待っていてくれた猫

私の指には、指紋がない。

眼鏡の枠を磨く仕事に就いて三年で、右手の親指と人差し指の腹が、つるりと平らになった。

バフの布に研磨剤を付けて、チタンの枠を押しつける。

一日で三百本。

熱くなった枠を素手で持つから、指の皮は薄くなっていくばかりだ。

生活のなかで困ることは、ほとんどない。

ただ、猫の背中を撫でたとき、毛の感じがよくわからなくなった。

それだけが、いまも少し悔しい。

この仕事に就いた春、先輩に言われたことがある。

「指紋なんか、また生えるわ」

「生えますか」

「三ヶ月休んだら生えるらしい。休まんけどな」

みんな笑った。

笑って、その日も三百本磨いた。

越前のこの町は、眼鏡の枠を作る町だ。

川沿いに小さな工場が並んでいて、朝はどの窓からも、研磨の音がしている。

低い、うなるような音だ。

高校を出て、私はその中の一つに入った。

寮はなく、実家から自転車で二十分。

冬は雪で自転車が使えないので、歩いて帰ることになる。

雪の夜道は、街灯の下だけが妙に明るい。

用水路の蓋の上は、雪がすぐに溶けるから、そこを歩くと早い。

町の子はみな、そうやって近道をする。

用水路の水は、冬だけ音が変わる。

雪を流すために堰を上げるので、蓋の下で低く鳴るのだ。

ごう、という音でもなく、しゅう、という音でもない。

蓋の上に立つと、足の裏から伝わってくる種類の音だった。

子どものころ、私はその音が好きだった。

好きだったというより、慣れていた。

慣れているというのは、たぶん、いちばん危ない。

ハクを拾ったのは、小学四年の秋だった。

祖母の家の裏の、柿の木の下に、痩せた子猫がうずくまっていた。

背中だけが白くて、耳の先と尾の先が、煤をつけたように黒かった。

母は最初、飼うのを嫌がった。

「猫は帰ってこんようになるで」

「かえってくる」

「なんでわかるん」

「わたしがかえってくるから」

四年生の理屈だが、母はそれで折れた。

ハクは太った。

半年で、抱くと腕が下がるくらいになった。

そして、学校から帰る私を、途中まで迎えに来るようになった。

迎えに来る場所は、決まっていた。

用水路にかかる小さな橋の、たもとだ。

そこで座って待っていて、私を見つけると、まず一度だけ振り返る。

私が来た方向ではなく、家の方向を振り返るのだ。

それから、左の前足で自分の顔をこする。

顔をこすってから、歩きはじめる。

猫の癖というのは、どうしてあんなに決まった順番なのだろう。

私は毎日、その順番を見ていた。

雨の日は、ハクは橋の下にいた。

私が傘を傾けると、濡れた背中を傘の内側に入れてきた。

それでも、抱かせてはくれない。

抱こうとすると、するりと出ていって、また少し前を歩く。

「だっこは、あかんのか」

ハクは前を向いたまま、尾だけを一度、ぱたんと落とした。

それが返事だと、私は勝手に決めていた。

祖母はハクを気に入っていた。

「この猫は、耳がええ」

「みみ?」

「音の変わるのがわかる猫や」

祖母は縁側で、柿の皮をむきながらそう言った。

「水でも風でも、変わったら、先に動く」

「なんでわかるん」

「わしらの町の猫は、みんなそうやった」

祖母は昔の話をするとき、いつも「わしら」と言った。

見ていたのに、意味を考えたことは一度もなかった。

六年生の冬、祖母が入院した。

母が付き添うことになり、私も一週間、隣の市の祖母の家から学校に通った。

その一週間の、四日目だった。

母から電話があって、ハクが用水路に落ちたと言われた。

雪の日で、蓋の継ぎ目の隙間が、雪の下で見えなかったのだそうだ。

用水路は、冬のあいだ雪を流すために、水を強くしてある。

見つかったのは、二百メートル下の格子の前だった。

私は泣かなかった。

泣かなかったというより、その場で泣く順番がわからなかった。

帰ってきてから、母に一つだけ訊いた。

「どこの蓋」

「橋の、たもとのとこ」

