木のスロープを毎月削る人

手を繋ぐカップル(フリー写真)

商店街の豆腐屋の入口には、色の違う板が一枚はまっています。

手前へ向かって厚みが薄くなる、ゆるやかな木のスロープです。

角は、指で触れても引っかからないほど丸く落としてあります。

私はその上を、毎週のように通っていました。

そこに板があるのが当たり前だと思っていたのです。

私は二十七の秋に事故に遭い、足が思うように動かなくなりました。

車椅子がなければ外へ出られません。

着替えにも、湯を使うにも、昔の倍の時間がかかります。

そのうち、連絡をくれる友人は減っていきました。

悪気があったわけではないと、いまなら分かります。

けれど当時の私は、世界じゅうで自分がいちばん不運だと思っていました。

たった一人、事故の前から変わらずそばにいたのが、湊でした。

商店街の外れで建具屋をしている家の、二代目です。

私は何度も湊に当たりました。

手近な物を投げつけたこともあります。

言ってはいけないことを、わざと選んで言いました。

もう外に出なくていい、と布団をかぶって過ごした時期もあります。

それでも湊は、私のそばから離れませんでした。

リハビリにも通院にも、嫌な顔ひとつせずに付き添いました。

引き籠もりがちだった私を、何度も外へ連れ出してくれました。

「今日は、豆腐屋まで」

湊の誘い方は、いつも短いのです。

行き先を一軒だけ言って、それ以上は言いません。

断れないぎりぎりの短さでした。

事故のことは、いまでもうまく順番に思い出せません。

覚えているのは、雨で濡れた横断歩道の白い線と、傘の骨が折れる音だけです。

救急車の中で、私は自分の靴がどこへいったのかを、しきりに気にしていました。

手術が終わって目を覚ましたとき、窓の外はもう夕方でした。

廊下で、母が誰かに頭を下げている声が聞こえました。

そのとき初めて、私は自分の足の感覚を確かめたのです。

布団の下で、右の親指を動かそうとしました。

動いたつもりでしたが、布団はまったく動きませんでした。

湊の作業着は、右の膝だけが、いつも先に擦り切れました。

左はきれいなのに、右だけが白くなって、やがて糸が浮いてきます。

「仕事で膝つくんだ」

私が聞くと、湊はそれだけ言って作業着を畳みました。

建具屋なら膝もつくだろう、と私は納得していました。

両膝が擦れるならともかく、右だけというのは妙だと、少しも思わなかったのです。

車椅子を押してもらって町を回るうち、私はひとつのことに気づきました。

行ける店が、少しずつ増えているのです。

去年は入口で諦めた乾物屋に、今年は入れました。

段差の手前に、色の違う板が置かれていたからです。

「直したんですねえ」

私が女将さんに言うと、女将さんはなぜか口ごもりました。

「まあ、ねえ。古い店だから」

そういう受け答えが、何度かありました。

そのころの私は、自分のことで手一杯でした。

町が変わっていくのを、ただの偶然として受け取っていたのです。

段差の前の右膝

湊の家の作業場は、商店街の外れの路地にあります。

鉋屑のにおいが、通りまで漂ってくる場所です。

私が初めてそこへ行ったのは、退院して二か月ほど経った頃でした。

「見せたいものはない。ただ、埃っぽいから服は汚れる」

湊はそう言って、私の車椅子を押しました。

作業場の入口にも、板が一枚はまっていました。

「うちのは試作だから、ちょっと反ってる」

湊は少し笑いました。

私はそのとき、試作という言葉を聞き流しました。

作業場の壁には、古い物差しが何本も掛かっています。

どれも先が擦り切れて、目盛りが読めなくなっていました。

「これ、まだ使うの」

「使う。手が覚えてるから」

湊は物差しを一本取って、私の車椅子の前輪の高さに当てました。

「三センチ五分。これ以上あると、君は前に転ぶ」

そう言って、また壁に戻しました。

私は、その数字の意味を考えませんでした。

帰り道、私たちは商店街を通りました。

