
その距離を、私は今でも、指で測ってしまいます。
一メートル半。
畳なら、一枚ぶんにも足りません。
手を伸ばせば、指先の届く距離です。
一九九五年一月十七日の朝まで、私と倫子は、それだけ離れて眠っていました。
前の晩に、つまらない言い合いをしたからです。
いつもは、ひとつの布団に並んで寝ていました。
その夜だけ、私たちは別々に敷きました。
二十一歳の、意地です。
その一メートル半が何であったかを、私が知るのは、二か月あとのことでした。
神戸の東灘に、魚崎という町があります。
阪神電車の駅から、南へ十分ほど歩いた低い土地です。
酒蔵の煙突が並び、朝は米を蒸す甘い匂いが路地まで流れてきました。
私たちが借りていたのは、その路地の奥の文化住宅の二階でした。
六畳と、三畳の台所。
家賃は二万八千円です。
風呂はなく、銭湯まで歩いて四分。
玄関の戸は建て付けが悪く、閉めるのに腰を入れる必要がありました。
その音で、下の大家さんが私たちの帰りを知るのです。
私は駅前の印刷所で、活字を拾う見習いをしていました。
倫子は、住吉の美容室の見習いでした。
二人とも、給料より夢のほうが大きい年頃です。
一緒に住みはじめて、まだ十か月でした。
私の指はいつもインクで黒く、倫子の指はいつも薬液で荒れていました。
銭湯の帰り道で、その手を並べて笑うのが好きでした。
「どっちが汚いか勝負な」
「うちの勝ちやわ。爪の脇、割れてるもん」
倫子は、そう言って手の甲を私に向けました。
白くて、指の長い手でした。
倫子は、朝がいちばん早い人でした。
五時になると起き出して、台所の電球の下でカットの練習をしていました。
練習台の頭を膝にのせて、櫛を入れる音だけがしていました。
しゃっ、しゃっ、という音です。
私はその音を、目を閉じたまま聞いているのが好きでした。
印刷所の仕事は、逆に夜が遅くなります。
棚から一本ずつ活字を抜いて、原稿の順に組んでいく仕事でした。
親方には、指の腹で字の高さを覚えろと言われました。
目より指のほうが正確だ、というのが口ぐせでした。
私が帰ると、倫子はもう寝ています。
台所には、皿に伏せたおかずと、書き置きが置いてありました。
用がなくても、必ず一行だけ書いてある人でした。
「今日、シャンプー十人。手ぇ痛い」
「明日、雨やって。傘」
その紙を、私は捨てずに菓子の空き缶に入れていました。
缶は、あの朝の下敷きになって、出てきませんでした。
いつか二人で小さな店を持とう、という話もしていました。
倫子が髪を切り、私がそこの看板と名刺を刷るのです。
店の名前だけは、もう決めてありました。
倫子の下の名前から一字を取って、私が二字を足したものです。
看板の書体まで、私は活字見本から選んでありました。
その見本帳を、いまも持っています。
選んだ書体のところだけ、角が折ってあります。
だから倫子はいつも、電気の紐に手が届く、窓と反対側に寝ていました。
起きるとき、私をまたがなくて済むからです。
紐を引くときも、体を伸ばすだけで済みます。
私はその位置を、当たり前だと思っていました。
寝る場所に理由があるなど、考えたこともなかったのです。
引換券の期限
一月十六日は、月曜でした。
その日の夕方、倫子が財布から小さな紙を出しました。
成人式の記念写真の、引換券です。
前の年の一月に撮って、そのままにしてありました。
紙の端が、財布の形に丸くなっていました。
「これ、今月いっぱいらしいよ」
「土曜に、一緒に取りに行こ」
私は、鍋の中を見たまま答えました。
「土曜は出るかもしれん」
年明けの印刷所は、確定申告の書式で忙しくなります。
実際、その週は誰も休めない見込みでした。
「じゃあ日曜」
「日曜は寝たい」
それだけのことでした。
