妻の忘れ形見を育てて ― 父と娘の泣ける物語

父子

妻に先立たれ、初めて一人で乳児を育て始めました。

最初は「育児なんて誰でもやってるんだから大丈夫だろう」と軽く考えていました。

でも、俺は間違っていました。

赤ん坊を育てるのは、男一人でやるものじゃない。母親の愛情がどれほど大切なものか、身をもって知ることになったのです。

ある夜、娘を寝かせようと、お腹をそっとさすり、頭をそっと撫でました。

たった10秒くらいのことでしたが、怖くなって手を止めてしまったのです。

すると、娘が「もっと撫でて!」と言うようにぐずりました。

同じ失敗は繰り返さないのが俺です。

だから、今度はお腹をトントンしてあげました。

何もかも忘れて、ひたすらトントンしました。

でも娘は突然大泣き。耳元でシンバルを鳴らされたみたいな大きな声で。

その顔を見て、俺は心の底から謝りました。

「妻の忘れ形見を、一人で育てるなんて無理だったんじゃないか」

そう後悔し、未来が不安で仕方なくなった夜でした。

やがて娘は成長し、思春期を迎えました。

初潮に気付いたときも、俺はどうしていいか分からず、オロオロしてしまいました。

「もっと早く教えてよ!」と怒られ、慌てて薬局に走ったこともありました。

大きな体でレジに並び、生理用品を買う姿は正直かなり恥ずかしかった。

でも家に帰ると、娘は俺を睨みながらも、心の奥で安堵したような顔をしていました。

あのとき、「母親がいないからこそ、自分が支えるんだ」と改めて覚悟したのです。

そして大学受験。

結果を待つ間、電話の受話器を取るのがこんなに怖いことだとは思いませんでした。

「お父さん! 聞いて!」

その声の先にあったのは、第一志望合格の知らせでした。

「サクラサク」どころではない、満開の春。涙があふれて止まりませんでした。

「もっとたくさん話をしておけばよかった」

そう悔いたのは、親子の会話が減っていた自分の弱さでした。

やがて訪れた結婚式。

娘と腕を組み、バージンロードを歩きました。

堂々と歩こうと決めていたのに、足は震えて、娘から「ロボットみたいだよ」と笑われました。

新郎のもとに辿り着いたとき、娘は俺の頬にそっとキスをしました。

「最後っ屁だよ」なんて言いながら。

泣き笑いしながら、その手を新郎へと託しました。

「必ず幸せにしてやれ」

心の底でそう叫んでいました。

式を終えて外に出たとき、俺は心の中で妻に語りかけました。

「お母さんでいてくれた時間が短すぎたな、翠。俺はいつも君と一緒に、この子を育ててきたつもりだ」

「もう少ししたら、胸を張って君に会いに行くよ。そのときは褒めてくれ」

娘と歩いた道は、妻と共に歩んできた道でもありました。

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