夕方の魚屋の前で、湊が急にしゃがみ込みます。

店の敷居の前で、右の膝をつきました。

そして指の腹を敷居に当てて、しばらくそのままでいるのです。

「なにしてるの」

「石が浮いてる」

それだけ言って、湊は立ち上がりました。

作業着の右の膝に、白い砂がついています。

私はその砂を払ってあげようとして、手が届かないことに気づきました。

車椅子からは、人の膝は遠いのです。

「いいよ。どうせ汚れる」

湊はそう言って、自分で払いました。

その手つきが妙に慣れていたことを、いまでも覚えています。

湊の父親は、腰を悪くして仕事を退いた人でした。

作業場の隅に、座ったまま使える低い台があります。

「親父のだ」

湊はそれだけ言って、雑巾で台を拭きました。

「まだ使うの」

「たまに。座ってできる仕事だけ、こっちでやる」

その台の高さが、ちょうど私の車椅子と同じでした。

偶然だと、私はそのときも思っていました。

湊の家では、父親が先に座る人になったのです。

その家で育った人が、段差を数えるようになったのは、自然なことだったのかもしれません。

ある晩、私は湯呑みを投げました。

湊の肩に当たって、畳に転がります。

「なんで、まだ来るの」

自分の声が、自分のものでないように聞こえました。

「かわいそうだから。そうでしょう」

湊は湯呑みを拾って、欠けたところを指でなぞりました。

「これ、直せる」

「そんな話はしてない」

「うん。でも直せる」

湊は湯呑みを持って帰りました。

次に来たとき、欠けたところに金色の線が入っていました。

「継いだの」

「知り合いに、やり方だけ教わった」

私はその湯呑みで、久しぶりに茶を飲みました。

飲みながら、なぜか手が震えました。

リハビリの部屋には、練習用の段差がありました。

高さの違う板が三段、並べてあるのです。

私はその三段を、半年かけて上れるようになりました。

けれど町の段差は、三段のどれとも違う高さをしています。

「練習してるのに、外だと無理なの」

理学療法士さんに、私はそう言ったことがあります。

「町のほうは、こちらでは直せませんからね」

そのときは、そういうものだと思っていました。

木のスロープの角

夏の終わりに、私は一人で外へ出てみることにしました。

湊に黙って、車椅子で商店街まで行ったのです。

自分がどこまで行けるのかを、確かめたくなったからでした。

豆腐屋の入口には、あの木のスロープがありました。

前輪が引っかかることなく、するりと上がります。

八百屋にも、同じような板がありました。

薬局にも、パン屋にも、文房具屋にもあります。

どれも新品には見えません。

踏まれて色が濃くなり、角がなめらかに丸くなっていました。

私はそのとき、初めて妙だと思ったのです。

どの板も、手前の角の落とし方が、まったく同じでした。

商店街を半分ほど進んだところで、乾物屋の女将さんに呼び止められました。

「よかった。ちゃんと通れとる」

女将さんは、自分のことのように笑います。

「あの板、どなたが」

私が聞くと、女将さんは口を押さえました。

それから、諦めたように息を吐きました。

「湊くんはな、うちの敷居の前で片膝ついて、指で高さを測っとったよ」

「三年くらい前からかね。お代はいらんの一点張りで」

私は、何も言えませんでした。

「怒らんでやってな。言うなって言われとったから」

私は、その場からしばらく動けませんでした。

足が動かないからではありません。

自分がこの三年、どんな道を通ってきたのかが、急に見えたからです。

入れる店が増えたのは、町が親切になったからだと思っていました。

自分の腕が上達したからだとも、少し思っていたのです。

帰ってから、私は湊の作業着を思い出しました。

右の膝だけが先に擦り切れる理由が、そこでようやく繋がりました。

車椅子の前輪の高さを測るとき、人は右の膝をつくのです。

その晩、私は湊に何も聞きませんでした。

翌朝、私は早い時間に商店街へ行ってみました。