いま書き起こしても、喧嘩の形にすらなっていません。
けれど倫子は、引換券を財布に戻すとき、少しだけ乱暴に押し込みました。
「別に、一人で行くからええわ」
「ほな、そうし」
私が言ったのは、その一言です。
言ったあとで、しまった、と思いました。
倫子は何も言わずに、味噌汁の椀を私の前に置きました。
湯気だけが、二人のあいだに立っていました。
その晩、倫子は押し入れからもう一組の布団を出しました。
客用の、少し湿った臭いのする布団です。
正月に倫子の弟が泊まったきり、しまい込んであったものでした。
私は手伝いませんでした。
手伝えば負けだと思っていたのです。
二十一の男の考えることは、そんなものでした。
私は流しに立って、わざと音を立てて茶碗を洗いました。
後ろで、布団を叩く音がしていました。
ぱん、ぱん、と、二度ずつ。
倫子は、客用の布団を敷くとき、必ず二度ずつ叩く人でした。
お客さんが泊まる前の晩と、同じ手つきです。
私はそれを、背中で聞いていました。
怒っている人の音ではないと、どこかで分かっていたのです。
それでも私は、振り返りませんでした。
茶碗はもう、洗い終わっていました。
洗い終わった茶碗を、私はもう一度洗っていました。
いま思えば、あれは怒って叩く手つきではありませんでした。
電気を消したあと、私は一度だけ声をかけました。
「おい」
返事はありませんでした。
寝息の間隔で、起きているのは分かりました。
けれど私は、もう一度呼ぶことをしませんでした。
明日の朝に言えばいい、と思ったのです。
明日の朝という言葉を、私はそれきり使えなくなりました。
暗がりの中で、倫子が布団を敷いた場所を、私は覚えています。
その夜だけ、倫子は、電気の紐から遠いほうに寝ていました。
台所寄りの、壁ぎわです。
私の布団は、路地に面した窓の下に敷かれていました。
私が敷いたのではありません。
夕飯のあいだに、倫子が敷いておいてくれていたのです。
そのことに、私はその晩、気づいてすらいませんでした。
一メートル半の壁
五時四十六分でした。
最初に来たのは、音です。
地面の下を、貨物列車が通るような低い音でした。
次の瞬間、部屋そのものが投げ上げられました。
私は畳から浮きました。
天井が落ちてくるのが、暗いのに見えました。
体の上に、何かが重なりました。
それきり、動けなくなりました。
どれくらいそうしていたのか、分かりません。
耳が、じんと鳴っていました。
埃の味が、口の中にありました。
やがて、暗闇の向こうから声がしました。
「……生きてる」
倫子の声でした。
私は、腹の底から名前を呼びました。
「倫子」
「うん」
「動ける」
「足が、はさまってる」
「けど、痛ないよ」
痛くない、という言葉が、いま思えばいちばん恐ろしいものでした。
私と倫子のあいだには、崩れた壁と、鴨居と、二階の床がありました。
声は、驚くほど近くから聞こえました。
手を伸ばせば届く気がして、私は何度も腕を突き込みました。
指先が触れるのは、割れた土壁の断面だけです。
一メートル半。
あとから測ってもらった距離です。
その一メートル半が、どうしても越えられませんでした。
先に外へ出られたのは、私のほうでした。
窓の下にいたからです。
路地の側から、隣の家の田淵さんが瓦を剥がしてくれました。
私は自分の足で、外へ這い出しました。
空は、まだ紺色でした。
電柱が全部、同じ方角へ傾いていました。
アスファルトが波打って、割れ目から水が湧いていました。
路地じゅうで、人の名前を呼ぶ声がしていました。
名字ではなく、下の名前ばかりでした。
「まだ中に、女の子がおるんです」
私がそう言うと、四人が集まってくれました。
田淵さんと、その息子さんと、向かいの酒屋の夫婦です。
