俺の夢

米沢の冬は、朝がいちばん静かです。

雪が音を吸い込んでしまうからでしょうか。窓の外がうっすらと白く光りはじめると、私はいつも兄の背中を思い出します。まだ暗いうちに起きて、凍りついた玄関の戸をそっと引き、白い息をひとつ残して働きに出ていった、あの薄い背中を。

先日、私は勤め先の小さな会社で、生まれてはじめての給料をもらいました。茶封筒の厚みを手のひらで確かめながら、真っ先に浮かんだのは、稼ぎ方を教えてくれた誰かの顔ではなく、稼ぐ理由をくれた兄の顔でした。封筒はまだ、印刷の匂いがするほど新しくて、私はしばらく、それを机の上に置いたまま眺めていました。この一枚の重さのぶんだけ、私は誰かに支えられて、ここまで来たのだと思うと、胸の奥が、じんと熱くなりました。

どうしてもこの話を、どこかに書き残しておきたくなったのです。うまく書けないかもしれませんが、しばらくおつきあいいただけたら幸いです。

私たち兄弟には、はじめから親がいませんでした。

物心のつく前に預けられ、雪深い町の児童養護施設で育ったのです。三つ年上の兄と私は、いつも同じ部屋の、隣り合った二段ベッドで眠っていました。私が下の段、兄が上の段でした。

夜中に目を覚ますと、兄はよく上の段から片手を垂らしていました。暗がりのなかに、白い指先だけが浮かんでいるのです。私はその指を握って、また眠りに落ちました。握り返してくれる力の強さで、兄がまだ起きているのか、眠っているのかがわかりました。

施設の窓からは、遠くに雪をかぶった山がよく見えました。冬になると、暖房の効かない廊下はしんと冷えて、私たちは廊下を走るときだけ、少しだけ体が温かくなるのを楽しみにしていました。

施設には、私より少し年上の、乱暴な子がいました。おやつの時間になると、その子はよく、私の分の菓子パンを取り上げました。私はうまく言い返せず、いつも黙って下を向いていました。

あるとき、それを見た兄が、その子の前にすっと立ちました。

「弟のもんに、手ぇ出すな」

声は震えていました。兄も、けんかが強いほうではなかったのです。それでも兄は、一歩も引きませんでした。その夜、二段ベッドの上から垂れた兄の指は、いつもより少し腫れていました。私はその指を、両手で包むように握りました。

字を覚えたのも、兄からでした。消灯後の廊下の非常灯の下で、兄は古い絵本を指でなぞりながら、小さな声で読んでくれました。兄の読む声は、たどたどしくて、けれど、世界でいちばんあたたかい音でした。

施設を出る日、兄は迎えに来てくれました。私の荷物は、みかん箱ひとつぶんしかありませんでした。兄はその箱を軽々と抱えて、「これで、俺たちの家ができるな」と笑いました。六畳一間の、小さなアパートでした。それでも、二人だけの、はじめての家でした。

兄は、中学を出るとすぐに、町の和菓子屋へ住み込みの見習いに入りました。

十五の春でした。まだ声変わりも終わりきっていない兄が、大人用の白い前掛けを腰で二重に巻いて、店の裏口へ吸い込まれていくのを、私は施設の門の隙間から見送りました。前掛けの裾が、痩せた脛のあたりで揺れていたのを、いまでも覚えています。

「あんちゃん、いつ帰ってくるの」

門の鉄柵を握ったまま、私はそう聞きました。

「盆と正月にはな」

兄は振り返って、少し照れたように笑いました。

「土産に、うまいもん持ってくるかんな。楽しみにしとけ」

その約束のとおり、兄は帰ってくるたびに、経木にていねいに包んだ和菓子を持ってきてくれました。年に二度、それは私にとって、季節そのものの匂いでした。

兄が持ち帰る菓子は、いつも少しだけ形がいびつでした。

角のつぶれた羊羹、皮の破れた大福、餡のわずかにはみ出た最中。売り物にはならなかったものを、親方が分けてくれるのだと、兄は言いました。

「これは失敗作だからな。捨てるのはもったいないから、お前が食え」

私は、そのいびつな菓子が大好きでした。とりわけ豆大福が好きでした。餅のやわらかさ、指に白く残る餅粉。口に入れると、しょっぱい赤えんどうのあとから、甘い餡がゆっくりと広がっていきます。冷たい廊下の匂いと、その甘さが、私のいちばん古い幸福の記憶です。

経木の包みをほどく瞬間が、私はいちばん好きでした。薄い木の匂いと、餡の甘い匂いが、いっしょに立ちのぼってくるのです。兄はいつも、私が包みをほどくところを、少し離れて見ていました。自分が食べるわけでもないのに、どうしてそんなに嬉しそうなのだろうと、当時の私は不思議に思っていました。