シャッターの下りた通りに、豆腐屋だけが明かりを点けています。

入口の板の上に、うっすらと霜が降りていました。

その霜の上に、人の靴の跡がひとつだけ残っています。

つま先が店のほうを向いて、踵が浮いていました。

誰かが屈み込んだ跡だと気づいたのは、家に帰ってからでした。

聞いてしまえば、湊はきっと話を短くして終わらせます。

かわりに、木のスロープの角を指でなぞってみました。

どの板も、指がどこにも引っかかりません。

引っかからないように削るには、何度も削り直すしかないのだと、あとで知りました。

一枚仕上げるのに、半日かかるのだそうです。

湊の家には、鉋が七丁あります。

そのうちの一丁だけが、刃を極端に浅く出してありました。

仕上げ用だ、と湊は言っていました。

私はその鉋を、しばらく見ていました。

病気や事故で暮らしが変わった人の話を、私はそれから少しずつ読むようになりました。

あなたらしく生きてくださいという話には、支える側の迷いが書いてありました。

支えられる側にも、同じだけの迷いがあります。

私はその両方を、遅れて知ったのだと思います。

相席になった夜

秋になって、湊が食事に誘ってくれました。

駅前の、小上がりのない店です。

「あそこは段差がないから」

湊の店選びは、いつもそういう理由でした。

順番待ちをしていると、湊の高校時代の友人たちに会いました。

四人組です。

向こうが声をかけてきて、成り行きで相席になりました。

はじめのうちは、他愛のない昔話でした。

けれど酒が回るにつれて、話の向きが変わっていきます。

「まだ付き合ってたんだ」

一人が、湊にそう言いました。

「正直、面倒だろ。まだ若いんだし」

「そのうち、親のこともあるぞ。二人ぶんだぞ」

「普通は無理だって。誰も責めないよ」

私は、自分の膝の上を見ていました。

テーブルの下で、指が冷たくなっていくのが分かります。

その言葉に対して、湊は静かに答えました。

「うん、そうだな」

心が痛みました。

言葉では言い表せない感じでした。

やはり重荷だったのか、同情だったのか。

涙がこぼれそうになって、私は俯きました。

けれど湊は、そのすぐあとに言葉を続けたのです。

「そうだな、というのは、お前らがそう思うのは当たり前だってことだ」

湊は箸を置きました。

「俺が聞きたいのは、ひとつだけだ」

「お前らは、彼女の何を見て無理だと言ってる」

四人は黙りました。

「段差か。時間か。それとも人目か」

「どれも、こっちで削れるものだ」

湊の声は、まったく大きくなりません。

「削れないものがあるなら言ってくれ。考える」

誰も、何も言いませんでした。

「足が動こうが動くまいが、彼女は彼女だ」

「俺はこの先も一緒にいる」

そう言って、湊は食事代をテーブルに置きました。

「行こう」

湊は私の車椅子の背に手をかけて、店を出ました。

外はもう暗くなっていました。

風が冷たくて、私は膝掛けを引き上げます。

湊は、少しのあいだ黙って車椅子を押していました。

「怒ってる」

私が聞くと、湊は首を振ります。

「怒ってない。悔しいだけだ」

「あいつらのこと」

「いや。俺が三年かけても、ああいう言い方は削れないってことがだ」

その言い方があまりに建具屋らしくて、私は少し笑いました。

笑ったのに、目の縁が熱くなりました。

店の外のひとこと

駅前の横断歩道の手前で、湊が車椅子を止めました。

「そういう事だからさ。もう泣くなよ」

湊はそう言って、私の顔を覗き込んで笑います。

私はその夜、初めて自分から湊の手を握りました。

指に、細かい傷がたくさんありました。

鉋を使う人の手です。

「痛くないの」

「これは痛くない」

「じゃあ、痛いのは」

湊は少し考えてから答えました。

「君が、外に出たくないって言う日だ」

翌週、私は湊の作業場へ行きました。

何も言わずに、壁の物差しを一本取ります。

「なにしてるの」

