届かなかった「ごめんね」

公開日: 恋愛 | 悲しい話

カップル

あの日、私たちは些細なことで言い争っていた。

本当はすぐにでも仲直りできると、心のどこかでは思っていた。

でも、彼女は険しい表情のまま、何も言わずに仕事へと向かっていった。

後悔が滲み始めていたものの、私は素直になれず、そのまま友人たちと合流して、何気なく彼女への不満を口にしていた。

そのときは、まだあの別れが永遠になるとは思ってもいなかった。

夕暮れが近づき、彼女の勤務が終わる頃を見計らって、私はメッセージを送った。

内容はたわいもないもので、私たちの関係を変えるような決定的な言葉ではなかった。

けれども、返事のやりとりを続けるうちに、突然、彼女からの返信が途絶えた。

喧嘩の最中だったこともあり、私はその沈黙を気にしつつも、深く考えずに時間を過ごしていた。

約一時間後、彼女の番号から電話がかかってきた。

「仲直りかな」――そんな期待を胸に、私は通話ボタンを押した。

だが、スピーカーから飛び込んできたのは、見知らぬ女性の怒りに満ちた声だった。

「あなたが殺したのよ!」

瞬間、血の気が引いた。何が起きたのか、頭が追いつかない。

やがて電話は静かな男性の声に変わり、彼女が事故に遭い、帰らぬ人となったことを淡々と告げられた。

私は言葉を失い、その場に崩れ落ちた。

電話を切った直後、彼女から最後のメッセージが届いた。

それはたった一言――「ごめんね」

その優しさに、私は全身を貫かれた。

許されていたのか、謝らなければならなかったのは私の方だったのに。

その後、彼女の家族から連絡は途絶え、私は葬儀にも呼ばれず、彼女との最後の別れを交わすことすらできなかった。

あの日から、私はずっと彼女に「ごめん」と言えずにいる。

彼女にもう一度会えたら、笑って「おかえり」と言ってくれたら、どんな罰でも受けるつもりだ。

けれどそれは、もう二度と叶わない。

私の心の奥には、彼女に伝えられなかった謝罪と、共に過ごせなかった未来への悔しさが、深く刻まれている。

永遠に。

関連記事

手を繋ぐカップル(フリー写真)

人に優しくあるためには

私は事故に遭い、足が不自由になってしまいました。 車椅子なしでは外出も出来ませんし、トイレも昔のようにスムーズに行うことが出来ません。 そんな私から友人たちも離れて行きまし…

カップル

並んで歩く理由

交通事故に遭ってから、私の左半身には少し麻痺が残ってしまった。 日常生活には大きな支障はないけれど、歩いていると、少しだけその異変が目立ってしまう。 だから私は、人と歩く…

戦闘機

戦時の影

私が今、介護福祉士として働いているところに、とある老人がいる。彼は普段から明るく、食事もよく食べ、周囲を和ませる存在だ。 先日、妹が修学旅行で鹿児島に行く話をしたとき、彼が珍し…

マグカップ(フリー写真)

友人の棺

友人が亡くなった。 入院の話は聞いていたが、会えばいつも元気一杯だったので見舞いは控えていた。 棺に眠る友人を見ても、闘病で小さくなった亡骸に実感が湧かなかった。 …

野球(フリー写真)

甲子園の約束

十年前、彼女が死んだ。 当時、俺達は高校3年生。同じ高校に通い、同じ部活だった。 野球部だった。 俺と彼女は近所に住む幼馴染で、俺は小さな頃から、野球が好きな両親に野…

海辺のカップル

最後まで手を離さなかった

従兄弟が大腸がんで亡くなった。27歳という若さだった。 彼には交際していた女性がいて、彼ががんと診断されてからというもの、彼女は仕事があるにもかかわらず、毎日欠かさず病室を訪れ…

ベランダの洗濯バサミ

君たちがいた家

嫁と娘が、ひと月前に亡くなった。 交通事故だった。車は大破。単独事故だったらしい。 その知らせを受けたのは、出張先の根室にいたときだった。 何とかして帰ろうとしたが…

親子(フリー写真)

娘が好きだったハム太郎

娘が六歳で死んだ。 ある日突然、風呂に入れている最中に意識を失った。 直接の死因は心臓発作なのだが、持病の無い子だったので病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受…

病室

足りない時間

私は医師として、人の死に接する機会が少なくありません。しかし、ある日の診察が、私の心を特別に痛めつけました。 少し前、一人の若者に余命宣告をすることになりました。 「誠に…

日記(フリー写真)

最後の日記

小学校の時、虐められていた。 消しゴムを勝手に使われたので怒ったら、相手が学年のボス格の女子。 それ以来、クラスから無視された。 それが中学に入っても変わらず、真剣に…