待っていた場所だった。

私は、その日から猫を飼わないと決めた。

決めた、というほど固い気持ちではない。

ただ、あの一週間の四日目のことを思い出すのがいやだった。

ハクは、祖母の家の裏の柿の木の下に埋めた。

拾った場所だった。

母が掘って、私は上から土をかけた。

手が冷たくて、土の粒がいちいち痛かった。

埋めたあと、母が一度だけ言った。

「この子は、あんたの帰り道の番をしとった猫やわ」

私は返事をしなかった。

番、という言い方が、そのときは大げさに聞こえた。

中学に上がってから、私は柿の木の下へ行かなくなった。

行かなくなった理由は、はっきりしている。

忘れたいというより、思い出すと足の裏の音を思い出すのだ。

あの蓋の上の、しゅう、という音を。

就職して二年目の秋から、仕事がうまくいかなくなった。

研磨の工程は、班長の検品を通らないと次に進めない。

その年に来た班長は、通す基準がその日によって変わる人だった。

朝は通ったものが、夕方には戻ってくる。

「昼から手が荒れとるやろ」

「同じように磨いてます」

「同じにできとらんから戻ってきとるんやろ」

言い返せなかった。

言い返せない理由が自分にもあることが、いちばんつらかった。

残業して、九時前にタイムカードを押す。

帰り道の最初の五十メートルは、工場の窓の音がまだ聞こえている。

その音が聞こえなくなったあたりで、いつも涙が出た。

我慢していたものが、音が消えた瞬間に出てくるらしい。

辞めようかと思っていた。

辞めて、どこへ行くのかは考えていなかった。

研磨は、力ではなく角度の仕事だ。

当てる角度が一度ずれると、光の伸び方が変わる。

それを目で見て覚えるまでに、人によっては何年もかかる。

私は覚えるのが遅かった。

遅い人間が数で追いつこうとすると、手が荒れる。

手が荒れると、指の湿りが変わって、また戻される。

戻された枠を持って作業台に帰る二十歩が、いちばん長かった。

「すみません」

「謝らんでええから、直せ」

班長の言い方は、たぶん正しかった。

正しいものに、いちばん傷つくときがある。

十一月のはじめに、私は一度、辞表を書いた。

便箋がなかったので、枠の検品票の裏に書いた。

「一身上の都合により」

そこまで書いて、次の行が出てこなかった。

都合など、一つもなかった。

あるのは、手が痛いことと、朝が来るのが嫌なことだけだった。

書きかけの紙は、鞄の内側のポケットに入れたままにした。

入れたままにして、そのあと二ヶ月、出さなかった。

その白い猫を見たのは、十一月の終わりの晩だった。

川沿いの道を歩いていると、二十メートルほど先に、白い塊が座っている。

街灯の真下だった。

私が近づくと、猫は立ち上がって、ゆっくり歩きはじめた。

距離を保ったまま、私の前を行く。

私が止まると止まり、歩き出すと歩く。

野良猫にしては、痩せていなかった。

角を曲がるとき、猫は坂のほうへ入った。

私は少し迷った。

坂は遠回りだ。

用水路の蓋を歩けば、五分は短い。

それでも、なんとなく猫のほうへついていった。

その晩は、涙が止まっていた。

泣きながら歩くと足元を見るが、猫を見ていると、少し先を見ることになる。

それだけの違いだったのかもしれない。

家に帰って、私は久しぶりに米を炊いた。

泣いた日は、コンビニのパンで済ませていた。

炊けるまでのあいだ、玄関の三和土に座って、外の雪を見ていた。

猫のことを考えていた。

考えていたというより、明日もいるだろうかと思っていた。

翌日も、猫はいた。

その次の日も、次の日もいた。

いつも同じ街灯の下で座っていて、私が来ると歩き出す。

そして、必ず坂を上がる。

用水路沿いの近道は、一度も通らなかった。

私は、その猫が近道の水音を嫌っているのだと思った。

猫は水を嫌うと聞いていたからだ。

家の前に出る最後の曲がり角を曲がると、猫の姿はもうない。

