並んで歩く理由

公開日: ちょっと切ない話 | 恋愛

カップル

交通事故に遭ってから、私の左半身には少し麻痺が残ってしまった。

日常生活には大きな支障はないけれど、歩いていると、少しだけその異変が目立ってしまう。

だから私は、人と歩く時はつい一歩下がって、目立たないようにしてしまう癖がついていた。

付き合い始めの頃、彼もその歩き方に気付いたのだろう。

私が一歩引いて歩くと、何も言わずにそっと手を繋いで、私と並んで歩いてくれた。

その優しさが、あたたかくて、でも申し訳なくて。

家に帰ったあと、彼から「どうして下がって歩くの?」と聞かれた。

私は、少し戸惑いながら答えた。

「○○君に恥ずかしい思いをさせたくなかったから…」

彼は、私の言葉を聞くなり、真剣な顔でこう言った。

「どうしてそんな考え方をするんだ」

私は焦って、こう続けた。

「だって…私なんかと付き合ってくれてるだけで幸せなんだよ。
○○君が私といることで、少しでも嫌な思いをしてほしくないの」

その瞬間、彼は私の両手をぎゅっと握りしめ、涙ぐみながら、まっすぐに私の目を見つめて言った。

「俺は、お前と付き合って“あげてる”んじゃない。

俺が、お前を好きになって、一緒にいたいって心から思ったから、付き合ってるんだ。

体のことだって、ずっと前から知ってたよ。でも、一緒に歩いてて恥ずかしいなんて、一度も思ったことはない。

それなのに、お前がそんな風に自分を下に見て、俺に気を遣ってるのが、俺は悲しいんだ。

もっと自分に自信を持ってよ。恥じないで。

俺の隣を、胸を張って歩いてほしい。

ずっとずっと、並んで歩こう。だって、お前は俺の自慢の彼女なんだから」

その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かがほどけた。

嬉しくて、あたたかくて、気付けば私は声を上げて泣いていた。

「ありがとう」しか言えなかったけれど、その言葉に私の全部の想いを込めた。

それ以来、私はどこへ行くにも彼と並んで歩くようになった。

もう一歩引くことも、うつむくこともない。

私は彼と、肩を並べて歩いていく。

胸を張って、自慢の彼女でいられるように。

関連記事

手紙

君の手紙、僕の手紙

先日、小学5年生の娘が何かを書いているのを見つけた。 それは、亡き妻への手紙だった。 「ちょっと貸して」 そう言って、そっと中身を見せてもらった。 まだ拙い文…

おばあさん(フリー素材)

ばあちゃんいつまでもげんきでね

ばあちゃんの痴呆症は日に日に進行し、ついに家族の顔も分からなくなった。 お袋のことは変わらず母ちゃんと呼んだが、それすらも自分の母親と思い込んでいるらしかった。 俺と親父は…

鉛筆と参考書(フリー写真)

厳しい母

私の母はとても厳しい。 身の回りの事は全て自分でやらされていた。 勉強も部活も一番じゃないと気が済まない。 定期テストで二番を取ると、 「二番は敗者の一番だ」…

父と子(フリー写真)

俺には母親がいない。 俺を産んですぐ事故で死んでしまったらしい。 産まれた時から耳が聞こえなかった俺は、物心ついた時にはもう既に簡単な手話を使っていた。 耳が聞こえな…

女子高生(フリー写真)

一緒に生きる覚悟

妻が亡くなる前、闘病の際に「私が死んでも泣かないで」と娘二人は言われていました。 それから数日後、妻は息を引き取りました。 通夜の晩は私が会場で妻に付き添うこととし、当時…

海

あの日の下り坂

夏休みのある日、友達と「自転車でどこまで行けるか」を試すために小旅行に出かけた。地図も計画もお金も持たず、ただひたすら国道を進んでいった。 途中に大きな下り坂が現れ、自転車はま…

電車の車内(フリー写真)

思いやりの紙片

学生時代から長く付き合い、結婚を考えていた彼と別れました。 彼は一年も前から、職場の年上の女性と付き合っていたのです。 その女性から結婚を迫られ、もう既に彼女のご両親とは…

カップル(フリー写真)

気付かないふり

一昨年の今日、告白しました。生まれて初めての告白でした。 彼女は全盲でした。 それを知ったのは、彼女が弾くピアノに感動した後の事でした。 俺は凄くびっくりしました。そ…

親子

母の願い、父の誓い

俺には母親がいない。 俺を産んですぐ、事故で死んでしまったらしい。 産まれた時から耳が聞こえなかった俺は、物心ついた時にはもう、簡単な手話を使っていた。 耳が聞こえ…

手紙を書く手(フリー写真)

寂しい音

ある書道の時間のことです。 教壇から見ていると、筆の持ち方がおかしい女子生徒が居ました。 傍に寄って「その持ち方は違うよ」と言おうとした私は、咄嗟にその言葉を呑み込みまし…