大きな下り坂
公開日: ちょっと切ない話
夏休みに自転車でどこまで行けるかと小旅行。計画も、地図も、お金も、何も持たずに。
国道をただひたすら進んでいた。途中に大きな下り坂があって、自転車はひとりでに進む。
ペダルを漕がなくても。何もしなくても。
ただただ気持ち良かった。自分は今、世界一速いんじゃないかと思った。
子供心に凄く遠いところまで来た事を知り、一同感動。滝のような汗と青空の下の笑顔。
しかし、帰り道が分からず途方に暮れる。不安になる。怖くなる。苛々する。
当然ケンカになっちゃった。
「泣いてね~よ」
と全員が赤い鼻をして、目を腫らして強がって零した涙。
交番で道を聞いて帰った頃にはもう晩御飯の時間も過ぎてるわ、親には叱られるわ、蚊には刺されてるわ、自転車は汚れるわ。
でも次の日には全員復活。瞬時に楽しい思い出になってしまう。絵日記の一ページになっていた。
※
今、大人になってあの大きな下り坂を電車の窓から見下ろす。
家から電車でたかだか十駅目くらい。
子供の頃に感じたほど、大きくも長くもない下り坂。
でも、あの時はこの坂は果てしなく長く、大きかった。永遠だと思えるほどに。
※
今もあの坂を自転車で滑り落ちる子供達がいる。楽しそうに嬌声を上げながら。
彼らもいつの日にか思うのだろうか。
今、大人になってどれだけお金や時間を使って遊んでも、あの大きな坂を下っていた時の楽しさは、もう二度とは味わえないと。
もう二度と、友達と笑いながらあの坂を、自転車で下る事はないだろうと。
あんなにバカで、下らなくて、無鉄砲で、楽しかった事はもう二度と無いだろうと。