酒屋の奥さんは、寝間着の上に前掛けを締めていました。
道具は、田淵さんの家から出した鋸と、鳶口が一本だけでした。
あとは手です。
爪が剥がれても、痛みは感じませんでした。
瓦を一枚どけるたびに、私は声をかけました。
「倫子、いま行くからな」
「うん」
「寒ない」
「暗いのが、ちょっと怖い」
「けど、大丈夫やからね」
大丈夫、という言葉を、倫子は何度も使いました。
強がっているのが分かりました。
それでも、私は「そうか」としか返せませんでした。
途中から、倫子は歌をうたい始めました。
美容室の朝礼でうたう、他愛のない歌です。
声が続いているうちは、大丈夫だと思えました。
私は、その歌に合わせて瓦を投げました。
酒屋の奥さんが、途中から一緒にうたい出しました。
路地の暗がりで、二つの声が重なっていました。
鴨居が一本外れたとき、隙間の奥に、倫子の手の甲が見えました。
爪の脇が割れた、あの手です。
田淵さんが、鳶口の先を私に向けて言いました。
「兄ちゃん、そこは触ったらあかん」
柱の一本が、その隙間を支えていたのです。
抜けば、上の階の床が落ちます。
私たちは、その柱を避けて、遠回りに掘りました。
あと少しでした。
路地に出た火
誰かが、路地の入り口で叫びました。
「火や」
三軒先の、木造の家からでした。
その朝は、風がありました。
北から南へ、海に向かって吹いていました。
火は、風に沿って走りました。
「水が出えへん」
誰かがそう言いました。
断水していたのです。
消火栓の蓋を開けた人が、そのまま座り込みました。
私たちは、手を速めました。
爪の割れた指で、瓦を掻きました。
倫子の歌が、途中で止まりました。
「倫子」
「……なに」
「もうすぐや」
「うん」
「あんな、写真」
「土曜、行こな」
倫子は、少し笑ったようでした。
「ええよ」
そのすぐあとで、隣の家が崩れました。
音は、思ったより小さいものでした。
熱が、頬に来ました。
田淵さんが私の襟をつかんで、後ろへ引きました。
私は、二歩だけ抵抗しました。
三歩目からは、自分の足で走っていました。
それが、いちばん正直な書き方です。
誰かに引き剥がされたのではありません。
私は、自分の足で、倫子から離れました。
路地を出たところで、私は膝をつきました。
振り返ると、私たちの家のあった場所から、煙が上がっていました。
紺色だった空が、白みはじめていました。
その日は、よく晴れていました。
晴れた日の煙は、まっすぐ上がらずに、横に流れます。
私は、地面に爪を立てていました。
消防はなぜ来ないのか。
私はなぜ、あと十分速く掘れなかったのか。
なぜ、私は窓の下にいたのか。
その問いだけが、頭の中で回り続けました。
夕方になっても、私はその場所から動けませんでした。
酒屋の奥さんが、湯呑みに水を汲んできてくれました。
割れた井戸から、汲めるだけ汲んだ水でした。
「飲み」
私は、首を横に振りました。
「飲みなさい」
二度目は、命令の声でした。
近所の人は、口々に言いました。
「仕方なかった」
「あんたが残ってたら、二人になってた」
正しい言葉だと、いまなら分かります。
あのときは、その正しさが、いちばん息苦しいものでした。
同じ日に、同じ町で、同じことを言われた人が何人もいたはずです。
その夜、私は小学校の体育館で毛布を借りました。
体育館は、寝ている人の頭の向きが全部そろっていました。
誰かが泣くと、その列だけが静かになりました。
私は、一睡もしませんでした。
この町には、同じ朝を抱えた人が、いくらでもいました。
誰かを置いて生き延びた人の胸のうちを、私はいまなら少しだけ想像できます。
明け方、隣に寝ていた年配の男の人が起き上がりました。
その人は、毛布をきちんと三つに畳んでから外へ出ていきました。
