。
潮風が吹き込む畳の部屋で、祖母はいつも俺にピアノを弾いてくれた。
上手いわけじゃなかった。でも、その音が好きだった。
少しだけ狂った和音が、波の音と混ざって、祖母の家の匂いになっていた。
居間の柱時計が止まっていることに気づいたのは、小学四年の夏だった。
「ばあちゃん、この時計動かないの?」
祖母は少し笑って、「いいんだよ、あれは」とだけ言った。
不思議だったけど、子供の俺はそれ以上聞かなかった。
※
中学に上がる頃、俺は祖母の家に行かなくなった。
部活があった。友達と遊びたかった。正直に言えば、田舎の港町が退屈に感じ始めていた。
祖母は何も言わなかった。電話でも「忙しいなら来なくていいよ」と明るく言ってくれた。
その言葉に甘えた。毎年、甘え続けた。
高校を出て、音楽の専門学校に進んだ。ピアノ演奏ではなく、調律の道を選んだ。
祖母に報告すると、電話口で長い沈黙があった。
「……そうかい。あんたに関わる仕事だねえ」
嬉しいのか寂しいのか、よくわからない声だった。
「今度帰ったら、ばあちゃんのピアノ調律してやるよ」
「ああ、それは楽しみだ」
でも、俺はなかなか帰らなかった。
仕事を覚えるのに必死だった。休みの日は疲れて寝ていた。年に一度、正月に顔を出すのが精一杯で、ピアノを見る余裕もなかった。
祖母はいつも「忙しいのに来てくれてありがとう」と言ってくれた。
その遠慮がちな笑顔に、俺は少しだけ胸が痛んだ。でも、目を逸らした。
※
祖母が亡くなったのは、俺が二十七の冬だった。
肺炎だった。入院してから三日で逝ったと母から電話があった。
受話器を握ったまま、しばらく動けなかった。
ピアノを調律してやると約束してから、もう六年が経っていた。
葬儀の後、遺品の整理を手伝った。
祖母の家は、あの頃のままだった。潮風に晒されて白っぽくなった壁。畳の匂い。窓際のアップライトピアノ。
そして、止まったままの柱時計。
母が段ボールに祖母の持ち物を詰めていく横で、俺はピアノの前に座った。
鍵盤に触れると、ひどく狂った音がした。何年も調律されていない音だった。
あの夏に聴いた、少しだけ狂った和音とは全然違う。もう、誰にも弾いてもらえなかったピアノの音だった。
「これ、ばあちゃんの箪笥の奥にあったんだけど」
母が差し出したのは、古い茶封筒だった。
中に入っていたのは、時計店の修理見積書。日付は十五年前。祖母の字で「修理代 28,000円」とメモされていた。
そしてもう一枚、祖母の日記のページが挟まれていた。
※
読んで、息が止まった。
「時計屋さんに見てもらったら、直せるそうだ。でも、やめておく。あの子が来た時に直してもらおう。あの子は音を扱う仕事に就いた。時計だって音で動くもの。きっとあの子なら、この時計の音も分かってくれる。楽しみに待っていよう。」
次のページにはこう書かれていた。
「正月にあの子が来た。忙しそうだったから、時計のことは言えなかった。来年こそ頼んでみよう。」
同じような内容が、何年分も続いていた。
「今年も言えなかった。あの子は疲れた顔をしていた。無理は言えない。」
「来年はきっと。」
「来年こそ。」
最後の年の日記には、たった一行だけ書いてあった。
「時計が止まっていても、あの子を待つ時間は止まらない。」
日記を持つ手が震えた。
祖母は、ずっと待っていたのだ。時計を口実にして、俺に来てほしかっただけなのだ。
でも、遠慮して言えなかった。忙しい俺の邪魔をしたくなくて、毎年「来年こそ」と書き続けた。
振り返れば、あの止まった時計は、祖母が俺に残した最後の約束だった。
※
翌日、俺は工具を持って祖母の家に戻った。
柱時計を開けた。埃まみれの歯車。錆びた振り子。それでも、構造はしっかりしていた。
丁寧に分解し、一つずつ磨いた。錆を落とし、油を差し、歯車を噛み合わせ直した。
半日かかった。
最後にゼンマイを巻いた瞬間、カチ、と小さな音がした。
コチコチコチ……。
十五年間止まっていた時計が、また時を刻み始めた。
その音を聞いた瞬間、涙が落ちた。
「遅くなって、ごめんな」
誰もいない部屋で、俺はそう呟いた。
窓の外で、港の汽笛が鳴った。祖母が好きだった、夕方の汽笛だった。
時計の音と、汽笛と、自分の鼻をすする音だけが、がらんとした部屋に響いていた。
あれから三年が経つ。
祖母の家は取り壊されたけれど、柱時計は俺の部屋にある。
毎朝、ゼンマイを巻く。そのたびに、祖母の「来年こそ」という字を思い出す。
今ならわかる。祖母があの時計を止めたままにしていた理由。
それは、俺を待つための時計だったのだ。
ばあちゃん。ありがとう。もう、止めないよ。