今度は湊が聞く番でした。

「測ってる」

私は、作業場の入口の板の厚みを測りました。

三センチ五分ぶんを、板がゆるやかに吸い取っています。

「反ってるって言ってたよね」

「うん。最初のやつだから」

「捨てないの」

「捨てない。あれがあるから、次から反らないんだ」

私はその板の上を、車椅子で何度も往復しました。

音がしません。

がたん、という音が、まったく鳴らないのです。

その静けさが、どれほどの手間でできているのかを、私はようやく知りました。

湊は、その日の午後、新しい板を一枚削っていました。

鉋屑が、細く長く、途切れずに落ちていきます。

「これ、どこの店」

「床屋」

「あそこ、段差なかったよ」

「五ミリある。今はいいけど、車椅子が重くなったら引っかかる」

私は、自分の車椅子がこの先重くなるという話を、初めて人の口から聞きました。

不思議と、嫌な気持ちはしません。

先のことを考えてくれている人が、目の前で板を削っているのです。

「ねえ」

「うん」

「その板、私にも削らせて」

湊は手を止めて、私を見ました。

それから、低い作業台をひとつ、こちらへ引いてきます。

私の腕では、刃はまっすぐ進みませんでした。

削り面は波打ち、指で触れると段になります。

「難しい」

「三年やっても難しい」

湊はそう言って、私の削った面を指でなぞりました。

「でも、ここは通れる」

その一言で、私はまた俯いてしまいました。

その日から、私は作業場へ通うようになりました。

削るのは下手なままでしたが、木の乾き具合だけは分かるようになりました。

湊は、私が触った板を捨てません。

裏に日付を書いて、壁に立てかけておくのです。

「これ、使えないよね」

「使う。裏板にする」

見えないところに使う板のことを、裏板というのだと教わりました。

表からは見えないのに、それがないと戸は歪むのだそうです。

十一軒めの敷居

正月の三日、湊が私の家へ来ました。

玄関の上がり框に、板が一枚増えています。

いつ置いたのかは、聞きませんでした。

「うちにも作ったんだね」

「いちばん最後になった」

「どうして」

「君が、家から出るほうを先にしたかった」

私はその答えを、しばらく噛みしめていました。

年が明けて、私は商店街の板を数えてみることにしました。

一軒ずつ入口の前で車椅子を止めて、板の有無を確かめて回ったのです。

豆腐屋、八百屋、乾物屋、薬局、パン屋、文房具屋。

魚屋、床屋、喫茶店、時計屋。

最後は、通りのいちばん端の書店でした。

敷居の前で止まると、店主のおじいさんが出てきます。

「あんた、ここ、通れるかね」

「通れます」

「そうか。なら、よかった」

おじいさんはそれだけ言って、店に戻っていきました。

私は敷居の板を指でなぞりました。

角が、どこにも引っかかりません。

手前の落とし方が、豆腐屋のものとまったく同じでした。

商店街の十一軒の入口にある木のスロープは、全部、湊がひとりで作ったものでした。

その夕方、私は作業場へ寄りました。

湊は、いつものように背中を丸めて板を削っています。

「十一軒あったよ」

湊は手を止めずに答えました。

「十二軒めは、床屋の裏口だ」

私は何も言わずに、その背中を見ていました。

鉋屑が、途切れずに床へ落ちていきます。

二つの指輪という話を読んだとき、人を支えるのは気持ちだけではないのだと思いました。

優しさは、強さがなければ形になりません。

大切な人を傷つけられたら、どうか怯まずにいてください。

そして、その人が通る道を、一枚ずつ削ってあげてください。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

最後まで読んでくださって、ありがとうございます

この話が少しでも心に残ったなら、それだけで書いた甲斐がありました。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。