帰ってきたとき、その人の手も、私と同じように黒くなっていました。
誰も、どこへ行っていたのかを聞きませんでした。
聞かないことが、あの体育館の作法でした。
誰かに届けたかった言葉を胸に抱えたままの人を、私はその後も何人も見てきました。
二月の証明写真
倫子が見つかったのは、二十日の午後でした。
私は、その場に立ち会いました。
倫子が眠っていた場所と、私が這い出した窓の下との距離を、作業の人が巻尺で測りました。
一メートル半、と読み上げられました。
私はその数字を、いまも指で測ってしまうのです。
葬儀は、倫子の実家のある明石で行いました。
倫子のお母さんは、私を責めませんでした。
それどころか、私の手の包帯を見て、消毒の仕方を教えてくれました。
「あんたの手え、あの子が見たら怒るわ」
そう言って、笑おうとして、うまくいっていませんでした。
二月の初めに、私は住吉の美容室へ行きました。
店は傾いていましたが、店長の楠田さんは無事でした。
倫子の私物を引き取りに行ったのです。
ロッカーには、練習用の櫛と、洗い替えのエプロンが入っていました。
そして、写真の引換券が、もう一枚ありました。
私の財布に入っているはずのものと、同じ番号の控えです。
「あの子な、先週それ持って来て、聞いてきたんよ」
楠田さんは、そう言いました。
「期限、延ばしてもらえるやろかって」
「土曜に彼氏が仕事やから、来週にしたいって」
私は、券を持つ手が下がるのを感じました。
一人で行く、と倫子は言ったのです。
けれど倫子は、写真屋に頭を下げて、私を待とうとしていました。
言い合いをした日の、その二日前のことでした。
つまり倫子は、あの晩よりも先に、私と行くと決めていたのです。
楠田さんは、もうひとつ教えてくれました。
「喧嘩した晩はな、相手を窓側に寝かせるんよ」
「朝いちばんに日が入るから、目が覚めたときに機嫌が直るって」
「うちの母親から教わった、なんの根拠もない話や」
「あの子、ええこと聞いた言うて、手帳に書いてたわ」
その手帳は、見つかりませんでした。
けれど、あの晩の布団の位置が、答えでした。
倫子は、電気の紐から遠い、不便なほうへ自分を動かしたのです。
翌朝いちばんに、私に日が当たるように。
私を窓際に寝かせたのは、倫子の、精いっぱいの意地でした。
その意地が、私の側の壁だけを、外に向けて開かせました。
あの一メートル半は、私たちを隔てた距離ではありません。
倫子が、譲った距離でした。
写真屋は、三宮の高架下で仮の店を出していました。
店主のおじさんは、番号を見ただけで奥へ引っ込みました。
「これな、期限、延ばしてあんねん」
おじさんは、こちらを見ずに言いました。
「一月の頭に、若い子が来て頼まれたからな」
「あんたが取りに来るまで置いとくつもりやった」
台帳には、倫子の字で、私の名前が書いてありました。
受取人の欄です。
自分の名前ではなく、私の名前を書いていました。
三月に、私は写真を受け取りに行きました。
薄い紙袋に、二枚入っていました。
倫子は、少し肩を上げて笑っていました。
私は、口を結んで、まっすぐ前を見ていました。
二十歳の顔は、思っていたより子どもでした。
いま、その写真は、私の机の引き出しに入れてあります。
飾らないのは、毎日見ると立っていられないからです。
年に一度、一月十七日の朝にだけ出します。
五時四十六分に、袋から出して、机に立てます。
そして、言えなかった言葉を、そこで言うことにしています。
もし、いま隣に眠っている人がいるなら。
言い足りなかったことは、その夜のうちに言ってください。
布団の位置ひとつに、相手の言葉が隠れていることがあります。
私はそれを、二か月遅れで読みました。