迷惑掛けてゴメンね
一年前の今頃、妹が突然電話を掛けて来た。家を出てからあまり交流が無かったので、少し驚いた。
「病院に行って検査をしたら、家族を呼べって言われたから来て。両親には内緒で」
嫌な話だということは簡単に想像出来た。
※
妹は胃癌だった。初期の段階だが、すぐ手術をしなければいけないということだった。
「お父さんとお母さんに言ったら、びっくりすると思うから、お兄ちゃんを呼んだ。迷惑掛けてゴメン」
親父は二ヶ月前に胃潰瘍を患っている。
お袋は神経が細かいので、こう言った話には耐えられないだろう。
だから妹は俺を呼んだのだと言う。
妹は少し優秀なプログラマーで、手術の費用などは心配するなと笑っていた。
高額医療保障制度もあるし、大丈夫。
でも、お父さんとお母さんにだけは内緒にしておいて。
手術が終わったら言うから。
迷惑掛けてゴメンね、迷惑掛けてゴメンねと、何回も繰り返す妹に、俺は
「迷惑じゃないよ」
としか言えなかった。
※
医者に話を聞いたら、本当は初期などではなかった。
大分進行していて、既に末期だと言う。
手術中に死ぬかもしれないとも言われた。
手術しても助からないかもしれないとも言われた。
それで俺は両親に言ってしまった。
親父は絶句して、お袋は精神的なショックで一時的に左耳が聴こえなくなった。
でも、二人ともすぐに入院した妹に会いに行った。
※
妹が俺を責めた。
「何で言ったの。言わないでって言ったじゃない」
俺は謝ることしか出来なかった。
死ぬかもしれない妹に、とにかく両親を会わせてやりたかった。
でも本当は、妹の死を一人で背負う事が辛かったのだと思う。
俺は弱い卑怯者だと思う。
手術の日、手術室へ移される前に、妹が俺に言った。
「迷惑掛けてゴメンね」
俺はやっぱり、
「迷惑じゃないよ」
としか言えなかった。
※
手術は腹を開いただけだった。
検査で判ってはいたが、手術をしても無駄なほど癌が進行していた。
※
それから二ヵ月後、妹は死んだ。27歳だった。
死ぬまで、俺は毎日病院に通った。仕事の合間にも顔を出した。周囲には良い兄貴に見えたと思う。
そんなに仲が良い兄妹ではなかったと思うが、それでも毎日病院に通った。
妹は何度も、
「迷惑掛けてゴメンね」
と謝った。
※
意識が無くなる二日前、俺に
「お父さんとお母さんに教えたって、責めてゴメンね。迷惑掛けてゴメンね」
と言った。
俺は、
「迷惑じゃないよ」
としか言えなくて、何だか自分の方が死にたくなった。
※
もうすぐ妹の命日だが、今でも後悔している事が沢山ある。
もっと気の利いたことを言ってやりたかった。
調べればもっと良い病院があったかもしれない。探してやりたかった。
今まで全然甘えなかった妹が最後に俺を頼ったのに、俺は何もしてやれなかった。
27年間、もしやり直せるのだったら、俺はもっと強くて良い兄貴になりたい。
でも、それは叶わない。
※
立ち直るまでまだもう少し時間が掛かりそうだが(一年も経ってまだ立ち直っていないのかと自分でも思う)、妹の分までしっかり生きて行ってやろうと思っている。
もっと強くて良い兄貴になって、天国の妹が自慢に思ってくれるような人間になりたい。