ごめんね、お母さん
公開日: 悲しい話

高校時代の俺は、授業が終わればいつも一人で小説を読んでいた。
別に特別な理由があったわけじゃない。ただ、他にやることがなかっただけだ。
教室の喧騒の中で、物語の世界に逃げ込む時間が、唯一の安らぎだった。
※
ある日のこと。
体育の授業を終え、汗を拭きながら教室に戻ると、妙な空気が流れていた。
皆が、俺を見ている。
男子も女子も、どこか戸惑ったような、気まずそうな顔で。
何が起きたのかと自分の席を見ると、そこには……切り裂かれた小説が無惨に置かれていた。
俺が読みかけていた、あの小説だった。
表紙は引き裂かれ、ページはバラバラに引きちぎられ、文字は所々にインクで塗り潰されていた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
でも、すぐに理解してしまった。これは、俺への“メッセージ”なんだと。
※
気付いたら俺は、一言も発せずに、黙って机の上の紙片を拾い集めていた。
周りの視線なんて気にならなかった。というより、何も見えていなかった。
ただ、こみ上げてくる涙が止まらなかった。
※
俺には友達がいない。
話しかけてくる人もいないし、俺からも誰かに話しかけたことはなかった。
そんな俺のことを、きっとお母さんは心のどこかでわかっていたんだと思う。
月に一度、「これ、面白そうだったから」と言って、小説を一冊プレゼントしてくれた。
俺の趣味を考えながら、一生懸命選んでくれていたのだと、すぐに分かった。
読み終えた後には必ず「どうだった?」と感想を聞いてくれる。
それは、お母さんなりのやさしさで、俺に向けた精一杯の愛情だった。
※
だからこそ、今回のことは悔しかった。
お母さんがくれた、たった一つの宝物が、俺のせいで壊されてしまったことが、何よりも辛かった。
嫌われているのは、俺自身。
その俺が持っていたから、小説はこんな目に遭ってしまった。
お母さんが、心を込めて選んでくれたその本が。
※
涙を拭いながら、俺は心の中で何度も繰り返した。
――ごめんね、お母さん。
俺がもっと違う人間だったら、こんなことにはならなかったのに。
折角、大切に選んでくれた本なのに、守れなくて、ごめんね。
本当に、ごめん。
※
その日の夜、お母さんに何も言えなかった。
でも次の日、食卓の上には新しい小説が一冊置いてあった。
その背表紙を見て、俺はまた涙が止まらなくなった。