曲がるまでは、いる。

曲がったら、いない。

母にその話をしたら、笑われた。

「ようできた猫やね」

「まいばん、おるんやよ」

「餌でもやったんやろ」

「やってない」

やっていない。

手を出そうとすると、猫はきっちり一メートル、離れるのだ。

一週間ほどで、私は坂の道に慣れた。

坂の途中に、古い井戸のポンプがある家がある。

その前を通ると、犬が二回だけ吠える。

必ず二回だ。

三回吠えないところが、私はおかしかった。

猫が前を歩いているあいだ、私は工場のことを考えていなかった。

猫がどこで曲がるか、それだけを見ていた。

人間は、見るものが変わると、少し楽になるらしい。

十二月の、雪の降り出した晩だった。

街灯の下に、いつものように白い猫がいた。

私が近づくと、猫は立ち上がって、家の方向を一度だけ振り返った。

そのあと、左の前足で顔をこすった。

順番が、同じだった。

振り返ってから、顔をこする。

それは、ハクの順番だった。

私は名前を呼んだ。

「ハク」

猫は、少しだけ耳を動かした。

それから、いつもの坂を上がりはじめた。

私はその後ろを、声を出さずに歩いた。

涙が出ていたが、その晩のは、工場の涙ではなかった。

「あんた、ずっと待っとったんか」

猫は答えない。

「もう、待たんでええよ」

言ってから、自分の言葉が薄いことに気づいた。

待っていたのは、私のほうだったのかもしれない。

最後の曲がり角の手前で、猫は立ち止まって、はじめてこちらを見た。

撫でたかった。

けれど、近寄ったら消えてしまいそうで、動けなかった。

指紋のない指では、どうせ毛の感じもわからない。

そう思って、私は手を握った。

「ありがとうね」

「もう、だいじょうぶやから」

猫は角を曲がった。

曲がったあと、私はなぜか後ろが気になって、振り返った。

川沿いの道の、用水路の蓋の上に、白い小さな塊がふっと消えるところだった。

あの子が落ちた蓋の上を、私は毎晩、平気で歩いていた。

家に入って、私は台所の椅子に座った。

座ってから、手が震えていることに気づいた。

寒さではなかった。

母が茶を出して、向かいに座った。

「白い猫、見たんやろ」

「なんで」

「顔に出とるわ」

母は、その晩は何も訊かなかった。

訊かずに、湯呑みを両手で持って、しばらく黙っていた。

翌朝、鞄を開けたとき、あの検品票が出てきた。

「一身上の都合により」の続きは、まだ白いままだった。

私はそれを、破らずに畳んで、机の抽斗に入れた。

破らなかったのは、また書くかもしれないと思ったからだ。

結局、書かなかった。

抽斗の底に、いまも入っている。

年が明けて、一月の半ばに、町内で事故があった。

用水路の蓋が、雪の重みで抜けたのだ。

私が近道にしていた、あの区間だった。

落ちたのは、工場の先輩の男の人だった。

腰と足を打って、二ヶ月ほど休んだが、無事だった。

抜けたのは夜の九時ごろだったと、あとで聞いた。

私が、毎晩そこを歩いていた時刻だ。

抜けたのは、蓋の継ぎ目だった。

六年生の冬に、ハクが落ちたのと同じ継ぎ目だ。

町の記録では、その区間の蓋は、四十年替えられていなかった。

そして、その二ヶ月ほど、私は一度もその蓋を歩いていなかった。

白い猫が、毎晩、坂のほうへ入っていったからだ。

猫は水を嫌っていたのではなかった。

私を、あの蓋の上を歩かせないでいたのだ。

送ってもらっていたのではなかった。

通らせないでもらっていた。

「うちの子は、賢い猫やったからね」

母は、そう言っただけだった。

母がその話をしたのは、その一度きりだ。

三月に、私は祖母の施設へ行った。

祖母は九十を過ぎて、もう私の名前を間違える。

それでも、猫の話をすると顔が動いた。

「あの白いの、まだおるか」

「もう、おらんよ」

「ほうか」

祖母はそう言って、しばらく窓を見ていた。

それから、はっきりした声でこう言った。

