
私がその先生に出会ったのは、中学一年生の春でした。
先生は、私たちのクラスの担任でした。
明るくて、元気で、いつも全力。
でも、怒るときは本気で怒る。
机を叩いて声を張り上げる姿に、最初はちょっと驚いたけれど──
私はそんなパワフルな先生が、すぐに大好きになりました。
「この先生が担任で、本当に良かった」
そう思えたのは、人生で数少ない出会いだったと思います。
※
そんな中学一年の後半、私はいじめを受けました。
どんな内容だったかは、今も人には話していません。
ただ、毎日がつらくてたまらなかったのを覚えています。
※
けれど、誰にも言えませんでした。
先生にも、親にも、友達にも。
小学校の頃にもいじめに遭った経験があり、言っても解決にはならないと感じていたからです。
当時の私は、解決という名の“話し合い”が、どれだけ無意味かを知っていました。
呼び出され、いじめっ子と顔を合わせ、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
それで彼らの性格が変わるわけじゃない。
心の奥では、「どうせまた同じことの繰り返し」と、諦めていたのです。
だから私は、すべてを黙っていました。
我慢して、やり過ごして、ただ時間が過ぎるのを待っていました。
※
そんなある日、先生に呼び出されました。
何の用だろうと思いながら職員室に行くと、先生はいつもの明るさとは少し違った表情で私を迎えました。
「……いじめのこと、聞いたよ」
誰かが先生に話してくれたようでした。
私は観念して、すべてを話しました。
先生は頷きながら聞いてくれて、途中で眉をひそめたり、拳を握ったりしていました。
話し終えると、先生は一言、短く言いました。
「……大体、わかった」
そして、こう続けました。
「彼らには、がっつり言っておかなきゃな」
その言葉に、私は心の中で安堵しました。
“話し合い”じゃない。
彼らに直接、強く言ってくれるのだと。
私は、正直うれしかった。
※
けれど、次の先生の言葉が、私の心を打ち砕きました。
「……何で、黙ってたの?」
追及でも責めでもなく、ただぽつりと呟くような言葉でした。
私は、何も答えられませんでした。
「めんどくさいから」なんて、あの先生の前で言えるわけがない。
沈黙する私に、先生は静かに言いました。
「……気づいてあげられなくて、ごめんな」
それは、あのエネルギッシュな先生からは想像もできないほど、静かで、優しい声でした。
私は、胸が張り裂けそうになりました。
気づけなかったのは先生じゃない。
言わなかったのは、私のほうだった。
申し訳なさと、温かさと、安心感と。
あらゆる感情が一気に押し寄せて、私は何も言えなくなっていました。
恐る恐る顔を上げると、先生の目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えました。
その涙は、今でも忘れられません。
※
いじめは、あっという間に解決しました。
加害者たちは本気で叱られたらしく、それ以降はおとなしくなりました。
そして先生は、私が望んでいた通り、親には何も言いませんでした。
「面倒なことにはしない」
その気遣いが、何より嬉しかった。
最後まで、いい先生だった。
※
中学二年に進級してからは、先生とはほとんど接点がなくなりました。
でも、廊下ですれ違うたび、胸が少しだけ痛くなりました。
あのとき、先生が浮かべた涙。
それは、中学を卒業した今も、私の中に残っています。
きっとこれからも、ずっと忘れることはありません。