足りない時間

公開日: 仕事 | 悲しい話

病室

私は医師として、人の死に接する機会が少なくありません。しかし、ある日の診察が、私の心を特別に痛めつけました。

少し前、一人の若者に余命宣告をすることになりました。

「誠に申し上げにくいのですが…」

「はい」

「肺癌です。しかもかなり進行しています。正直、一年持つかどうか…」

彼は意外なほど冷静に「ガーン……。なんちって…」と言いました。この若者は、非喫煙者で、何とも不憫な巡り合わせでした。

彼は、衝撃的な事実を知らされても、驚くほど落ち着いていました。

「ああ、困ったな」

彼は少し考えた後、真剣な顔で尋ねました。

「治療はすぐに始めなければなりませんか?」

「はい、できるだけ早く…」

「一ヶ月待ってもらえませんか? 母が来月、楽しみにしていた旅行があるんです。僕がこんな状態だと知ったら、彼女は楽しめないでしょうから。」

「理解はしますが、病状を考えると猶予は少ないです。」

彼は苦笑いを浮かべながら言いました。

「そうですよね。再来月には父の誕生日もあるんです。」

彼の声は次第に震え始めました。

「両親にはいつかオーロラを見せると約束したんです。このままだと、約束を果たせずに最悪の親不孝者になってしまいます…」

彼は涙を流しながら、自分の身の上よりも家族や友人、職場の人々のことを心配していました。

「兄弟にはこれをしてやりたかった、友人にはあれをしてやりたかった、職場では迷惑をかけるし…」

彼は涙ながらにそう話し、最終的には泣き崩れました。こんなにも他人を思いやる心を持った若者が、なぜこんな運命を背負わなければならないのか、私には理解できませんでした。

何度経験しても慣れることのない、悲しみの深さに、私も涙を隠すことができませんでした。

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