いまなら、わかります。兄は、菓子を渡していたのではありませんでした。菓子にくるんで、自分の時間を、私に渡していたのです。

あの経木の匂いを、私はいまでも、雪の匂いといっしょに思い出します。冬が来るたび、鼻の奥がかすかに甘くなるのです。

兄は自分では、決して食べませんでした。

「あんちゃんは食べないの」

私が両手で大福を持ったまま聞くと、

「俺は店で毎日味見してっから、もう飽きた」

兄はそう言って、頬杖をついて、私が食べ終わるまでをじっと眺めていました。ときどき、私の口のまわりについた餅粉を、自分の指でぬぐってくれました。荒れた指でした。けれど、その荒れた指の感触を、私は不思議と、いやだと思ったことがありませんでした。

兄の仕送りで、私は私立の高校へ進み、やがて大学にも行くことができました。施設で育った子が大学まで行けるのは、当時はまだ、めずらしいことでした。学費の振込用紙が届くたびに、私はその金額を正面から見ないようにして、ただ兄に手渡していました。見てしまえば、自分がどれだけのものを受け取っているのかを、認めなければならなくなるからです。

大学の合格通知が届いた日のことも、忘れられません。

私は公衆電話から、店の兄に電話をかけました。受話器の向こうで、兄はしばらく黙っていました。

「……そうか。受かったか」

それだけ言うと、あとは言葉になりませんでした。鼻をすする音だけが、じりじりと聞こえてきました。私は、兄が泣いているのだとわかりました。けれど、自分の合格を、自分のこと以上に喜んでくれる人がいるということの意味を、そのときの私は、まだ本当にはわかっていませんでした。

「あんちゃん、店の電話、長く借りて大丈夫なの」

「……ばか。こういう日ぐらい、いいんだよ」

正直に書けば、私は兄を恥じていた時期があります。

高校生の頃でした。兄は仕事柄、指をよく火傷していて、手の甲はいつも荒れて、あかぎれで割れていました。爪のあいだには、落ちきらない餡の色が染みついていました。

ある年の秋、授業参観のかわりに、兄が来てくれたことがありました。ほかの生徒の隣には母親が立っているのに、私の隣には、髪を明るく染めた、言葉づかいの荒っぽい兄がいる。私はその手を同級生に見られたくなくて、兄を廊下の隅へ引っぱっていきました。

「あんちゃん、そんなとこ立ってないで、もう帰っていいよ」

我ながら、冷たい声でした。兄は一瞬、傷ついたような顔をしましたが、すぐにいつもの笑いに戻して、

「そうか。邪魔だったな。勉強、無理すんなよ」

とだけ言って、荒れた手を軽く上げ、雪の降りはじめた道を帰っていきました。私は、その背中を最後まで見送りませんでした。教室に戻ることばかり考えていたのです。

若さというのは、いちばん近くにある優しさを、いちばん粗末に扱ってしまうものなのかもしれません。こんな兄に学校へ行かせてもらっているのだと思うと、感謝よりも先に、説明のつかない苛立ちが胸をふさぎました。いま思えば、それは苛立ちではなく、自分の後ろめたさから目をそらすための、ただの八つ当たりでした。

兄は、そんな私の態度に、一度も文句を言いませんでした。仕送りが遅れたことも、一度もありませんでした。

就職が決まった年の秋、私ははじめて、自分から兄を旅行に誘いました。

どうしても、感謝を伝えたかったのです。蔵王の麓にある、古い温泉宿を選びました。兄が生まれてはじめて泊まる温泉宿だと、あとで知りました。

湯からあがって、畳の部屋で向かい合い、私は兄の猪口にビールを注ぎました。兄が酒を飲む姿を見るのは、それがはじめてでした。障子の向こうでは、露天の湯を落とす音が、遠く低く響いていました。硫黄の匂いが、まだ湯上がりの肌に残っていました。

「あんちゃん、ありがとう」

私はやっと、その一言を口にしました。

「あんちゃんだって、ほんとは遊びたかっただろう。俺の学費なんかに、稼いだ金、全部使わないでさ」

兄はグラスを畳に置いて、少し驚いた顔をしました。それから、ゆっくりと笑いました。

「お前、憶えてねえのか」

「なにを」

「小六の冬だよ。施設の廊下の窓から、二人で雪の山を見てたときだ。お前が、ぽつっと言ったんだ。『あんちゃん、俺、しあわせになりてえ』ってな」

私は、その言葉を、まったく憶えていませんでした。

「俺はそれ聞いて、決めたんだ。よし、こいつをしあわせにしてやろうって。ちゃんと学校出して、まっとうに働けるようにしてやろうって。だからな」

兄は、荒れた手で猪口を包むように持ちました。

「なんも辛かねえよ。お前をしあわせにしてやるのが、俺の夢だったかんな」

私は、なにも言えませんでした。

注いだビールの泡が、静かに消えていくのを見ていました。兄はきまり悪そうに笑って、猪口を口に運びました。

「なんだよ、辛気くさい顔して。せっかくの旅行だろ」

「あんちゃん」

「ん」

「俺、あんちゃんに、ひどいこと言ったことあるよな。参観日、追い返したりして」

兄は、少し驚いた顔をしてから、首を横に振りました。

「そんなこと、あったか。俺は憶えてねえな」

憶えていないはずが、ないのです。それでも兄は、そう言ってくれました。忘れたふりをして、私の後ろめたさを、静かに畳んでしまってくれたのです。障子の外で、また湯の落ちる音がしました。私は、その音に隠れるようにして、少しだけ泣きました。