「水の音が変わるとな、猫は道を変えるんや」

「うん」

「猫が道を変えたら、人も変えたらええ」

祖母がその日、まともに話したのは、その二言だけだった。

帰りのバスで、私は少し泣いた。

泣きながら、蓋の音のことを考えていた。

あの晩、蓋の下の音は、たしかに少し変わっていた気がする。

気がするだけだ。

私には、聞き分ける耳がなかった。

事故のあと、町は蓋を新しくした。

厚い鉄板になって、継ぎ目が溶接された。

私は仕事の帰りに、そこで立ち止まってみた。

雪が溶けて、鉄板が黒く濡れていた。

指紋のない指で、その鉄をなでた。

毛の感じはわからない指でも、冷たさだけは、はっきりわかった。

それから私は、工場を辞めなかった。

班長は次の春に配置が変わり、私は検品の側に回った。

戻ってきた枠を突き返すのではなく、どこが甘いのかを紙に書いて返す。

新しく入ってきた子が、それを見て泣いていたときは、外に出て一緒に歩いた。

帰り道を一緒に歩くくらいのことしか、私にはできない。

それでも、あの晩の私には、それがいちばん効いたのだ。

落ちた先輩は、松葉杖で復帰した日に、私にこう言った。

「お前、十二月から坂まわりで帰っとったやろ」

「はい」

「声かけたのに、いっぺんも気づかんかったな」

「すみません」

「なんで坂にしたんや」

私は少し考えて、正直に答えた。

「猫が、そっち行くんです」

先輩は笑わなかった。

「そうか」

それだけ言って、松葉杖で先に行った。

この町の人は、猫の話を笑わない。

あれから十四年になる。

いまは自分の班を持って、若い子に研磨を教えている。

若い子に教えるとき、私は必ず角度の話から始める。

「力で押したら、光が伸びません」

「はい」

「急いだ分は、二本めで戻ってきますから」

自分の口から出る言葉に、毎回、少し笑ってしまう。

私は結局、近道の話しかしていない。

猫は、まだ飼っていない。

飼わないと決めたわけではない。

ただ、私の家に迎えに来る猫は、もう決まっている気がしている。

冬の夜、坂を上がるとき、私はときどき少し前を見る。

白いものはいない。

いなくていい。

あの子は、あの晩に、ちゃんと帰ったのだ。

あの晩のあと、白い猫は来なくなった。

翌日も、その次の日も、街灯の下には何もいなかった。

私は三日ほど、同じ時刻に同じ道を歩いた。

四日目に、坂の途中の犬が二回吠えた。

それを聞いて、なぜか、もういいのだとわかった。

来なくなったことが、いちばんはっきりした返事だった。

それでも私は、いまでも坂の道で帰る。

雪のない季節も、遠回りのほうを歩く。

近道は、五分早いだけだ。

五分のために、あの子はもう一度、待たなくていい。

祖母の家は、いまは空き家になっている。

柿の木だけは残っていて、去年もよく実った。

秋になると、私はそこへ行って、実を二つ、根元に置く。

墓ではないから、花は置かない。

あの子は花より、日の当たる土が好きだった。

根元の土は、いつも少し掘り返した跡がある。

はじめは動物が来ているのだと思っていた。

去年の秋、空き家の鍵を返しに来た母と、そこで鉢合わせた。

母の手には、柿が二つあった。

「お母さんも、置いとったんか」

「毎年やわ」

「なんで言わんの」

「あんたが、行かんようになってたから」

母は柿を置いて、手をぱんぱんと払った。

「言うたら、行かなあかん気になるやろ」

二十年、母は一人で来ていたことになる。

番をしていたのは、猫だけではなかった。

土の上にしゃがむと、いまでも指が土の粒を痛がる。

指紋のない指は、痛みだけは、よく拾う。

ハク。

わたしは、あの蓋を、もう歩いていません。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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