少年との約束

公開日: 仕事 | 悲しい話

夕焼け(フリー写真)

俺が入院していた時、隣の小児科病棟に5歳くらいの白血病の男の子が入院していた。

生まれてから一度も外に出られていない子だと聞いた。

ある日、大声で泣く声がするので病室を覗いてみると、点滴の注射が嫌だと泣いていた。

看護婦さんが、

「我慢してね。お注射して、早く元気になりましょうね。そしておねえちゃんとお外で遊びましょう」

と諭すと、べそをかきながらも、

「うん、分かった。約束だよ!」

と言って、必死に痛さに堪えていた。

ふと病室を出て来た看護婦さんを見ると、目にはいっぱい涙が溢れていて、ナースステションの前でしゃがんで泣いていた。

それから一週間後…。

その子は亡くなった。

とても安らかに、眠るように亡くなったと聞いた。

誰も居なくなった病室で、あの看護婦さんがあの子が寝ていたベッドの整理をしていた。

「ごめんね…約束守れなくてごめんね…」

と呟きながら、自分の涙で濡れたシーツを抱き締めていた。

自分の死を知らずに、看護婦さんと外で遊ぶことを楽しみにして、痛さに堪えていた男の子…。

死が間近であること知りつつ、必死に笑顔で励ましていた看護婦さん…。

病室に戻った俺も、涙が止め処なく流れた。

関連記事

渓流(フリー写真)

お母さんと呼んだ日

私がまだ小学2年生の頃、継母が父の後妻として一緒に住むことになった。 特に苛められたとかそういうことは無かったのだけど、何だか馴染めなくて、いつまで経っても「お母さん」と呼べない…

水族館

忘れられない君への手紙

あなたは本当に、俺を困らせたよね。 あの日、バスの中でいきなり大声で「付き合ってください!」って言った時から、もう、困ったもんだ。 みんなの視線が痛かったよ。 初デ…

教室

厳しさの中の優しさ

十五年以上前の話です。当時、小学6年生だった私のクラスに、A君という友達がいました。彼は父親がおらず、生活も苦しそうで、いつも古びた服を着て、新しい上履きも買えずにいました。給食費や…

ひび割れた地面

たった1.5メートルの後悔

あの日、私は二十一歳。倫子と私は、ほんの些細なことで喧嘩をしてしまいました。 明らかに私に非があったのに、素直になれず、謝ることもできないまま夜を迎えました。 いつもなら…

警察官の方(フリー写真)

人と人との出会い

何年か前の、5月の連休中のこと。 あるご夫婦がライトバンのレンタカーを借り、佐賀から大分県の佐伯(さいき)市を目指して出掛けた。 佐伯市からは夜23時に四国行きのフェリーが…

夏の部屋(フリー写真)

残された兄妹

3年前、金融屋をやっていたんだけど、その年の夏の話。 いつものように追い込みを掛けに行ったら、親はとっくに消えていたんだけど、子供が二人置いて行かれていた。 5歳と3歳。上…

バー(フリー写真)

痛みを知る者

自分でも理由は判らないが、気が付けば仕事のやる気を失くしていた。 会社を欠勤し、それが数日続いたある日の夜、強面の上司が自宅に来た。 最後通告かなと思いながら、上司の行きつ…

父(フリー写真)

父と私と、ときどきおじさん

私が幼稚園、年少から年長頃の話である。 私には母と父が居り、3人暮らしであった。 今でも記憶にある、3人でのお風呂が幸せな家族の思い出であった。 父との思い出に、近…

夫婦の後ろ姿

娘になった君へ

俺が結婚したのは、20歳のときだった。 相手は1歳年上の妻。学生結婚だった。 二人とも貧乏で、先の見えない毎日だったけれど、それでも毎日が幸せだった。 ※ 結…

河川敷

桂川にて — 最後の親孝行

2006年2月1日、京都市伏見区・桂川の河川敷で、一組の母子が静かに“終わり”を迎えようとしていました。 事件として報じられたのは、無職の片桐康晴被告が、認知症の母親を殺害し、…