夢、という言葉が、その夜ほど深く胸に刺さったことは、ありません。

私が忘れてしまった、たった一言。雪を見ながら子どもが漏らした、なんということもない願い。それを兄は、十年以上ものあいだ、たった一つの灯りのように、胸の奥で守り続けてくれていたのです。私が恥じ、背を向けていたあいだも、その灯りは消えていませんでした。

そして、あのいびつな和菓子のことが、そのとき急にわかりました。

失敗作などでは、なかったのです。兄は毎日、朝から晩まで菓子をこしらえながら、自分ではひとつも口にせず、私に食べさせるためだけに、それを持ち帰っていたのでした。甘いものを、弟の口にだけ運んでいた。手の甲のあかぎれも、爪に染みた餡の色も、その日々が一日ずつ刻んでいったものだったのです。

私が「おやつ」だと思って夢中で頬張っていた白い餅は、兄が自分の若さと引き換えに、私に手渡し続けてくれた時間そのものでした。象徴は、意味を変えて、静かに立ち戻ってきます。

私は畳に手をついて、泣きました。二十三と二十六の兄弟が、その晩、ひとつの布団のなかで、子どもの頃と同じように抱き合って眠りました。兄の寝息は、あの二段ベッドの夜と、少しも変わっていませんでした。

兄がどんなふうに働いていたのかを、私はずっとあとになって、店の親方の奥さんから聞きました。

住み込みの兄は、誰よりも早く起きて竈に火を入れ、誰よりも遅くまで洗い物をしていたそうです。給料が出ても、自分のためには何ひとつ買わず、封を切らないまま郵便局へ走っていった、と。

「弟さんの学費だからって、あの子、うちの主人に頭を下げてね。前借りまでして送ってたのよ」

奥さんは、そう言って目をうるませました。

「甘いもんが嫌いなのかって聞いたら、あの子、なんて言ったと思う。『好きです。好きだから、弟に食わせたいんです』って」

私は、返す言葉がありませんでした。あのいびつな豆大福の甘さの奥に、どれだけのものが折りたたまれていたのかを、私はその歳になって、ようやく知ったのです。

それから、いくつかの季節が過ぎました。

兄はいまも同じ和菓子屋で働いています。今度は自分が、若い見習いに菓子の作り方を教える立場になりました。この前の正月、兄の暮らすアパートを訪ねると、兄は少し照れくさそうに、白い皿にのせた豆大福を、私の前に差し出しました。

「これはな、失敗作じゃねえぞ」

兄は胸を張りました。

「俺が、一人前として作ったやつだ。ちゃんと売りもんだ。食え」

皮はなめらかで、餡の甘さは静かで、けれど、あのいびつな菓子の味と、まっすぐにつながっていました。舌の上で、雪の匂いのする廊下の記憶が、ふっとよみがえりました。

「うまいよ、あんちゃん。すごくうまい」

そう言うと、兄はまた、昔と同じように頬杖をついて、私が食べるのをじっと眺めていました。少しも変わらない、あの目で。

アパートの窓の外では、その日も雪が降っていました。子どもの頃に二人で眺めた、あの雪と、同じ白さでした。

「あんちゃん、憶えてる」

私は言いました。

「昔、二段ベッドで、あんちゃんが上から手ぇ垂らしてくれたの」

兄は、ふっと笑いました。

「憶えてるよ。お前、俺の指、握って寝てたな。あれ、じつはこっちも、あったかかったんだ」

はじめて聞く話でした。守ってもらっていたつもりの手が、じつは兄のほうも、あたためていた。私たちはたぶん、どちらも、たった一人の家族の体温にすがって、あの冬を越えていたのです。

二つの湯呑みから、ほうじ茶の湯気が、まっすぐに立ちのぼっていました。

人は、してもらったことより、してあげたことのほうを、よく覚えているものだと言います。けれど兄は、逆でした。自分が私にしてくれた何もかもを、まるで大したことではないというふうに忘れて、私が子どもの頃に漏らした、たった一言だけを、後生大事に覚えていたのです。

その不釣り合いなほどの一方通行こそが、たぶん、家族というものの正体なのだと、いまの私は思います。血がつながっているかどうかではありません。誰かの小さな願いを、自分の夢だと言い切れるかどうか。兄は、それを言い切ってくれた人でした。

私は、この頃になってようやく思うのです。しあわせというのは、なにか大きな出来事のことではなく、こうして誰かが、自分の食べる姿を、静かに見ていてくれることなのかもしれない、と。

今度は、私が兄をしあわせにする番です。まだうまく言葉にはできませんし、兄のしてくれたことに追いつけるとも思えません。それでも、その静かな決意だけを、雪の匂いのする実家の台所で、そっと胸にしまいました。

つたない話を、最後までお読みくださって、ありがとうございました。あなたのそばにも、忘れてしまった小さな願いを、覚えていてくれる誰かがいますように。

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