出会い

公開日: ちょっと切ない話 | 仕事 | 悲しい話

手のひら(フリー写真)

昔、美術館でバイトをしていた。

その日の仕事は、地元の公募展の受け付け作業。

一緒に審査員の先生も一人同席してくれる。

その時に同席してくれたのは、優しいおじいちゃんという感じの彫刻の先生。

一緒に並んで座っている私が咳をしていると、

「手を出しなさい」

と言う。

不思議そうに手を出すと、服のポケットから出した南天のど飴の小さな缶を振って、私の手のひらに飴を落とし、

「食べなさい」

と優しく笑った。

私は風邪気味でその日は何度も咳をし、その度に手を出しなさいと言われた。

「大事にしなさい、人間は簡単に死ぬからね」

とぽつんと言われ、

「やだー、先生、そんなに簡単に死にませんよー」

と笑って言ったら、

「そうだなぁ、そうだなぁ」

と優しく笑った。

半年後、新聞の死亡記事でその先生を見つけた。

その数日後に美術館でバイトをしていた時、その先生の話になった。

癌だった先生は、私が飴を貰った頃は既に告知を受けており、自分の死期が近い事を知っていたそうだ。

その半年後、某美術展の地方巡回展があり、私は売店のバイトをする事になった。

開会日の前日、会場の売店の整理の合間に作品を見て来ても良いと責任者に言われ、会場を回った。

とても優しく笑っている女の子の彫刻に喪章が付いていた。

審査員出品作。

その先生の最後の作品だった。

先生の優しい笑顔が不意に浮かび、トイレに駆け込んで泣いた。

関連記事

入学式とランドセル(フリー写真)

お兄ちゃんの思いやり

小学1年生の息子と、幼稚園の年中の息子、二児の母です。 下の子には障害があり、今年は就学問題を控えています。 今年に入ってすぐ、上の子が 「来年は弟くんも1年生だね~…

ミートソーススパゲッティ

母の味

うちの母が作るミートソースは、とても美味かった。 家族全員の大好物だった。 でもそのレシピを聞かないうちに、母は急性白血病で亡くなった。 亡くなって数年が経った頃、…

病室(フリー写真)

おばあちゃんの愛

私のばあちゃんは、いつも沢山湿布をくれた。 しかも肌色のちょっと高い物。 中学生だった私はそれを良く思っていなかった。 私は足に小さな障害があった。 けれど日…

沖縄のビーチ(フリー写真)

母の唯一のワガママ

「沖縄に行かない?」 いきなり母が電話で聞いて来た。 当時は大学三年生で、就活で大変な時期だったため、 「忙しいから駄目」 と言ったのだが、母はなかなか諦めない…

父(フリー写真)

父が居たら

自分は父の顔を知らない。 自分が2歳の頃、交通事故で死んだそうだ。 母に、 「お父さんの名前、なんて―の?」 「お父さんの写真、見して!」 「お父さん、メ…

雨の日の紫陽花(フリー写真)

いってらっしゃい

もう二十年ほど前の話です。 私が小さい頃に親が離婚しました。 どちらの親も私を引き取ろうとせず、施設に預けられ育ちました。 そして三歳くらいの時に、今の親にもらわれた…

お見舞いの花(フリー写真)

迷惑掛けてゴメンね

一年前の今頃、妹が突然電話を掛けて来た。家を出てからあまり交流が無かったので、少し驚いた。 「病院に行って検査をしたら、家族を呼べって言われたから来て。両親には内緒で」 嫌…

田舎の風景(フリー写真)

せめて届かないだろうか

葬式、行けなくてゴメン。 マジでゴメン。 行かなかったことに言い訳できないけどさ、せめてものお詫びに、お前んちの裏の山に登って来たんだ。 工事用の岩の間に作った基地さ…

日記帳(フリー写真)

天国の恩人

私はキャバクラ嬢でした。 家がとても貧乏で、夜に働きながら大学へ行きました。 そんな私の初めてのお客様。 Yさん、70歳のお爺ちゃんです。 彼はとても口下手で、…

梅干し(フリー写真)

憧れた世界

飲んだくれの親父のせいで貧乏育ち。だから小さい頃は遠足の弁当が嫌いだった。 麦の混ざったご飯に梅干しと佃煮。 恥ずかしいから、 「見て~!俺オッサン弁当!父ちゃんが『…