大きな下り坂

公開日: ちょっと切ない話

夕焼け(フリー素材)

夏休みに自転車でどこまで行けるかと小旅行。計画も、地図も、お金も、何も持たずに。

国道をただひたすら進んでいた。途中に大きな下り坂があって、自転車はひとりでに進む。

ペダルを漕がなくても。何もしなくても。

ただただ気持ち良かった。自分は今、世界一速いんじゃないかと思った。

子供心に凄く遠いところまで来た事を知り、一同感動。滝のような汗と青空の下の笑顔。

しかし、帰り道が分からず途方に暮れる。不安になる。怖くなる。苛々する。

当然ケンカになっちゃった。

「泣いてね~よ」

と全員が赤い鼻をして、目を腫らして強がって零した涙。

交番で道を聞いて帰った頃にはもう晩御飯の時間も過ぎてるわ、親には叱られるわ、蚊には刺されてるわ、自転車は汚れるわ。

でも次の日には全員復活。瞬時に楽しい思い出になってしまう。絵日記の一ページになっていた。

今、大人になってあの大きな下り坂を電車の窓から見下ろす。

家から電車でたかだか十駅目くらい。

子供の頃に感じたほど、大きくも長くもない下り坂。

でも、あの時はこの坂は果てしなく長く、大きかった。永遠だと思えるほどに。

今もあの坂を自転車で滑り落ちる子供達がいる。楽しそうに嬌声を上げながら。

彼らもいつの日にか思うのだろうか。

今、大人になってどれだけお金や時間を使って遊んでも、あの大きな坂を下っていた時の楽しさは、もう二度とは味わえないと。

もう二度と、友達と笑いながらあの坂を、自転車で下る事はないだろうと。

あんなにバカで、下らなくて、無鉄砲で、楽しかった事はもう二度と無いだろうと。

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